0-1 鉞姫
関東地方の高層ビルも建ち並ぶある都市圏、その直下には広大な地下空間が広がっていた。
見渡す限りが薄暗い岩壁に囲まれた空間を天井から鍾乳石のように垂れる岩錐から放たれる青みを帯びた光が照らし出しており、すり鉢状に地下へと伸びる構造となっていたが最深部はどれほど深いのか知れてもいない。
そんな規模の地下洞窟の上に都市が築かれるとは信じがたい事だが事実は逆であり、この地下洞窟はある日突然に人々が生活する都市の真下に出現したのだった。
何の前触れもなく自分達の足元に現れたその地下空間の実態が知れるにつれて戸惑いと混乱に包まれていた人々も、一年以上の月日と幾らかの犠牲を払い適応していく。
そうして地下洞窟――今ではダンジョンとの呼び名が広がったそこではそんな俗称が広まる所以となった光景が今日も繰り広げられていた。
表情に緊張交じりの興奮を浮かべた年若い少年達、いずれも細部に違いはあれど機動隊が身に着けるようなプロテクターを身に着けた彼らは見るも奇怪な生物と対峙していた。
手足は細く、腹は膨れ、古い日本画に描かれる餓鬼のような生物、それが牙を剥きだし吠えながら鋭くとがった爪を閃かせ目の前の少年へと飛び掛かる。
目にも明らかな殺意を滾らせながら突進してきた生物を前面に立っていた少年は手にしていた得物、幅広の剣で打ち払う。
十歳前後の子供程度の背丈しかない小鬼は体重も見た目相応らしくそれだけであっさりと体勢を崩したたらを踏み、そこへ後ろに控えていた少年が長柄の槍を突き込み首を断たれた小鬼が力なく崩れ落ちた。
絶命を確認するまでもなく小鬼の体は瞬く間に砂のような微粒子と化して溶け消えていき、それはダンジョンに生息する特異生命体に共通する現象でその場には遺骸として唯一、小鬼が額に生やしていた角が残される。
指先程度の長さにまで短くなった鉛筆のようなその角を少年達が嬉しそうに拾い上げ背嚢へとしまい込む。
テレビゲームさながらに倒したモンスターから戦利品を回収するかのような光景で、実際そう違いも無いものだ。
ダンジョンに出没する鬼種と呼ばれる現代のモンスター達、これらに共通する生態として人に対して明確な敵意を有していること、そしていずれも頭部に角を持つことが挙げられる。
角には最も脅威度が低く小さい今の小鬼、俗にゴブリンなどと呼ばれている種のものでも五グラム相当の希少金属が埋まっていることが判明しており、学生探索員達にはそれを回収する報酬が支払われる。
ダンジョンへと潜り、モンスターを狩り、資源を持ち帰る、それが迷宮探索員という新たに生まれた職業に課せられた主な役割であり、当然その業務は決して小さくない危険を伴うものになる。
今しがたゴブリンを仕留めた少年達のように順調に採取を進める者達もいれば、そうでない者達も居た。
踏破済みの区域において中層と呼ばれるエリア、新種のモンスターも現れ出すその区域で三人の学生探索員達が窮地を迎えていた。
ゴブリンと比べ二回り以上大きな体躯をした犬頭のモンスター、俗称を狗鬼。
二人の少年がそれぞれ一体を相手取り鍔迫り合っていたが、コボルトはゴブリンと比べ腕力も敏捷性も優れ、一般的に探索員が一人で渡り合うにはリスクが高めの相手として知られている。
その上少年達の背後には傷を負ったらしい少女が膝をついている、そこへ通さないよう受け身がちになって戦う少年達が押し込まれるのは時間の問題だった。
「しまっ――!」
コボルトの爪を受け流しきれなかった少年が払い退かされ、その隙を突いてもう一匹のコボルトが仕留め易きと見たのか跪いた少女へ向かい駆け走る。
「あ……」
立ち上がれていない少女は見開いた目で迫る鋭利な爪をただ眺めてしまうことしかできず、絶体絶命の状況に少年達も歯を食いしばる。
だが次の瞬間、狗爪が捉えたのは少女の身ではなく、突如として間へ割り込み受け止めた大きな物体が硬い金属音を響かせた。
「え……?」
何が起こったのか分からず目を瞬かせる少女をその物体、盾のように大きな刀身を持つ人が扱うものとしては冗談のようなスケールをした巨斧で庇った人物は首を振り向かせ、安心させるように微笑んだ。
緊張した場において場違いなまでの落ち着きぶり、なによりその人物の特徴的な容姿が少女の意識を引き付け、混乱の最中から思考を取り戻させた。
鮮やかな赤い半着に黒のたっつけ袴、今時珍しい和装の上に纏う防具も要所のみを覆った軽装であることに加え甲冑めいたデザインをしている。。
日本人離れした白くも瑞々しい肌を持つ少女は結い上げた長い白髪から一房垂れている尾を翻すと口元を引き締め、構える巨斧を軽々と押し込み目の前に居たコボルトを撥ね飛ばし怯ませるや否や。
大の大人が両手でも扱えるかどうかというその得物を片手で掲げ、翻し――大上段から叩き下ろされた大斧は頭から真っ二つに狗鬼の身を両断した。
瞬殺ぶりに圧倒され隙を晒してしまう少年達に残る一匹が襲いかかろうとしていたが、その動きを見逃していなかった和装の少女は瞬きの間に距離を詰め、すれ違い様に振るわれた斧はいとも容易くコボルトを上下に割断し、その身を微粒子へと還らせた。
そうして瞬く間に二頭のコボルトを葬った少女は周囲を睨み他にモンスターの気配が無いことを確認すると窮地を救った少年達へ振り返り、再び微笑むのだった。
「大丈夫だった?」
すっかり圧倒されてしまっていた三人はしばらくの間放心したように固まっていたが、ややしてようやく自分達が助かったことに気付いたように脱力しその場に崩れ落ちる。
「あ、ありがとうございました!」
「危ないところをありがとうございます、まさか……あの鉞姫に助けてもらえるなんて思ってませんでした、本当にすごかったです!」
興奮して痛みが薄れているのか、瞳を輝かせながら助けられた少女が礼と共に漏らした二つ名に、そう呼ばれた和装の少女は一瞬苦笑いを浮かべるがそれも僅かな間のことですぐ微笑みに覆い隠されてしまう。
「救難信号を出していてくれたからね、無事で何よりだよ。
怪我してる子も居るみたいだし、応急手当をしたら地上に戻ろうか」
鉞姫――それがダンジョン発生から二年、そして迷宮探索員が生まれてから一年あまりが経過した現在。
国内唯一、単独でのA級探索員資格を持つ巨斧使いの少女が持つ二つ名だった。
なろう投稿は初めてとなります。
勇み足気味な投稿で不慣れなところもありますがお読み頂けた方に少しでも面白いと思って頂けるよう頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。