俺のクラスメイトについて
これは俺のクラスメイトの話。
いや、もう嘘を吐くのはやめようと思う。
今まで書いてきた話は、俺の幼馴染が集めた話だ。
何もかも全ては、幼馴染から聞いた話になる。
今まで全ての話が聞いた話。
これから全てを話そうと思う。
この話をするにはまず、俺の子供時代の話をしなくてはならない。
そいつは変な奴だった。
そいつをZと呼ぼう。
小学校でZと同じクラスになった。
勉強も運動も出来て、話も上手い。
でも、どこか他の子供達とは違うところがあって、友達は少なかった。
夏の日に大雨か何かで、運動場が使えなかった日だったと思う。
体育館を他のクラスが使っていて、体育の授業がなくなって
教室で怪談話をする事になった。
本気で嫌がる子もいて、それなりに問題もあったのだけれど
Zが妙に生き生きとしていたのを覚えている。
Zは皆の前で誰も知らないような怪談を完璧に話した。
先生も震え上がるような怖い話だ。
俺はZとは数回話したぐらいで、余り仲良くはなかったのだが、その怪談を聞いて興味を持ち始めて仲良くなった。
Zは俺に怪談の奥深さや種類の多さ、何より真偽の分からない怪しさを、熱のこもった眼差しでよく話してくれた。
自分で言うのは何だが、俺も変な子供だったので喜んでその話を聞いた。
何度かZの家に遊びに行く事もあった。
Zの本棚には大量の怪談本が、ぎっしりと詰まっていたのを覚えている。
そうやって俺とZは親友と呼べるほど仲良くなったのだが。
ある日からZの様子がおかしくなり始めた。
やたらと異世界、別世界に連れて行かれる怪談に、興味を持ち始めた。
誰かが鏡の世界に行く方法を聞いたといえば、別のクラスだろうが別の学校だろうが聞きに行った。
マンホールの下に地下世界があると聞いたら、実際にマンホールを持ち上げる道具を集めて下水道を覗く。
どこどこの公園で人がいなくなったらしいと聞けば、そこに行って何時間でもその現象が起きるまで待つ。
そんな行動を繰り返すようになった。
後から聞いた話だが父親が蒸発して、母親から虐待を受けていたらしい。
異世界の調査をしていたのは、家に帰るのが嫌だったからなのかもしれない。
そして、Zの奇行が始まってから1ヶ月ほど経った日。
俺はその日の放課後に、Zが言った言葉を今でも覚えている。
「ちょっと、お爺ちゃん、お婆ちゃんの家に引っ越す事になった。
あっちに着いたら、必ず連絡するよ」
そして、Zは行方不明になった。
引越しの話は嘘だった。
俺も親に色々聞かれたが、俺がZの居場所を知りたいぐらいだった。
話はこれで終りではない。
俺が就職して3年ぐらい経った頃だろうか。
実家に帰ってきた俺は家に一人で居た。
電話がかかってきて、家に誰も居なかったので電話に出た。
「やった! やったよ! 僕、別世界に行く事ができた!」
それは、Zの声だった。
しかも、子供の頃のままの声をしていた。
俺は混乱したよ。
十年以上前にいなくなった、親友の子供の頃の声が聞こえてくるのだから。
イタズラの可能性も考えた。
だから、色々俺達二人しか知らない事を質問して確認した。
電話の向こう側にいる人間は、全て正解を答えた。
「お爺ちゃん、お婆ちゃんの家に引っ越す、って言ったのは嘘だったんだ。
ごめんね! すごいよ! こっちの世界ではお母さんが優しいんだ!」
その時に俺はZの家庭環境を思い出して、複雑な心境になった。
とにかく、Zが無事ならば警察に連絡しなければ。
俺がそう思って表示されている番号を確認すると、そこには『エンプティ』と書かれていた。
カタカナで書かれた表示が、普通の出来事ではない事を認識させる。
「また連絡するね!」
Zはそう言うと電話を切ってしまった。
俺は何が起こったのかしばらく理解できなかったが、番号も表示されない電話がかかってきて、行方不明になった親友の声が聞こえたと言っても、警察は対応してくれないだろうという事は予想できた。
多分、イタズラだったのだろうと自分を納得させて、この出来事を胸の内にしまい込む事にした。
でも、それは始まりだった。
実家から自分の家に帰ってきた俺の携帯に、またZからの電話がかかってきた。表示される番号は同じく『エンプティ』。
携帯の番号を教えた覚えはない。
「やあ、こっちの世界は面白いよ! お化けが普通にいるんだ!」
今度の声は、前聞いた声より少し成長しているように感じた。
どこにいるのか、何をしているのかを聞いてみると。
「僕はまだ、同じ学校に通っているよ。そっちはどうなっているの?」
俺は自分が既に20代になっている事や、仕事をしている事、此方ではZが行方不明になっている事などを話した。
「おかしいなぁ、僕がこっちに来ているから、そっちにはこっちの僕が行っているはずなのに……」
どういう理屈なのかは分からないが、Zが試した異世界に行く方法は、二つの世界の同じ人物が入れ替わるものらしい。
別世界には別の自分がいるという事だろうか?
「それより聞いてよ。こっちには怪談話が実際の事件みたいに話されているのさ。凄いよね! でも、こっちの人達はそれが当たり前だから、怪談話をしても誰も喜んでくれないんだ。だから、君に話したいんだ」
相変わらずのマイペースで困ったが、俺はZの怪談話を聞くことにした。
異世界に移動するとか、怪談が現実にある世界とか、全然信じていなかったが、懐かしい話し方と幸せそうなZの様子に絆された。
だから、俺は話を聞くと答えたんだ。
「よかった。じゃあ、話すね」
そうやって聞かされたのは、昔懐かしいZの話す怪談。
どこかで聞いた事のあるような話もあったが、それを指摘するとZがものすごく不機嫌になる事は覚えていたので、相槌を打つだけにとどめた。
そういったZとのやり取りは、この日だけでは終わらず、Zからの電話は何度もかかってきた。
それも決まって俺が手の空いている時。
家に帰って一息ついている時や、休日で予定の入っていない時に。
Zの話を聞くのは楽しかった。俺は仕事や人間関係に疲れていたので、現実逃避できるZの怪談は良い気分転換になった。
この頃の俺にはもう、警察に連絡するという選択肢はなくなっていた。
Zとの関係は数年間続き、その間で色々な事に気づいた。
あちら側と此方側の時の進み方が違うのか、それとも電話が時間を歪めているのか、数年の間にZは俺と同じ歳になっていた。
あちら側の時代や文明の進み方は、ほぼ此方の世界の進み方と同じだが、起きる事件や事故の顛末は違っていた。
あちらの世界では呪いや怨霊というものがあるらしく、残酷な事件を起こした犯人や、異常な犯罪を行った人は、もれなく尋常ではない死に方をしている。
だが、それ以上に原因不明の死に方をした人が多い。
聞いているだけで怖くなるような世界だが、Zはその世界を楽しんでいるようだった。Zが歳を重ねていくにつれて、誰かから聞いた話は少なくなり、やがて、Zが掲示板で読んだ話になっていった。
さすがにZも大人になってまで、周囲の人に怪談話を聞いて回る事はしなくなっていったらしい。
この関係が崩れるのは、ある事が切っ掛けだった。
此方の世界でZの遺体が発見されたのだ。
俺が住んでいた街の川の下流で、白骨死体が発見された。
DNA検査の結果、Zである事が判明。
道に迷ったZが川に流されてなくなったのであろうと、ネットニュースには書かれていた。
この事を電話の向こうにいるZに話したが
「そうか、残念な結果になってしまったな。確かに此方と其方じゃちょっと地形が違うかもしれない」
冷たい反応が返ってくるだけだった。
だが、それが切っ掛けだったのだろう。
Zの身に怪異が襲いかかった。
「聞いてくれないか。恐ろしいものを見た」
その日はいつものZとは違って、重く沈んだ声をしていた。
顔の歪んだ警察官に追われたらしい。
警察官はZが此方の世界から来た事を知っていて、Zをどこか別の場所に移動させると言い
「死んだ者が生きて存在しているのは、禁止されている」
と言っていたそうだ。
「なんで、何で今更! 俺は逃げ切ったんだ! 悪夢のような日々から!
なのに、何でこの世界にいちゃいけなんだ!」
Zの言葉には切実な願いが込められているように思えた。
しきりに此方のZの親の事を聞いてきたり、元に戻るのは嫌だと叫んだり、この世界に帰りたいとも言っていた。
内容は後半になるほど支離滅裂になっていた。
「でも、無理なんだ。其方から此方に来る事は出来ても、此方から其方に行く事は出来ない……」
そう言って、Zは最後には泣いていた。
「もう、次は連絡できないかもしれない……」
それからは顔の歪んだ警官に追われてどう逃げたかを言った後で、同じように不安定な会話を繰り返し『次は連絡できないかも』と言って切れる。
それを繰り返す電話ばかりになった。
それは、俺が会議室で仕事の話を聞いていた時の事。
電源を切っていた携帯が鳴り始め、俺は慌てて携帯を取り出した。
白い目で見る上司に頭を下げて、会議室を出る。
何故なら表示された番号が『エンプティ』だったから。
「なあ、許してくれ。そんな事になるとは思わなかったんだ。こんな事になるなら、この世界に来るんじゃなかった。誰もいない。誰もいないんだ……。いるのは腕の塊。ああ、ああっ! まただ、アレが空を飛んでいる……。来るな! 誰か助けてくれ! お母さん! お父さん! ハァ、ハァ、ごめん。知らなかったんだ。もう、ここから……」
電話に出た俺に聞こえたのは錯乱したZの声。
Zは俺の呼びかけに応えずに、ひたすら意味の分からない言葉を叫んでいた。
でも、今なら分かる。
Zは謝罪していたのだ。
俺に怪談話をした事を後悔していた。
それに気づく事が出来れば……。
いや、気づいたとしても、俺には何も出来なかっただろう。
電話は不自然に切れて、Zから電話がかかってくる事はなくなった。
俺はZから聞いた話を、全てパソコンに打ち込んで、まとめる事にした。
出来るだけ分かりやすいように、時には冗談を交えて。
誰でも楽しめるように。
より多くの人に読んでもらえるように。
Zのようにはいかなかっただろうが、良く出来た方だと思う。
実際、皆は楽しんで読んでくれていただろう?
その量が膨大になってしまったのは、予想外の出来事だった。
別世界の食べ物を食べれば、その世界から抜け出す事は出来なくなる。
イザナミは死者の国の食べ物を食べた為に、帰れなくなった。
マヨイガで勝手に置いてある物を食べれば、出られなくなる。
ならば、別世界での出来事を聞いたら?
別世界の出来事を書いた話を読んだら?
Zがあちらの世界に行けたのは、一冊の本によるものだ。
小さな丘の上にある公園に、捨てられた本。
あちら世界では、オバケマンションがあるはずの場所。
読んだ事の無い本があるという噂を聞いて、そこに行き、その本を拾った。
Zはそれを読んであちらの世界へと行った。
俺は段々とあちらの世界を見るようになった。
今まで通いなれていた道が、違う道になっている。
振り返ると、知らない風景が目の前にある。
絶対にありえない怪奇現象が目の前で起こる。
すぐに元の世界に戻ってこられるが、あちらにいる時間が長くなってきているような気がする。
もうじき、俺は別の世界に行くのだろう。
でも、一人で行くのは嫌だ。
これにてホラーデータ終幕
次は掲示板、幕後です




