案山子の貌
これは俺のクラスメイトがバイト先の先輩から聞いた話。
このクラスメイトのバイト先の先輩をSとする。
これはSが高校生でまだ実家暮らしだった時のこと。
Sの実家は田舎とも都会ともいえない場所にあった。
近くにある駅の西側は店が多くて、賑やかだが東側の開発が遅れていて田んぼと少しの工場しかないといった場所だった。Sの実家は田んぼだらけの場所に建っていて、駅近くのコンビニまで結構距離があったらしい。
そのコンビニに、夜になってから買い物に出たSはポツポツと等間隔にある街灯を頼りにしながら、駅方面に向かって歩いていた。
明るい場所から手元が見えないほど暗い場所を交互に移動していたS。
ちょうど暗がりと街灯の明かりが照らす場所の中間あたりでSは声を聞いた。
立ち止まったSは声の主を探して周囲を見渡したんだが、人影は田んぼの中の案山子だけだった。
このときSはこの時期の田んぼに案山子なんておかしいなと思ったらしい。
田んぼの中には青々とした苗があった。
鳥がついばむ稲の穂はまだできていなかったからだ。
「……おい……おおい……S……こっちだ……」
聞き覚えのある声に、ポケットにあった携帯を取り出してライトを点けたSは声が案山子の方向から聞こえてくることに気づいた。
Sは携帯の明かりを案山子に向けた。
その案山子の顔は自分とは別のクラスにいる知り合いのKに良く似ていたそうだ。
「……おい、S。俺が分かるか?」
似ているどころではない。その案山子はKそのものだった。
その案山子の姿は青いシャツにGパンというよく見かけるKの姿そのものだったが、ズボンの裾やシャツの袖から出ているのは人間の腕や脚ではなく竹竿だった。
Sは呆気にとられた。
しかし、すぐに日頃のKの言動からそれが質の悪い悪戯だと理解した。
Kはそういう洒落にならない事を平然とするやつなのだ。
「ちょっ、おま、何やってんの?」
「いや、ちょっとしくじった」
ヘラッとした薄ら笑いを浮かべてKは事情を説明しだした。
友人を脅かそうと案山子に扮したのはいいのだが、手伝ってくれた仲間がどっかに行ってしまい元に戻れなくなったらしい。
「ホント馬鹿やってんなぁ」
Sは呆れた。
「悪いんだけど引っこ抜いてくんない?」
案山子はカラスなどの害鳥を脅す為に立てられるので高く作られている。
それに合わせたものなのかKも竹竿によって高い位置に吊るされていた。
Kを下に降ろすには一度は引っこ抜かなくてはいけない。
Kに頼まれたSだったがKは田んぼのほぼ真ん中に立っている。
田んぼに刺さっている竹竿を引っこ抜くには泥だらけになる覚悟がいる。
「他の奴らを呼び戻せないのかよ……」
「いや、両腕も縛っているから携帯を取り出せねぇ」
Kの両腕は竹竿によって高い位置に上げられているので、背を伸ばしても届きそうにない。
何とか汚れずに竹竿を引っこ抜けないものか、そう考えたSはKに最短距離で近づける場所を探そうと田んぼの外側を歩いた。
田んぼを眺めながら歩いていたSはあることに気づいた。
もしKが悪戯する為に誰かに手伝わせて竹竿を田んぼに刺したなら、田んぼの中に跡が残っていないのはおかしい。
田は水に浸っているのでライトによる薄明かりの中では良く見えないが、跳ね上げた泥や踏み倒した苗がないといけないはずなのにそれが見当たらない。
「……おい、……やめろ……S、やめておけ……」
ふと聞こえてきた声にSが顔を上げるとそこにはもう一つの案山子が立っていた。
Kの後ろに隠れていた案山子が移動をしたことで見えたのだ。
「やめろ、S。お前は騙されている」
もう一体の案山子の顔はKのクラス担任である教師Yであった。
「えっ! はぁっ?」
Sは混乱した。
Kの話では悪戯をする為にKは案山子の格好をしているということだった。
Yは堅物で有名な教師だ。
そのYがKの悪戯に協力するわけがない。
「おいっ、お前は黙っていろ。折角上手くいきそうだったのに!」
大きい声を上げるK。
それを無視してYの姿をした案山子はこう言った。
「早く逃げろ、S。早くしないとお前もこうなってしまうぞ」
こうなってしまう? どういう意味だろう?
そうぼんやりと考えたSだったが田んぼに刺さった2体の案山子の姿を見て、何か変なことに巻き込まれている事だけは感じたという。
「おいっ、そんなヤツの言う事を聞くな。さっさと俺を引き抜いてくれ!」
Kは切羽詰まった様子でSにそう怒鳴った。
「やめろ、さっさと家に帰るんだ。急いで逃げろ!」
Yも必死の形相でSにそう訴えた。
2体の案山子が怒鳴る異常な光景に恐怖を感じたSは走って逃げたそうだ。
ただ一心不乱に自分の家を目指して。
翌朝、校内放送でKとYが昨日の夜から行方不明になっている事を聞かされた。
Sが知る限りでは彼らは未だに見つかっていないという。
話を聞いた俺のクラスメイトはSにこう聞いたらしい。
「警察とかには話したんッスか?」
「いや、だって『田んぼの中に案山子の格好をして立ってました』なんて誰が聞いても頭がおかしくなったとしか思われないからな」
「田んぼの中に入ってたらどうなってたんッスかね?」
「……怖い事いうなよ。
俺はそれから案山子とか田んぼが怖くて近づけないんだから」
その後、Sの実家があった場所は開発が進み、田んぼや工場は潰されて住宅街になっているという話だった。