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日払いのバイト

長めの話



これは俺がまだ大学生だった時に経験した事。


連休を前にして、金欠だった俺は払いの良いバイトを探していた。

雑誌や大学の掲示板では、取っ払いの仕事がなくて面倒くさかった。

非力なので肉体労働も勘弁して欲しかった。


それで肉体労働じゃなくて、日払いで高収入のバイトをネットで探したんだ。

さすがに裏サイトに載っているようなバイトには手を出せなかったけど、怪しげなバイトがいくつか見つかった。


その中で旅館の1部屋に、1日だけ缶詰めにされるだけで、5万が手に入るバイトを見つけた。

少し遠いけど、交通費も全額出るということで、俺はそれに決めた。


それで、電話して面接もなしに即OKをもらった。

すぐに来て欲しい、とか言われた。

履歴書とかは旅館に着いたときに渡して欲しいと言われて、朝7時に来てくれと言われた俺は夜行バスでそこに向かった。

田舎っぽい駅に到着して、駅前で旅館が用意してくれた車に乗り換えた。

ワンボックスで、車の中は内側から外の景色が見えないように改造されていた。

「外から中が見えないように」じゃなくて「中から外が見えないように」だ。

運転席との間には仕切りがしてあって、前も見えないようになっていた。


まさか誘拐されるんじゃ……

とか

内臓取られたりしないだろうな

とか考えてた。


辿り着いたのは山の中腹っぽいところにある旅館。

車から降りたら、坂道の途中だったし、下の景色も見えた。

運転手さんが言うには、近くに滝や川、温泉などがあるらしい。

デカイ看板も立っていた。

意外と小奇麗で好感の持てる旅館だったので、車の中で考えていた事は全部吹き飛んでいった。


旅館の入り口で女将らしき人と仲居さんが出迎えてくれて、車の運転をしていた初老の男性であるKさんが担当になるって教えてくれた。

履歴書は女将に渡した。


旅館に入ってすぐに最上階にある変な部屋に監禁された。

扉がやたら重い鉄製で、出入りが厳重そうな部屋。

12畳ぐらいの大きさで広いところ。床は畳。

旅館にはつかわしくない簡素な蛍光灯が点いている。

座布団が真ん中に1枚あるだけで、他に家具はなかった。

トイレも風呂もなかった。押入れはあったけど。

代わりに別のものがあった。

部屋の四隅に、木を彫って作られたと思われる、仏像のような木像。

高さは30cmぐらい。

そして、木像の上には大きな御札。

それらが部屋を特殊な雰囲気にしていた。


部屋の中でアルバイトの説明を受けた。

腕時計で確認した時は、時刻はまだ午前6時20分ぐらいだった。

だが、今から夜10時まで部屋を出てはいけないらしい。

飯は食ってはいけない。

渡されたのはジュースやお茶などの飲み物だけ。

トイレは渋滞の時に使用するような携帯トイレを複数渡された。

大きい方は先に済ませておけといわれたけど、出そうになかった。

持って行った鞄の中身も調べられた。

問題ないようでそのまま返される。


部屋を出なければ、他になにをしていても良いと言われた。

電源のコンセントはあるし、スマホや携帯ゲームも持ってきていたので、俺としては問題がなかった。


Kさんは何か呪文みたいなのを唱えた後、御神酒みたいな白い陶器の瓶に入った液体を手の平にたらして俺にかけた。

かけられたと言っても水滴を指でパッパッて飛ばされた感じ。


「それじゃ、頑張って」


みたいな事を言われた。

鉄の扉が閉められて、鍵が掛かる音が響いた。

もうここで、なんとなく理解した。

これ儀式関係だ、と。

この時は5万も手に入るんだから、我慢してやろうと思っていた。

腹は減るだろうけど1日なら何とかなる。

オカルトな現象が起きたらネタにして、掲示板に書き込んでやろうと。

それぐらいの感覚だった。


そして、俺のアルバイトが始まった。

最初は居心地が悪かったので、周囲を確認することにした。

押入れを開けると、一人分の布団や枕がセットで入っていた。

寝ていてもいいって事だと理解した。

押入れの四隅にも御札が貼られていて、ちょっと引いた。

部屋には大きめの曇りガラスで出来た窓が1つあった。

窓を開けると鉄格子が見えた。

落下防止用なのか逃走防止用なのか……。


だけれど、外の景色は結構奇麗だった。

俺は窓を開けたままにしておいた。


畳を引っ繰り返して、下を確認してやろうかと思ったけど、止めておいた。

多分、御札が貼ってあるだけだから。


一通り確認したらやることがなくなったので、携帯ゲームをして時間を潰した。

時々、ジュースを飲んだり携帯トイレを使ったりしていた。

変なことが起こったのは午前11時ごろかな?


「おーい。ぅおーい」


どこかで誰かを呼んでいる声がした。

窓の外から聞こえてきた。

気になったので窓から外を覗いてみると、そこに知り合いのFがいた。

Fは大学のサークルで知り合った飲み友達だ。


「おーうい、そんなところで何してんだぁ?」


何でこんな山の上の旅館近くに、Fがいるのか理解不能だった。

Fが住んでいる場所もここからは遠いはず。


「おまえこそ、こんな所で何してんだ?」


俺は当たり前の疑問をぶつけてみた。


「そんな所にいるもんじゃねぇぞ」


Fが噛み合わない言葉を返す。


これってオカルト現象なのか?

そう思った俺はじっくりFを観察してみることにした。

Fは窓の下にある駐車場スペースにいる。

俺から見ると真下に近い。

服装は山の上で結構寒いのに半袖、半ズボンのままだ。

結構距離があるので、表情までは読み取れない。

俺はスマホを鞄から取り出してカメラを起動した。

Fの姿をタッチして写真を撮っておく。

俺は撮れたFの姿を拡大した。

画面に表示されたのはFの歪んでひしゃげた顔だった。


急に怖くなった俺は窓を閉めて鍵をかけた。

何故か窓にカーテンはついていなかった。


「おーぅい、おぉーい。引っ込むなぁ」


窓を閉めてもFの声は完全には防げなかった。

押入れから掛け布団を持ってくる。

窓とは反対側の壁に鞄を持って移動して、体を布団でくるむ。

イヤホンをつけてスマホに入っている曲を大音量でかけた。

とりあえず、Fの声は聞こえなくなった。




腹が減ったので腕時計を見たら、午後1時になっていた。

Kさんが用意してくれたジュースを飲んで空腹を誤魔化す。

さすがにもういないだろうと思った俺はイヤホンを外した。


「オイッ! オオオイッ! オォイッ!」


窓のすぐ外から、怒鳴るように俺を呼ぶ声が聞こえた。

思わず窓の方向を見たら、鉄格子を掴んでこっちを向いている黒い影があった。

なんて言うのかなシャドウピープル? そんな感じ。

ぼやけていて実体が掴めないが、声はFの声だった。


下から登ってきたのか!?


逃げたくても部屋を出ることは出来ないし、追い払いたくても方法が分からない。

怖くて仕方がないので布団を被ってイヤホンを付け直した。




しばらくして、誰かに体を触られたような気がして、目が覚めた。

どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。

部屋はとっくに真っ暗で、夜になっていた。


窓の様子を布団の隙間から窺ったが、そこには黒い影はなかった。

それでも周囲を警戒しながら布団から出る。

イヤホンを外しても、俺を呼ぶ声は聞こえなかった。

スマホを布団の中に放置して移動する。

覚えていた位置にあった電気のスイッチを切り替える。


蛍光灯が点いて部屋が明るくなった。

その時、思った。


電気点けてなかったっけ?


思い違いかもしれないが、部屋に入った時には既に電気は点いていたと思う。

慌てて部屋の扉を確認する。

ノブをガチャガチャ回してみるが、ドアが開く様子はない。

Kさんも「時間になるまで、外からドアを開けることはない」って言っていたし。


俺は完全に「もう、やだ~」状態。

だが、10時までドアを開けてもらえる事はない。

そういえば、途中でバイトを辞めたい時はどうすればいいのかを聞かなかった。


腕時計を見ると午後7時。

あと3時間も待たなければならない。


どうすんだ?


扉の前で途方に暮れていたら、何か音が聞こえてきた。

最初は小さかったけど、段々はっきりと聞こえてくる。

畳を何かが擦る音。

目を凝らして部屋を見るが何も見えない。

でも、音がしている。


それは、部屋の中で人が這い回っているような音だった。

赤ちゃんや子供が、ハイハイをしているような軽い音じゃない。

大きな大人が四つん這いになって、動いているような音。

実際に畳の上を四つん這いになって移動してみれば分かる。

ザッシュウ、ザッシュウみたいなザーリィ、ザーリィみたいな音がする。

それが聞こえてくる。


全身に鳥肌が立った。

普通に考えたら、御札が貼ってある部屋に閉じ込められるなら、幽霊は外から色々なアプローチをして来るものじゃん?

それなのに部屋の中から音がしている。


必死に四隅の木像やお札を、目で確認したけれど、何も変化なし。

黒くもなっていないし、割れてもいないし、御札が破れてもいない。

Kさんが設置した時と変わらずにそこにあった。


これ、もしかして生贄的なアレじゃない?

そう思った。

年に一度、神様に捧げる生贄に、募集で他所から来た人を捧げる……みたいな?

完全にめられたと思った。


畳の上を移動する音が、俺が置いた掛け布団のところまで来る。

ボフッという音と共に布団の形が変形した。

その時に一瞬だけ這い回っているモノの姿が見えた。


赤黒いワンピースの服を着た、長いボサボサの髪で顔が隠れた大きな女。

立ち上がったら2mぐらいありそうな大きな女。

両手両足の爪には、赤いマニキュアとペディキュアが塗られていた。

それが四つん這いになって動いている。

髪が長すぎて半分ぐらい引きずっている。


女は布団を潰した後も移動を続けていた。

音でなんとなく位置が分かる。

どうやら本当は壁沿いに這って移動したいのだが、木像のところを避けて動いているので円状に移動しているらしい。


立っていた俺のところまで移動してきたので、慌てて立ち位置を変える。

少しだけ畳に足を擦り付けてしまい、音が出た。

そしたら移動していた音がピタッと止まった。


もしかして、俺がいることに気づいた?


焦ったが、布団には無頓着だったのに、俺に気づくはずがないと思った。

というか、気づかないでくれと祈った。

1分もしない内に移動する音は再開した。


でも、移動する経路が違った。

さっきまで円状に移動していたのに、今度は渦状に移動しているみたいだった。

外側から内側に向かって、紙を一本の曲線で塗りつぶすように移動している。

部屋の中に何があるのか確かめるように。


その移動先に放置していた携帯ゲーム機があった。

ゲーム機を退かしに行きたかったけど、動いたらまた気付かれるかもしれない。

女の手に当たったのか、カツンという音と共に携帯ゲーム機が弾かれた。

ズザザザッ! って感じで音が移動して、転がった携帯ゲーム機の前で止まった。


赤い服の大きな女が、それがなんなのか確かめているような雰囲気だった。

音しか聞こえないので俺の想像でしかないが。

携帯ゲーム機に顔を近づけて、覗き込んでいるようなイメージがわいた。

俺はゆっくりと移動して鞄を取り、スマホや携帯ゲームを回収しようと思った。

赤い服の大きな女に気づかれない為じゃない。


この部屋から出る為だ。


もう、こうなるとアルバイトだ何だとは言っていられない。

5万は諦めて外に出ようと思った。

音を立てないように、音の進行先に回り込まないように移動する。


まずは鞄の回収。

部屋の真ん中にある座布団の側に置いてあった。

携帯ゲーム機の前にしばらく女は止まっていたので、鞄の回収は成功した。

畳の上を這う音は、携帯ゲーム機から離れると渦を巻く軌道に戻った。

次にスマホの回収。

途中で音が一度止まったので、俺も止まった。

自分の呼吸音さえ気になったので、口元を押さえる。

何事もなく音が移動を再開した。

布団をどけてイヤホンの付いたスマホを回収した。

イヤホンを外して鞄に入れ、スマホをポケットに入れる。

音は部屋の真ん中、座布団が置いてあって鞄が置いてあったところまで来た。

俺は部屋の奥まで転がった携帯ゲームを回収した。


渡された飲み物などいろいろ置いてあるが、それは回収している余裕がない。

というか、どうなっても俺には問題ない。

女もそれに当っても何の反応も示さなかったし、大丈夫だろう。


さて、どうやって部屋を出よう?

窓には鉄格子がある。

階段を3階以上登ったと思うので、窓から出ても降りれない。


そんな事を考えていたら、急にスマホが鳴り出した。

部屋の中に着信を知らせるメロディが流れる。

俺は慌ててスマホをポケットから取り出して電源を切った。


畳を擦るような音がしなくなっていた。

さっきまで一定のリズムで流れていた畳を擦る音が、完全に止まっていた。

俺は部屋の中心を見た。


そこに女が立っていた。

天井に頭が着くほどの大女。

立ったことでボサボサの長すぎる髪が左右に分かれ、顔が見えている。

それは人間の範囲を超えて縦に長い顔だった。

大きな口に大きな歯。

鼻は爬虫類を思わせるほど低かった。

左右の目の高さが違う。

黒目が大きくて、瞳孔は縦に裂けていた。


さっきまで見えなかった存在が、目に見えるようになっていた。

女は両腕を広げて俺に突進してくる。

逃げる暇もなかった俺は女が衝突してくると同時に意識を失った。




目が覚めると朝だった。

窓からは日の光が入ってきている。

畳の部屋に引っ繰り返った俺の胸の上には、茶色の封筒があった。

上体を起こして周囲を見回す。

部屋の四隅にあった木像は砕けていた。

お札は燃えでもしたのか半分が黒炭となっていた。


茶封筒の中身を確認するとボロボロの1万円札が7枚入っていた。

鞄に捻じ込む。

起き上がって移動し、部屋の扉のドアノブを回す。

鍵は開いていた。


旅館の中はボロボロの廃墟と化していた。

階段周りしか見ていないが天井が落ちていたり、床が抜けているところがあった。

壁紙も一部がはがれていて、使われなくなってから数年経っていると思った。

旅館の外に出たらデカイ看板は取り外されて、錆びた支柱だけが残っていた。


山を降りていく途中で、山菜取りに来たおっさんと出会った。

頼んだら、駅まで送ってもらえることになった。

なんか近所の人らしかったので旅館について聞いてみた。


旅館の女将が流産してしまったらしい。

子供を産めなくなった女将が山の奥から赤ん坊を連れてきた。

その赤ん坊は大きくなるにつれて醜悪な顔になり、大きく育った。

病院にも連れて行ったらしいが、理由は分からず。

逆に好奇の目で見られたそうだ。

その後、その子供と女将は失踪したという。

女将がいなくなって旅館は潰れたそうだ。


よくある山人伝説だと思った。


それで、何とか家に帰った俺は即行で茶封筒の中身を銀行に入れた。

とりあえず連休はどうにかなりそうだった。

多めに報酬をくれた“ナニカ”に少しも感謝する気は起きなかったが。


帰ってきて鞄を調べたら、女将に渡した履歴書が入っていた。

どうやら律儀に返してくれたらしい。

薄汚れて茶色になっていたけど。


もしかして、俺が意識を失った後で何かあったのかもしれないが、記憶が無いのでなかったことにしている。

深く考えると怖い結論に至りそうだから。


そういえば大事なところで俺のスマホにかかってきた電話はFからだった。

メールでFに「助けてくれ」ってメッセージがあったらしい。

あったらしいってのは俺のスマホには履歴がなかったから。

次の飲み会でであった時にはFはそのメールを削除していた。

「気味が悪かったから」って。

あの時現れた偽物のFは、俺を助けようとした別の何かなのかもしれない。


今となっては現実かどうかも疑わしいようなオカルト体験だった。

しかし、俺に報酬が払われていたって事は、アルバイトを依頼した“ナニカ”は目的を達成したということになる。

もしかしたら、俺はあの部屋に封じられていた大女を解放するために、利用されたのだろうか?



「でてはいけない」の女、再登場

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