トイレの落書き
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これはクラスメイトが父親から聞いた話。
その父親をPとしよう。
仕事の帰りにもよおしたPは、駅前の小さな公園のトイレを使うことにした。
そこは清掃も行き届いていて、公衆とは思えないほど奇麗だったらしい。
何でも町内の美化計画の一環で、トイレの清掃に区から資金が出ていたとか。
そこで気持ちよく個室に座って、Pは用を足した。
立ち上がってズボンを履き直した時に、それに気づいた。
前にあるドアの内側に落書きがしてある。
黒い文字で小さく〔右を見ろ〕と書かれていた。
奇麗なトイレに落書きがあるのが気になったのか、律儀なPは持っていた鞄からハンカチを出してその落書きを消した。
ハンカチで擦ると、落書きは案外あっさりと消えたらしい。
〔右を見ろ〕と書かれていたので、もしやと思い右の壁を見た。
〔上を見ろ〕
同じく小さく黒い文字で書かれていた。
それも同じようにPはハンカチを使って消した。
「水性だったとしても、やけに簡単に消えるな」とPは思ったらしい。
ここまで来たら上も見ない訳にはいかない。
便座型の便器の蓋を閉じて、その上に登った。
上を見上げると天井に赤い文字でこう書いてあった。
〔下を見ろ〕
Pは天井にハンカチを持った手を伸ばした。
ふと、足元に違和感を感じた。
細い糸のようなものがズボン越しに絡みつく感覚。
それと同時に天井に新たな文字が浮かび上がる。
〔下を見て〕〔下を見るんだ〕〔下を見ればいい〕
滲むように、ゆっくりと浮かび上がった文字を見てPは固まった。
天井の材質は紙ではない。
文字が浮かび上がる事が不自然なのは明白だ。
足の脛に誰かの手が触れた。
ズボン越しでも分かる。女の冷たい手だった。
〔下を見ろ〕〔下を向け〕〔下に顔を向けるんだ〕
ゆっくりと天井が赤い文字で埋め尽くされていく。
怖くなったPは目を閉じて便器から飛び降りると、手探りでドアの鍵を開けて、外に飛び出したらしい。
女の冷たい手は案外すんなりと離れた。
鞄とハンカチを手に、外に飛び出してトイレを振り返ったP。
そこにはトイレなどなく、大きな穴が開いていた。
穴を取り囲むように、黄色と黒でペイントされた柵があった。
書かれていた文字は「工事中」。
さっきまでトイレの中にいたのに、トイレは消えてなくなっていた。
Pがしばらく呆然と立っていたら
「見れば良かったのに……」
耳のすぐ後ろから女の声が聞こえたという。
Pは周囲を見回したが人影は見つけられなかった。
それで、慌てて家に帰ってきたPことクラスメイトの父親の足元には、黒い髪が大量に絡まっていたらしい。
クラスメイトが言うには
「そんな気色の悪い髪を家に入れるんじゃないよ!」
そう言って髪の束をゴミ袋に突っ込んで、父親にゴミ捨て場まで捨てに行かせた母親が一番怖かったそうだ。
父親が立ち寄った公園に何かいわくがあるのかは、調べてないから分からないが、その時その公園はトイレが老朽化してると言うことで、丸ごと作り直す工事を行っていたとクラスメイトは言っていた。




