靴の中
これはまだ私が幼かった時の体験。
その頃は弟は1歳半で、母は育児に仕事と大変だった。
朝の出る時間になって、弟が粗相をしたらしく急いでいた。
私は一人で履けるようになった靴を自分で履こうと思って、玄関に向かった。
玄関で置いてあったお気に入りの赤い靴を見つけた。
自分で履いてみたが、靴の中に何かあって上手く履けない。
靴を引っ繰り返して振ると、中から何かが飛び出た。
それは指だった。
根元から切り取られた指。
長さから親指や小指ではなかったと思う。
「ママァ~、マァマ!」
私は振り返ってとにかく母を呼んだ
「ママ、ゆび~!」
顔を玄関に戻すと、指が芋虫のように這って逃げようとしていた。
「ゆびぃ~! ママ、ゆびぃ!」
「どうしたの? 指をぶつけた?」
母が後ろからやって来る気配がして、後ろを振り向いた。
「ギャッ!」
母は変な声を出して驚いた。
誇張や演出じゃなく本当にそう言った。
「こ、こっち来なさい」
母は私を引っ張って後ろに下げると、玄関のドアを開けて靴を履き、指を外に蹴り出した。指は思ったより高く飛んでいって、道路まで転がった。
車が何台か通って視界が遮られ、落ちた場所が見えた時には指はなくなっていた。
「ゆびぃとんでった~」
たしか、私はこう言ったと思う。
結局、母はその日は仕事や幼稚園を休んだ。
この事を中学になった頃に思い出して、聞いてみたら。
「やめてっ! 話さないでっ!」
そう言って予想外にうろたえていたから、私の記憶違いではないと思う。
そんな私が小さい時の、不思議な体験の記憶。




