手を叩く
2人で新しい生活を始めるということで新居を見てまわっている。
「ここは余り良くないよね……」
彼女が顔を曇らせる。
「そうかぁ、立地は良いんだけれどなぁ」
彼女は気難しい。
なんでも霊感を持っているらしく、部屋を見ただけでなんとなく分かるらしい。
だが、前回も含めて、もう7件も回っている。
いい加減に決めて欲しかった。
「ほら、収納もあるし」
俺はウォークインクローゼットを開いた。
何とか納得させて、決まりにしたかった。
「結構便利だと思うけどなぁ~」
クローゼットの中に入って歩く。
返事はない。
振り返ると、彼女はクローゼットの奥を見たまま固まっていた。
「ね、悪くないよね」
彼女はクローゼットの奥を見たまま両手を胸の前に構えて、手を叩いた。
パチィーンと音が部屋に響く。
「どうしたの?」
慌てて彼女に駆け寄る。
怒り出したのかと思い慌てた。
彼女は俺を見ないで、クローゼットの奥を見たまま動かない。
彼女は無表情のままもう一度手を叩いた。
1回、2回、3回、4回、……。
段々と激しくなり、手元が見えないぐらいに早くなる手の動き。
周囲に音が鳴り響く。
「どうした、どうした!?」
慌てて彼女の二の腕を掴んで止める。
彼女がやっと俺を見て正気に戻った。
「ごめん」
そう呟いた彼女は部屋を出て行ってしまった。
後から聞いた話になるが、クローゼットの奥に変な生物がいたらしい。
それは人間の顔をしているのに、体は完全な猿だった。
ゴリラやチンパンジーじゃなくてニホンザル。
それも2m近い身長だったそうだ。
もちろん、俺には見えていなかった。
それが彼女と目が合った途端に、手を叩き始めたんだそうだ。
何故か彼女は手を叩かなくてはいけない気分になり、手を叩いたと言ってた。
段々とその人面猿が手を叩くスピードが速くなっていくにつれて、自分でも止められなくなるぐらいの速さで手を叩いていたって。
彼女の話によるとあの時見ていた部屋があった建物は、昔神様が住んでいた場所で、神社や御神木を切り倒して作られたんじゃないかって。
どっちにしろ、彼女がそんな状態になる部屋には住めないから、俺としてはどうでもいいんだけどね。
狂ったように手を叩き続ける彼女の顔が、能面みたいで怖かった。
今も新居を探して不動産屋めぐりをしています。




