袋爺
少し長め
俺は引越しが多い家庭で育った。なのでそこには中学2年から高校1年の間しか住んでいなかったが、変な場所だった。
オバケマンションとか暗黒屋敷とか色々変な噂が多い建物があって、不審者や変人をよく見かける町だった。
クラスの友人とかは、肝試しや度胸試しにその場所に行ったり比較的安全そうな変人を尾行したりして遊んでいた。
もっとも、俺はそういった場所に決して近付いたり興味本位で変質者の顔を見に行ったりはしなかった。
そんな中で俺が一度だけ後を尾行した変人の話をしようと思う。
それは「袋爺」と呼ばれていた。
70代ぐらいのお爺さんで、いつも近くのスーパーの名前が書いてあるビニール袋を顔に被っている。
ビニール袋には両目にあたる部分に穴が開いていて、口の部分は呼吸できるように縦に切込みがいくつもあった。
片手には家庭菜園とか盆栽で使う剪定鋏を持って、町中をいつもうろついている。
袋爺は警察官の姿を見つけるとハサミをズボンの後ろにあるポケットに隠す。
警察官も慣れたもので袋爺を見つけると一応注意をする。
でも、袋爺はボケたフリをしてそれをやり過ごす。
警察官も袋爺がビニール袋を取らないのは知っているので、それについては完全にスルーして会話をする。
それが日常化していた。
その様子は俺も2回ほど見たことがあり、袋爺がハサミを隠すところを見られると1日ラッキーなことが続くという噂まであった。
でも、誰も「袋爺が何で町を徘徊しているか?」とか「袋爺が何でハサミを持ち歩いているか?」という疑問に対する回答を持っていなかった。
だから俺も興味を持っていたのかもしれない。
高校1年頃の話。
それは曇りの日で暑くも寒くもなく、出かけるのにちょうど良い日だった。
確か土曜日で友達とどこかに遊びに行った帰りだったと思う。
夕暮れにはまだ早くて、そのまま家に帰るのがもったいなかった俺は、目的もなく馴染のゲームショップや古着屋などを見てまわっていた。
路地裏をちょっと通ろうと思った俺はそこでその光景に出くわした。
袋爺が背を向けてしゃがんでいる。
ハサミを振り上げて何かに突き刺した。
微かにしか聞こえなかったけど生物の悲鳴が聞こえた。
俺はとっさに足を止めてゆっくり物陰に隠れた。
なにかゴソゴソと手元を動かして袋爺が地面の上にあるモノをいじくっている。
袋爺が動くたびに頭に被ったビニール袋が擦れて音を立てる。
作業を終えた袋爺は左右を見回すと、ズボンのポケットから被っているのとは別のビニール袋を取り出し、地面の上にあったモノを袋にしまい込んだ。
俺はよくニュースで流れる野良猫の殺害とかを思い浮かべた。
袋爺はそのまま立ち上がると前にそのまま歩き出した。
俺はその時もしかしたら袋爺の秘密を握れるかもって思ったんだ。
だから、そっと後を尾行した。
袋爺は路地裏の人通りの少ない道を選んで通っていた。
俺は知らない道を迷子になら無いように必死について行った。
そしたら俺の通っている学校の近くにある大きめの公園に辿り着いた。
大通りに面している入り口のある方じゃなくて、裏側にある公園の木々によって隠れた暗がりの方にある入り口。
袋爺はそのまま住宅の壁と木の間で人目がない場所に移動した。
袋を振ってしまい込んだモノを地面に放り出す。
その後、周囲にあった落ち葉をかき集めてそのモノを隠した。
袋爺が立ち上がったのと同時に俺は道を引き返して姿を隠した。
小道を移動して袋爺がいた場所を避けて大通りに出る。
そして、大通りから公園の入り口に回り込んだ。
そのまま「ちょっと公園で休みに来ました」って感じで入って来て、袋爺がさっきまでいた場所へ向かった。
ベンチに座って袋爺がまだいるか確認する。
袋爺の姿が見えなかった俺は足早に袋爺が落ち葉で隠したモノの所に移動する。
この期に及んで躊躇いはなかった。
俺はしゃがみこんで覆い被さっている葉っぱを両手でどかしていった。
葉っぱの下から現れたのは奇妙な生物。
毛を剥いで丸裸にしたネズミに鱗を生やして昆虫の足をくっつけたような生物。
首のところに刻まれた大きな傷が痛々しい。
俺は見た事もない生物に驚くより「なんだこれ?」という場違いな感想を持った。
玩具のようにも見えるが血の臭いがするし、でもこんな生物はいないし。
指で触ってみたが鱗の感触はしっかりしていた。
沖縄で首に巻いた大蛇の感覚に似ていた。
「奴らは顔を覚えよるんじゃ」
突然に声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには袋爺が立っていた。
片手にはハサミ。
「顔を覚えられたら家までやって来よる」
袋爺が話しているところを間近で聞いた俺は袋爺が訛っているのに気づいた。
袋爺はそれ以上何も言わずにハサミをズボンのポケットに仕舞うと、懐から水筒を取り出して奇妙な生物の死骸に水筒の中身をぶっ掛け始めた。
紫色をした液体が水筒からこぼれる。
奇妙な生物は紫の液体をかけられると溶けるように消えていった。
地面に残されたのは黒い染みだけ。
「気をつけて帰り」
それだけ言うと、袋爺は頭に被ったビニール袋をガサガサ言わせながら公園から出て行ってしまった。
俺は目の前で起こった出来事が信じられずに固まっていた。
その出来事から数日経って気づいたことなのだが、袋爺は警察官と話しているときに別にボケたフリをしているのではなかった。
訛りが酷いので会話がかみ合っていないだけだった。
今は引っ越して袋爺がどうしているのかを知る術はない。
もしかしたら、袋爺はあの奇妙な生物から町を守っていたのかもしれない。




