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わらいの村

長めの話



俺が高校生だった頃の話なんだが。

青春の1ページというか恐怖の1ページというか……。

とにかく思い出深い経験をした話。




夏休みも終わりに近付いた頃。

高校3年で、これといった面白い事もない毎日や、受験勉強に嫌気が差していた。

だから家出も兼ねて、卒業した先輩から譲ってもらった原動付き自転車(原チャリ)で旅に出ることにした。


家には「旅に出ます。1ヶ月ぐらいしたら帰ります」と書置きを残して。


お年玉貯金を切り崩して金を用意して、林間学校で使ったキャンプ用の寝袋やランプ型ライトとか持って出た俺は警察官の目を避けながら公園で寝たり親切そうな人を探しては泊まらせてもらったりしながら北を目指した。


特に理由は無いけれど、夏だったので暑い南を目指すより北を目指した方がよかろうというどうでも良いような理由だったと思う。


原チャリで風を感じながら旅をするのは楽しかった。

今思うと原チャリで風とかwって笑うぐらいの事なんだけれど、若かったから。


途中で親から電話が何回かあって問答をしたり喧嘩したりしながら先に進んだ。

親も諦めたらしく定時報告だけしろと言われて喧嘩はなくなった。


スマホの電源はカフェや携帯電話ショップで充電してた。


それで、その夜は公園に近くのスーパーから取って来たダンボールを下に敷いてレジャーシートを上に敷いて、その上で寝袋に寝ていた。


ベンチとかで寝てると警官とかに見つかるから電灯の近くの茂みで寝てた。

薬局で買った蚊取り線香の煙を浴びながらスマホで道の検索とかしていた。


それで掲示板で俺がいる場所の近くの廃村にトツゲキした奴のスレがあって、変な笑い声がしたとか心霊現象を体験したとか書いてある。


俺は明日そこに行こうと決めた。

今考えるとたった一人で廃村に凸とかありえないんだけど、旅特有の高揚感というか何というのか要するに調子に乗っていた。


警官に見つかったり変質者に遭遇したり置き引きにあったりする事もなく、朝を迎えた俺はwktkワクテカしながら廃村に向かった。


アスファルトの道が砂利に変わって整備されてないアスファルトに変わって、穴とかヘコミとかを避けながら原チャリで先に進むと、「立ち入り禁止」と書かれた看板が括りつけられた通行止めの防柵(バリケード)があった。


鉄パイプが組まれたもので、持ち上げようとしたけど重くて持ち上がらない。


仕方がないので伸びきった雑草と防柵の間を原チャリを押して通った。

原チャリと俺の幅を足すと結構ぎりぎりだったと思う。


しばらく先に進むと倒壊した家が見えてきた。

漆喰やペンキの剥げた家が数件並んでいる。


道もアスファルトを突き抜けて雑草が生えてたりしていて危なくなってきたので、原チャリを廃村の入り口近くに止める。


時間に取り残された風景に、なんともいえない懐古的ノスタルジックな気分になった俺は何枚かスマホで写真を撮った。


ゆっくりと家々を観察しながら廃村の中へと入っていった。

玄関から家の中にある落ちている雑貨とか、黒くくすんだ人形とか新聞紙とか、見ながらフラフラとあっちこっちを覗いてまわる。


「この家は入れそう」とか、「この家は傾いているから駄目」とか、入る勇気もないのに確かめながら村の奥へと移動していった。


家の畳を貫いて生えている草とか庭の水場に生えている苔とか、木が腐った臭いとか、日常と違う場所にいることが感慨深かった。


俺は見回れる範囲の家をほとんど見回った。

少し考えた後、入り口近くの倒壊した家の前にある家に入る事を決意。

入り口に向かって歩く。


「――ヒハハハハ、ィハハハ――」


いきなりの笑い声にビックリした俺は体を震わせて驚いた。

周囲を警戒して見回すと、数歩先の曲がり角を左に折れた先から笑い声が聞こえてくるのに気がついた。


「――ハハハハ……」


笑い声が途切れる。

その笑い声にちょっとした違和感を感じた。録音のような音だったからだ。

それでも誰かいるかもしれないと思った俺はゆっくりと角の先まで移動する。

曲がり角の左には「笑い袋」(ボタンを押したり衝撃を与えると録音された笑い声が鳴り出す玩具)が落ちていた。


「なんだよ……」


必要以上に緊張してしまった俺は気恥ずかしさから笑い袋を遠くに蹴飛ばした。


「ヒィハッハッハッハッハ」


また笑い声が流れる。

俺は笑い袋を放置して目当ての家に向かった。


掲示板にあった笑い声って笑い袋の声じゃなねーの?

とか思ったけど俺の中で幽霊がいる可能性についての考えは消えてなかった。


家の前に辿り着く。俺が止めた原チャリが見える。

鍵は挿したままだが誰かに盗まれたりしてはいないらしい。

村の中で一番新しく建てられた家なのか古臭い感じのしない家の前に立つ。

門はない。


玄関のドアを開けて中に入った。

玄関の横にガラスのはめ込まれたトイレのドア、右前に階段がある。

左の通路のその先に台所の入り口とその横にもドア。


一応トイレの中を確認する。

中にデカイ虫がいた。

即行でドアを閉める。


台所の横のドアを開ける。リビングだ。

庭に面した窓ガラスが割れている。

床が所々腐って黒くなっている。

劣化してボロボロのソファー。

ブラウン管のテレビ。

デカイ古い本棚。

足元が危ないので入るのは中止。


台所を覗き込む。

ガラスの割れた食器入れ。数枚の食器。

古い四角いステンレスの流し台。

引越しの荷物を包もうとしていたのか大量の新聞紙。


リビングや台所の写真を数枚撮って外に出ることにした。

ビビリな俺に2階に上がる勇気は無い。


玄関ドアを開けて外に出ると、倒壊した家の前に人が立っていた。

作業用の灰色ツナギに同じ色の帽子。

顔は背を向けているので分からない。


誰も住んでいないと思っていたので驚いたが、距離が離れていたのでそれほど怖いとは思わなかった。


ヤベエ、ここを管理してる人かな? とか

俺と同じく廃村を見に来た人かな? とか

もしかしてスジの人かも? とかグルグルと疑問が頭の中で回転していた。


こっちに気づいていないなら無視して逃げようか、とも思ったけれど原チャリがあるので誤魔化すのはちょっと無理がある。

どうせ怒られるぐらいだろうと踏ん切りをつけた俺は話しかけることにした。


「あのぉ、すいません?」


声をかけたのに振り返らない。


「ここの村の人ですか?」


完全に無視。よく見ると小刻みに震えてる気がする。


「すいませ~ん」


俺は話しかけながら歩いて近付いていった。


「――ふぅ、はぁ、ふぅ、――ふぅ、はぁ、ふっ――」


ツナギの人は小刻みに震えながら強い呼吸を繰り返しているようだった。

最初は泣いているのかと思ったのだが、違う。


体育祭で緊張して過呼吸になった奴を近くで見たことがある。

そいつの口から聞こえてくるはその時の呼吸音に良く似ていた。


「ふひっ、ふぅ、ははぁっ、ふひっ――」


呼吸が段々とおかしい声を伴うようになってくる。

この時はまだ俺は「ちょっとおかしい人かな?」ぐらいにしか思っていなかった。


「――ひぃっ、ふひっ、はひっ――」


ゆっくりとツナギの人が振り向く。

その人は男でどこかの工場の制服を着ているようだった。

胸元に~工場? ~工業? とにかく「工」がつく名前が刺繍されていた。


ツナギの男の顔は泣いてるような笑っているような顔をしていた。

眉毛は八の字にひん曲がっていて両目は下がっている。

なのに口は「U」の字のように笑っていた。

目は虚ろで焦点があっていない。

そんな異常な顔をしている人を俺は現実では見た事がなかった。

この時はさすがに俺もヤベェと思った。


「――ふうぅっ、はあぁっ、ふひぃ――」


そんな男が小刻みに震えながら笑い声のような奇声を上げていた。

俺の全身からかいたことのない汗がブワッって出てきた。


男は奇声を上げているがこちらに来る気配はない。

俺はゆっくりとその場を離れることにした。


本音を言えば走って逃げたかったが、腰が抜けていたのと相手を視界に入れていないと不安で仕方がなかったから。

とにかく男から目を離さずにゆっくりと原チャリの方向へと移動していった。


もう一つ気がついた。


ツナギの男は左手にカッターナイフを握っていた。

100円ショップで売ってる安物じゃなく作業用の太い奴。

刃が長く飛び出している。


それに気づいた時に足がガクガク笑い出してしまった。

何とかへっぴり腰でカクカクしながら歩いていく俺。


男から大分距離がとれた時に近くの草むらが揺れた。

草がすれる音に過敏に反応して顔を向ける。

俺の前に草を掻き分けてモンペ姿の婆さんが飛び出てきた。

俺は必死に声を出さないようにするのが精一杯だった。

婆さんは声を上げていた。


「――ひぃ! ひぃ、うひぃっ!」


婆さんは奇声をあげながらその場に座り込んだ。

正座を崩した女座りみたいな格好。

婆さんは座り込んだまま上を向いて笑い出した。


「ひぃっ、ひひひい! ひはははは、ひぃっ!」


婆さんの奇声は男と違って時折大きな声を混ぜながら笑っているようだった。

婆さんの顔も男と同じ泣き笑いの顔だった

俺はもう涙目。

ちょっと失禁し(チビっ)てたと思う。


その時、気づかなきゃよかった事に、気づいてしまった……。

婆さんは右手に草刈用の鎌を握っていた。

でも、両手は脱力して垂れ下がり、鎌を持っている手に力は入っていなかった。


右後方にツナギの男、すぐ左前にモンペの婆さんという挟まれた状態になった俺が右前の原チャリに辿り着くには2人の間を通過しなくちゃならない。

それはつまり2人同時に襲い掛かられたらオダブツということ。


「ふうっ、はぁ、ふひぃ、はあぁ」

「ひっ、ひは!、うひひ、ひぁあ!」


奇声の二重奏。

挟まれた俺。

もうダメぽ。




――俺はなんとか必死に一歩を踏み出した。

ゆっくり、ゆっくり原チャリを目指して進んだ。


足はガクガク、涙ボロボロ。

それでも逃げなきゃと思い必死で歩いた。


段々とツナギの男がこっちに体を向けてくる。

婆さんは座ったままで上を見て笑っている。


なんとかして婆さんの近くを通り過ぎたところで走り出していた。

というか状況に耐えられなかった。

奇声を上げる凶器持った2人に挟まれてみろお前ら、数分も持たずに理性崩壊ですよ?


「ふひっ、っははは、ひぃっ――」

「うひひひひひひひひいひひ!」


2人の声が一瞬高くなったような気がしたが、それどころじゃない。

婆さんの前を走り抜け原チャリに駆け寄る。

スタンドを倒す。

原チャリに乗って鍵を回してレバーブレーキを握ってスイッチを入れた。

映画みたいにエンジンがかからないということはなかった。

一気にアクセルを回すとヤバイかもと一瞬思った俺を褒めて欲しい。

ゆっくりと慎重にアクセルを回した。

ヘルメットを被ることは出来ないのでそのまま走り出す。


比較的デコボコの少ない道を選んで進んだ。

振り返るとツナギの男もモンペの婆さんも移動していなかった。

だが、それよりも恐ろしい光景が目に入った。

廃村の彼方此方アチコチから人影が出てくる。

家の中に隠れていたのか? そういう疑問が一瞬浮かんだが、どうでもよかった。

とにかく逃げることしか考えていなかった。

急速に距離が離れていっていたので、出てきた人達がどんな顔をしていたのかは俺には分からない。

でも、全員が奇声を上げていたのであの変な泣き笑いの顔をしているのは予想できた。


「ふひっ、ひはは、うひは」「ふっ、っは、はぁ」「はぁつ!はぁつ!はぁつ!」「ぐひひひひひひいい」「うへぁ、ひひい、ひっひっひっ」「ふふふふうっふふ」「ひはぁ、ひはぁ、ひはぁ」「はっははっはっははっは」「ぶひひひひひひっ」「うはぁ、うひぁ、ひはぁ」


俺の後ろで奇声の大合唱が始まった。

俺は原チャリがこけないように必死でハンドルを操作した。


とにかく制限速度無視して走って走って逃げた。

立ち入り禁止の看板が見えた頃に振り返ったが、誰も追って来てはいなかった。


それでも止まると死ぬと思っていた俺は、立ち入り禁止の看板が括りつけられているその横を原チャリに乗ったまま通過した。

看板の縁に引っ掛かって着ていた服が少し破けた。

よろめいてコケそうになったが持ちこたえた。


来た道を戻って公道に出る。

俺はやっとエンジンを止めた。

原チャリを路肩に立たせて歩道側にしゃがみこんで呼吸を整える。

涙は風に吹かれて乾いていた。

近くの自動販売機でジュースを買ってカラカラに乾いた口を湿らせる。

一瞬で缶が空になった。


ズボンの後ろのポケットに入れていたスマホから着信音が鳴っている。

取り出すと文字化けした電話番号が表示されていた。


あ、これ出たらいけないヤツだ……。

そう思ったのに、吸い込まれるように俺の指が動いてスマホを触っていた。


「ふう、ひい、ふひっ、ぅふはっ、ひひひひ、ひははははっははああぁーーーーーー!」


やっぱり聞こえてきた奇声。

呼吸音から笑い声になって最後は叫び声に変化した。

それは甲高い男の声だった。

俺はスマホを道路に放り投げる。

クラクションと共に車が通って俺のスマホを踏み潰して行った。




しばらく道路の前で放心していたと思う。

警察に行こうとは思わなかった。

よく考えると、ツナギの男とかモンペの婆さんは手に持っていた物が物騒なだけで動かないでいたし、作業していただけと言われたらそれまでだ。

立ち入り禁止の場所に勝手に入った俺の方に非があるのも事実だと思ったし、何より実在している人間は文字化けした番号で電話をかけてきたりしない。


さすがに今日は疲れた。

そう思った俺は何とかして安宿を探そうと動き始めた。

地面に置いていた空のジュース缶を自販機の横のゴミ箱に入れる。

スマホを壊してしまったので宿検索が出来ない。

どこかネットを使える場所を探さなくては。


この期に及んで俺は旅を続けるつもりだった。

荷台に固定している荷物を確認する。

無くなっている物はなさそうだった。

座席を動かして下の収納スペースからヘルメットを取り出して被った。

原チャリに跨った俺は安全運転を心がけながら道路に出る。


とりあえず駅前まで移動しようと見覚えのある道路を進む。

なんとなくあの奇声が耳にこびり付いていた。


「――ヒ――ァ――」


どこからか声がする。

小さな声だったのに段々と大きくなっていく。

幻聴だと思い、どれだけ怖い思いをしたのかを認識し直す。

赤信号で止まる。


「――ヒハハ――」


まだ聞こえてくる。

幻聴かと思ったけれど確かに聞こえてくる。

青を確認して前方に気をつけながら前に進む。


「――ヒヒヒヒ、ヒハハハ――」


怖い。

俺は止められる場所で減速した。


「ヒハハハッハ!ヒャーハハハハッハ!」


スマホは壊したのに笑い声がする。

また笑い声が大きくなった。

すぐ近くだ。

俺は原チャリを止めて見回すが、草むらもないし、変な顔の人も立っていない。


「ハヒハハヒ、ヒーハッハッハッハ!」


音の位置を特定した俺は原チャリから降りてスタンドを立てる。


原チャリの座席を開いた。

収納スペースの中には笑い袋が入っていた。

さっき開いた時はなかった。

入れた覚えもない。


笑い袋は狂ったように笑い声を大音量で再生している。

その声はスマホから流れて来た笑い声そっくりだった。


ヤバイという言葉では言い表しきれない恐怖に襲われる。

俺は両手で笑い袋を掴むと今度は道路と逆方向へ放り投げた。


「ヒハ、ヒハ、ヒーハッハハハ……」


笑い袋は地面にぶつかり、一度バウンドして消えた。


そこになかった物が突然出現して消えるなんて心霊現象すぎる。

旅をする気持ちは完全にへし折られていた。




これが俺の体験した話。

この後、公衆電話を探して家に電話して親に迎えに来てもらった。


こっぴどく叱られるし外出禁止になるしで大変だった。

今では笑い話に出来るけどよく考えると怖すぎる話。


後で廃村について調べたら、掲示板に載っていた廃村と俺が行った廃村は全然違う場所だと判明した。

というか掲示板には画像が載ってたんだから違うことぐらい気づけって話だよな。

俺が迷い込んだのがどこなのかネットの地図マップを見て、何度もしつこく探してみたが発見できない。

航空写真でも確認したが俺が通った道は発見できなかった。


壊れたスマホを放置したのが悔やまれる。



この話はホラーデータが発見した文章です

実際のバイクに乗る時はヘルメットを被って制限速度を守りましょう

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