無視される
数ヶ月前に体験した奇妙な話。
駅前のタクシー乗り場で待つこと10分。
やっと俺の順番が来てタクシーに乗り込んだ。
降りやすいように運転手と反対側の左後部座席に座る。
俺が行き先を告げる前にドアから女性が入ってきた。
「○×区の%#小学校まで」
女性は俺に気づいていないのか運転手に行き先を告げた。
「はい」
けだるそうに運転手が答える。
「いや、ちょっと失礼じゃないですか?」
俺は女性の方を向いて注意した。
化粧の薄い20代ぐらいの女性だった。
しかし、女性は俺の事を無視した。
運転手も俺に気づいていないのかタクシーを発車。
「え、ちょっと、困りますよ」
今度は運転手に向かって抗議した。
こちらも完全に無視。
「ちょっとなんですか!? 聞こえてます!?」
大声を上げてみても女性も運転手もこちらを見もしない。
「もし、もーし?」
仕方がないので女性の肩を掴んだ。
「……ぃやっ!」
女性は一瞬俺を見た後、悲鳴を上げた。
まるで俺が突然そこに現れたかのような反応だった。
目を見開いて俺を凝視する女性。
叫び声で気づいた運転手もバックミラー越しに俺を確認する。
俺は慌てて掴んでいた手を離した。
運転手がチラチラとこちらを見ながら車を路肩に寄せていく。
女性も運転手も恐ろしいものを見たかのように怯えていた。
「何ですかその反応? タクシーに乗ったのは俺が先ですよ!?」
まるで俺が悪いかのような雰囲気に声を荒げる。
怯えて女性は少し後ろに下がったが、それだけで何も言わない。
運転手も俺が悪いかのように見ている。
車が止められ俺側のドアが開いた。
「すいません。降りてもらえますかねぇ?」
えっ!?俺が?
「いや、ちょっと」
「御代は結構ですので」
いや、これで金払えって言われたらキレる自信があるよ?
納得できないが喧嘩しても不毛なことは理解できるので、俺はタクシーを降りた。
タクシー会社と運転手の名前を覚えておく。
後で絶対に電話をかけて文句を言ってやると心に誓う。
ドアを乱暴に閉めた直後。
タクシーが目の前で消えた。
「はっ、なっ、うぅぇえ!」
思わず変な声が出た。
周囲を見回すとタクシーを待っていた駅前だった。
しかも、改札口の前。
変な声を出した俺を駅から出てきた人が警戒して見ている。
決して眠っていたわけでも変な薬をやっていたわけでもない。
いきなり道路の端から駅前にワープしていた。
「えぇ~……」
それが俺が体験した奇妙な話。
ちなみにタクシー会社をネットで調べても該当なし。
最近少し違和感を感じる。
そのタクシー事件の前後では何かが違う気がする。
こう、何というか、今まで感じていた視線を感じなくなったような……。
危険な場所から安全な場所へ入った時のような……。
そんな感じ。
この感覚なんなんだろうね?




