風船霊
Dという大学生は幼い頃に買ってもらった天体望遠鏡を使って覗きをしていた。
覗きと言ってもカーテンを全開の状態で着替える人や風呂場の窓を入浴中に開けて入る人などそうそういないので、どちらかと言うと人間観察に近いものだった。
更に言えば幼い頃に買ってもらった望遠鏡なので、性能は余り良くなかった。
もっともそれでDには充分だったらしいが。
Dは人の多さと距離的なものから、主に近くに建っている団地を覗いていた。
だからなのかDはソレに気付いてしまったのだ。
最初の日、団地の屋上の向こう側の空に何かが浮いているのをDは見つけた。
Dはソレをビニールハウスのビニールが剥がれたのが、風で飛ばされて浮いているのだろうと思っていた。
なので、特に気にとめてはいなかった。
数日後、またDは団地の屋上の上に変なものが浮いているのを見つけた。
それはちょうど「く」の字のように真ん中から折り曲げたものを、横にしたような形をしていた。
もっとよく見ようと思ったDだったが、携帯電話の着信音が鳴って、望遠鏡から目を離した間にどこかに消えてしまった。
数日後、団地の手前の空にソレを発見した。
風船のようにフワフワと浮いているソレはまるで人のようだった。
ドレスのようなネグリジェのような、ゆったりとしたワンピースを着た長い髪の女。
Dにはそう見えた。
顔は髪に隠れて見えないが、腹を下にして苦しそうに折れ曲がっている。
ソレの片方の足首には赤い紐が結び付けられており、ダランと下がった紐の先は風に吹かれてユラユラと揺れていた。
怖くなったDはその日から覗きを止めようと思った。
数ヵ月後。
酔っ払っていたDは団地の上に浮かんでいるソレを忘れて、望遠鏡を覗いた。
団地を見回している最中に空に浮かぶソレを思い出したDは青ざめながらゆっくりと望遠鏡を動かし、空を探した。
だが、望遠鏡をいくら動かしてもソレを見つけることはできなかった。
下に落ちているかもと思い、下も確認したが発見できなかった。
「きっと誰かが悪戯で人形型の風船を浮かべていたんだろう」
そう思ったDは望遠鏡から目を離した。
視界の端に映る赤い紐。
それは自室の窓の外側、すぐ近くに垂れ下がっていた。
とっさにDは窓のカーテンを閉めた。
それ以来Dは窓のカーテンを開けることができなくなったらしい。