たぬき
どうやら遭難してしまったらしい。
ちょっとしたスポーツ気分で近くの山に登ったのだが、少し脇道に入っただけで道に迷ってしまった。
来た道を引き返しているはずなのだがドンドンと道幅が狭くなり、とうとう草むらを突き進むしか出来なくなってしまった。
携帯を確認するも圏外。
これは結構不味いな。
まだ、日は高くそんなに焦ってもいなかった俺は他人事のようにそう思っていた。
しばらくすると、どこからか太鼓の音が聞こえてきた。
大きな太鼓ではない。小太鼓の音だ。
道のわからなくなった俺はなんとなくで音の方向に向かった。
すると、草むらを抜けて踏み固められた土の道に出ることができた。
「これはありがたい」
そう呟いて俺は道なりに進むことにした。
しばらく先に進んでいると分かれ道に着いた。
「どうしたものか」
思案していると右側の方向から先程と同じように太鼓の音が聞こえてきた。
「なるほど」
俺は深く考えずに右の道を選んだ。
しかし、その道もドンドンと細くなり、ついには道がなくなって先程と同じく草むらに入ってしまった。
「なんだ、間違っていたのか?」
心細くなった俺だったがじっとしていることが出来ずにそのまま草むらを歩いた。
数分後ぐらいにまた同じように太鼓の音が聞こえてきた。
俺は耳を澄まして音がする方向に目を向けた。
ガサリと音を立てて何かが動いた。
一瞬しか見えなかったがそれは狸のように見えた。
「おいおい、化かそうとしているんじゃないだろうな」
このままグルグルと山の中を歩きまわされるのは御免だ。
しかし、どちらに行けば山を下りられるのか分からない。
「仕方がない」
俺は狸の逃げた方向に向かうことにした。
そうやってしばらく歩いていると視線の遠く先、山からは見下ろす位置に、住宅街が見えてきた。
「どうやら杞憂だったらしい」
俺は心の中で道案内をしてくれた狸に感謝しながら前に進んだ。
唐突に地面が消えた。
俺は落ちるように急斜面の崖を滑っていった。
草で足元が見えなくなっていたからだ。
どう踏ん張っても落ち葉や土で滑ってしまう。
急な速度で滑り落ちる俺の目に斜面に逆らうように立っている木が写った。
木には縄が括られており、垂れ下がった縄の先は輪っか状に結ばれている。
方向を変えることができない俺はその縄に向かって滑り落ちていく。
目の前に縄が迫ってきた。
このままでは縄が首にかかってしまう。
俺はとっさに首を動かしそれを避けた。
どこかで獣が鳴いているのを聞いた。
結局、俺はそのまま山の麓まで滑り落ちることとなった。
必死で首を捻った所為か首筋が酷く痛んだ。
しかし、そのお陰で山を出ることができた。
泥だらけになった姿の俺を見て、家族は慌てていた。
二度と山登りはするなと怒られてしまった。
それ以来、狸や太鼓の音には近付かないことにしている。




