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86400秒のプレゼント  作者: 五月七日 外
86400秒のプレゼント
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86400秒のプレゼント 中

「わたし……今日死ぬんですけど、それでも付き合ってもくれますか?」

 

  その言葉に対する返事は、すぐには出てこなかった。

  なにしろ、ましろは今日死ぬと言ったのだ。

  死ぬなんて冗談だろ?と笑って返したかったが、ましろの真剣な表情がそうさせてくれなかった。

  きっと、ましろは本当に死んでしまうのだ。それも今日のうちに……。

  だが、一つだけ疑問があった。

 

「ましろちゃんは、なんで今日死ぬって分かるんだ?」


  なぜ、自分の寿命が分かるのか。

  それが疑問だった。普通は自分の寿命なんて分かってせいぜい医者から言われる余命くらいだ。さすがに今日死ぬかどうかと聞かれて、はい今日死にますよ。なんて答えられるはずがない。いつ死んでもおかしくない重病を抱えているなら話は別だが、ましろは素人目に見ても病気のようには見えない。

  そう、とてもではないが今日にでも死ぬようには見えないのだ。

  だから、ここまで真剣に今日死ぬと言えるましろが不思議だった。


「一城さんの疑問は最もです。そうですね……死ぬと一言で言ってもわたしが言う死というのは肉体的な話ではありません。現にこうして体の方は元気ですし」


  そう言ってましろは立ち上がると、ピョンピョンと軽くその場で跳ねた。

  何回か跳ねると、再び地べたに座り込む。

  肉体的には死なない。

  で、あれば。ましろの何が死ぬかなんて、想像するにはあまりに容易だ。


「じゃあ、ましろちゃんの言う死ってやつは……」

「はい。わたしが死ぬのは精神面での死です。ちなみに一城さんは1日が何秒か知ってますか?」

「えっと、1日は24時間だから……」

「86400秒です」


  計算するまでもなく、ましろがあっさりとそう答えた。


「……そして、わたしの記憶は86400秒後には消えてしまいます。朝起きたときには記憶が消えているので、正確にはもっと短いんですけどね」

「……」

「だから、わたしは一城さんとは付き合えません。ごめんなさい」

「……」


  ────それでも好きだ。付き合って下さい。

  そう言えれば、どれだけ良かっただろうか。だが、そんな俺の想いとは裏腹に四度目の告白は口を出なかった。

  俺は想像してしまったのだ。

  ましろと付き合うことで、いつか訪れるかもしれない悲しい未来を。

  自分が覚えていることを相手が覚えていないのは辛い。

  相手が覚えていることを自分が覚えていないのはもっと辛い。

  一度浮かんだ悪い想像は、また別の悪い想像を生み出し、ましろとの未来を黒く塗りつぶしていく。

  ましろと付き合わない方が、ましろのためになる。

  互いに辛い思いをしなくてすむ。ましろにはもう告白しない方がいいのかもしれない……そういう考えが浮かんでいた。

  ましろの今にも泣き出しそうな、クシャクシャになった顔を見るまでは。


「ましろちゃん?」

「いえ、なんでもないです。大丈夫です」


  俺を振り切るようにして立ち上がるましろ。

  それを見て、俺の右手が勝手に反応した。

 

「離してください」

「離さない。だって、まだ告白できてないから」

「……離してください」


  小さな声で拒絶するましろ。その瞳からは涙がこぼれている。

  その涙を見て、自分がとんでもなくバカだったことに気づいた。


「やっぱり、俺はましろちゃんが好きだ」


  ましろの手を握る右手に力が入る。


「……わたしなんかより可愛い人って世の中にはたくさんいますよ。わたしみたいに……一城さんのことをすぐに忘れない人が」

「それでも、俺はましろちゃんが好きだ」

「わたしと付き合ってもきっと、辛いことばかりですよ」

「そうかもしれない。けど、そんなのましろちゃんと付き合って得られる幸せの数と比べたらたいしたことない」

「……わたしと……わたしと付き合っても」


  いい淀む、ましろの言葉を遮るように口を開いた。


「ましろちゃんは優しすぎるよ」

「……そんなことないです」

「そんなことある。だって、ましろちゃんは最初から俺のために告白を断ってるでしょ」


  瞬間、ましろはハッと息を飲んだ。図星だ。

  最初からそうだった。ましろはずっと俺が傷付かないように……毎日死んでしまうましろと付き合えば、俺が傷付くことが分かっているから、ましろと付き合おうと思わないように色んな質問をしてきた。1日で記憶が消えるという自分の秘密を話した。今も自分と付き合ったって辛いぞと俺に教えている。

  すべて俺のための行動だ。

  それに気付いてからというもの、ましろという名の一人の女性に本気で惹かれていた。生まれて初めて、顔ではない別の何かに惹かれていた。

 

「俺、諦め悪いんだ。例えどれだけ辛いことがあってもましろちゃんのこと嫌いになんてならない。ずっと好きでい続けてやる」

「わたしなんかと……こんな今日1日しか生きられないわたしなんかが一城さんと付き合ってもいいんですか?」

「もちろん」

「きっと、もの凄く傷付けちゃいますよ。明日のわたしは一城さんのこと覚えてないし、わたしとは全然違う人かもしれないんですよ」

「確かに、傷つくかもしれない。でもそれを補うに余りあるくらい楽しいことをすればいいんだよ。俺はましろちゃんとだったら、それができる気がする。それに、記憶が無くてもましろちゃんは、ましろちゃんだよ。俺はそう思う」


  これが、今言える自分なりの答えだった。

  穴ボコだらけかもしれない、継ぎ接ぎの滅茶苦茶な理屈かもしれない。所詮は本当の辛さを知らないガキの考えなのかもしれない。

  けど、本気で好きになってしまったのだから仕方がない。

  好きな人の記憶が1日で消えることなんて、この気持ちに比べたらどうってことない。


「俺は……」


  俺の言葉にましろが小さく頷く。その顔は少し赤く染まっていた。

  緊張した面持ちで佇むましろに、ありったけの思いを放った。


「ましろちゃんのことが大好きです。俺と付き合って下さい」

「……はい、よろこんで」


  その返事を聞いて、俺が大喜びしたのは言うまでもない。

 

  それから、俺たちはデートということで大学構内を散歩した。

  もっと他のことをしても良かったが、ましろたっての希望だったので二人で話ながら歩いた。

  初めてのデートは、あっという間に時間が過ぎ、別れの時間が訪れていた。

 

「今日は、本当にありがとうございました」

「ううん、こちらこそ本当にありがとう。ましろちゃんと付き合えて俺は幸せ者だよ」


  最初にましろと出会った教室で、俺たちは別れの挨拶をしていた。


「本当に家まで送らなくて大丈夫なの?」

「はい。いつも親が迎えに来ることになってるので……それに、そんなにギリギリまで一城さんと一緒にいたら、わたしは自分のルールを破ってしまうと思うので」

「そっか」


  小さく返事をし、腕時計を見る。

  時刻は22時ちょうど。

  ましろに残された時間はあと二時間だ。

  目覚めてから眠るまでの時間が寿命のましろは、朝の6時には起きて、24時までには眠るように、過去のましろがルールを決めたらしい。そうすることで、次の日の自分の寿命が短くならないようにしたのだ。

  ────例え、ルールを破ったとしても最長で86400秒の命。それだったら、次の日の自分のために規則正しい生活を贈ろう。

  ある日の日誌にそう書かれていたらしい。


  しばらくして、ましろのスマホが鳴った。

  ましろは、メッセージの内容を確認すると、残念そうにスマホをポケットになおした。


「もう時間みたいです」

「うん、また明日」

「はい……さようなら」


  ────さようなら。

  ましろは少し悩んでそう返事を返した。

  ────また明日。

  ましろがそう言えないのには理由がある。

  一つは明日まで記憶が残らないこと。

  もう一つは、ましろが明日の自分を別人だと思っていることだ。

  だったら、言わなくちゃいけないことがある。俺はそう思って最後にましろを呼び止めた。


「ましろちゃん。明日も告白していい?」

「え……」


  一瞬の困惑の後、俺の言ったことを理解したましろは別の理由で頭を少し悩ませた。


「一城さんって一途なんですよね?」

「うーん、まあ」

「それって浮気になりません?」

「うーん、まあ?」

「もう、……わたし相手なので、許してあげます。でも、わたし以外への告白は許しませんから」

「うん、大丈夫。ましろちゃんより好きになる人なんてましろちゃん以外にはいないから」

「きっと……きっと、わたしも一城さんのことをずっと好きです。だから、明日のわたしも一城さんのことを好きになると思います。だから……」

「わかってる。おっけー貰えるまで百回だって告白するから」

「本当に諦め悪いんですね」

「まあね」


  軽い調子でそう答えたときだった。

  二、三歩の距離を詰めたましろが俺のほっぺにキスをしてきた。

  触れたか触れてないか、一瞬でましろは離れていったが確かにキスをしてきた。不思議な感触が今も頬には残っていた。


「実は、わたしも諦め悪いんです……だから……」


  顔を真っ赤に染めたましろの言葉はそれ以上続かなかった。

  本当は何かを伝えたかったのかもしれない。

  今日のことを忘れないでとか。

  今日のことを忘れませんとか。

  今日のことを忘れたくないとか。

  でも、ましろは続きを言わなかった。

  そして、最後に一言だけ、


「……また明日」


  そう言って、教室を出ていった。

 

「また明日」


  消えたましろの背中に向かって、俺はただ一人そう呟いた。



 

 

 

 

 

 

 

 

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