第二話
彼女、ユーリ・ギルヴィア・リネーゼルは僕や圭吾と同じ高校二年生の十六歳で、ロシアの音楽高校に通っている。
しかし、ただの高校生ではない。
彼女は今、世界で最も注目されている歌手なのだ。
数年前、動画サイトに投稿されたユーリが歌っている動画、そう、僕が音楽と再び向き合うきっかけになった動画だ。
それが、とある会社の目にとまり、スカウトされ、僅か一年足らずでメジャーデビューをした。
デビュー当時、中学生の少女、ということばかり注目されていた。
しかし彼女の歌声を聴いた人々はたちまち、中学生の少女 から 歌手ユーリ として注目するようになった。
それからは右肩上がりに人気を伸ばし、今やロシアを代表する歌手にまで上り詰めたのだ。
「それではユーリさん。挨拶を」
校長の声で僕の意識は引き戻される。
「ダー」
ユーリが答える。
今のはロシア語で「はい」という意味だ。
全校生徒が固唾を飲んで見守るなか、ユーリがマイクの前に立ち、口を開く。
「みなさン、はじマシテ。ユーリ・ギルヴィア・リネーゼルです。ヨロスクお願いします」
「「「おぉ……………………」」」
周りの生徒や教師陣からも感嘆の声が上がる。
正直、僕も驚いた。
ユーリの動画は全部チェックしている僕だが、記者会見などで日本語を話したことは無かった。
日本語での質問に対しても通訳を通していたはずだ。
それが今、ユーリは、完璧とまではいかないが、十分聞き取れる日本語を話したのだ。
「ありがとう、ユーリさん」
「ダー」
校長がユーリを下がらせて、再び前に出る。
「皆さんも知ってると思いますが、ユーリさんは歌手です。もちろん声楽コースへの留学ですが、あまり騒ぎ立てないようにお願いします。それでは以上で紹介を終わります。」
話を締めて、校長とユーリが退場していく。
無理だろ、と思う。
周りの生徒を見てもソワソワしている奴らばっかり。
もちろん僕もその一人だ。
「始業式終わったらどうする? 帰るか?」
圭吾が聞いてくる。
「何言ってんの? 会いに行くに決まってるじゃん」
式が始まる前の態度とは一変した僕に、圭吾が笑う。
「ははははっ! だろうな。 でもみんな考えてる事同じだと思うぜどうするんだ?」
「分かってるよそんな事! 強行突破だ!」
「そんな貧弱な体でか?」
「うるせぇ!」
「うるさいのはお前達だ! 外で立ってろ!」
司会の先生に注意された僕たちは、始業式の残りの時間を体育館の外で過ごした。
--放課後
「以後、このような事が無いように。 いいな?」
「「はーい」」
式の後、説教されていた僕と圭吾は一時間にも及ぶ長い話から解放され、職員室を出た。
「どうするよ、これから。 お前の愛しのユーリちゃんはもう帰っちゃったと思うぜ?」
「やめろよ、お前が言うと気持ち悪いな…… そうだな、どうするか……」
説教されている間、外が騒がしい時があったが今は静かだ。
ユーリも生徒も帰ったのだろう。
「じゃあ部室行こうぜ。 香織から連絡来たぞ。 部室にいるってさ。」
そう言って圭吾が歩き出す。
僕も着いて行きながら返事を返す。
「そうだな」
部室に着くと、一人の女子が声をかけてきた。
「お疲れ様二人とも。 お説教長かったね」
この子は黒井澤香織同じく二年生でピアノコースだ。
どうやらお金持ちらしいが、僕も圭吾もよく知らない。
「お疲れ、香織。 そーなんだよ、同じことばっかり言われて飽きたぜ。 なあ佑樹」
「そうだな、おかげで予定が狂ったよ。 そういえば香織、あいつは?」
「今日は来ないってー」
「そうか、わかった。」
答えつつ荷物を置き、椅子に座る。
めんどくさがりの僕だが、一応部活に入っている。軽音部だ。
一年生の時に、ここにいる三人と今日はいないもう一人の部員と部を立ち上げた。
いろいろめんどう事があったのだが、それはまたいずれ……。
「そういえば、曲出来たぞ」
僕は昨日完成した曲の楽譜を出しながら言う。
「ほんとか! 聴かせろ聴かせろ!」
「私も聴きたーい」
「おっけー」
僕は楽譜を持って席を立ち、部室に設置されているグランドピアノのへと向かう。
「ちなみに歌詞も考えてみたから、曲に合わせてうた……」
「いらないらない! 曲だけでお願い佑樹くん!」
「お前のあのメルヘンチックな歌詞はどうにかならんのか……」
二人が僕の言葉を遮りつつ、言ってくる。
「そうかよ……」
僕はピアノ椅子に座りながら、返事をする。
「じゃあ弾くよ」
鍵盤に指を置き、曲を弾き始める。
静かな校舎に美しいピアノの音が、響き渡る。
「相変わらず曲だけは良いよな、お前」
「そうだね……」
(失礼な奴らめ……)
心の中でそう思いつつも、今回の曲は結構自信作だった。実は歌詞も。
今度、歌詞を付けて歌ってやろう、そんな事を考えながらも曲はどんどん進む。
静かだ。
もうピアノの音だけしか、聴こえない。
ドタドタッ
(何だ? うるさいな)
ドタドタドタドタッ
(廊下を誰かが走ってるのか?)
どんどんその音は近づいてきて、部室の前を通り過ぎ……なかった。
ドアがノックされる。
「あ、私が出るよ」
「いや、僕が出るよ。 ちょっと文句言ってくる」
曲を中断し、立ち上がりかけた香織を止めて、僕はドアへ向かった。
「はーい、誰ですか。 廊下は走っちゃいけませんよー」
そう言いながら僕は、ドアへと手をかけて、開く。
「まったく。 廊下を走るなんて小学生で………………」
ドアを開けた先にいたのは
「ダー。 ごめ……ナサイ?」
透き通った声、輝く金色の髪、吸い込まれそうなほど青い目。
「とてもきれいな曲が、きこえた……ノデ」
僕と音楽を再会させてくれた
彼女だった。