第三十九話 帰還
ヒドロ事件から一日、ナトリアたちの耳にも例の情報が届いていた。
「なんですって!?」
「ドルド、だけでなく、ジンク帝国、まで」
ルカリアにドルド軍とジンク軍が進軍してきたという情報だ。
「このままルカリアが負ければ内にも攻め込んでくるかもね」
セノが診療所のベッドで言う。
「どうする? カズヤもまだ見つかってないけど……」
リリたちがキスガスに来た目的は和也の捜索だった。巻き込まれたヒドロ事件を解決した後、情報集めを再開する予定だったが、その前にルカリアの危機が迫っている。
「正直、カズヤを探したい。けど、帰る場所が、無くなるのは、困る」
「そうよね。それじゃ早く戻らないと!」
「リリは、ここにいて」
「っえ!? なんで?」
「自分の、状況、分かってる?」
リリはセノの隣のベッドの上にいる。
ナトリアの攻撃が思いのほか深く決まっていたため、リリは気絶じゃすまなかったようだ。
「まあ……私が今戻っても邪魔にしかならないか……じゃあ、任せてもいい? ナトリア」
「わかった」
ナトリアは馬を用意してもらい、すぐにルカリアに向かった。
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――ルカリア領土
「おうおう、さすがの“黒き流星”でも、剣じゃそんなもんか」
マグスは黄金にかがやく長槍を肩に乗せ、得意げな顔でカリファーを挑発する。
オストワルは体力の限界で、立てないでいた。
その挑発に乗るように、カリファーは立ち上がり、手に握っている剣を放す。
「フッ……なら見せてやろう。俺に弓を使わせたことを、せいぜい後悔するといい」
カリファーは左手を前に出し、何かを逃げるように指をたたむ。すると、そこにはカリファーと同じくらいの大きさを誇る、漆黒の弓が現れた。そして、いつどこから出したのか分からない右手に持っている矢を弓にセットし、矢を引く。
弓にしては金属にこすりつけたような鈍い音が弦を引くときに響く。
マグスはその弓にそれなりの圧迫感を感じ、余裕の表情から真剣な表情に変わり、槍を構える。
カリファーの矢に力が集まってることが、マグス以外のその場にいた全員が感じとれた。
「マグス、この矢が必中ということは知っているか?」
「あぁ!? そんなもんお前の腕次第だろが。残念だが俺にそいつは当たらねぇ」
「フン! 言ってろ」
カリファーは矢を放つ。その矢は一直線にマグスに向かい、マグスは軽い身のこなしでそれをかわす。
「はっ! 何が必中の矢だよ! こんなもんいくら撃たれようと――っ!?」
その時、マグスの腹部から血が飛び散る。何かに貫かれたような傷がマグスに出来ていた。
「これは……どういうこった!?」
マグスは腹部を押さえながら、槍に体重を任せて立ち上がる。
「この矢はこの場にあってこの場にない」
「はぁ!? どういう意味だ?」
「この弓は過去の世界に影響を与えるということだ」
カリファーの弓は時空を超える弓だ。カリファーが矢を放てばそれは過去の世界に届く。
あの時、カリファーから放たれた矢を現在のマグスはかわしたが、過去のマグスは余裕な表情で立っていた。一直線に飛んできた矢を過去のマグスが受け、それが現在に影響したのだ。
「なるほど、そりゃ脅威だな。だが、特別な武器を持ってるのはお前だけじゃないぜ」
マグスは槍を構え、力を籠める。
「さぁて、今のお前にかわせるか?」
マグスは槍を投擲する。カリファーは残っている体力を振り絞り、紙一重でよける。
その矢はそのまま飛んでいき――
「っえ!? ちょ、ちょっとぉおおお!」
その後ろにいたフランに飛んでいく、フランも危機一髪でそれを回避した。フランの横に時空の割れ目が広がる。そして――
「どわぁああ!」
「はぁあ!?」
その場に倒れているフランに乗りかかるように誰かが出てきた。
「イテテテ……一体何なんです?」
「……何とか上手くいったな」
「……これはどういうことなんですか?」
フランの上には、汚れた服に剣を携えた青年と杖を持った少女が乗っていた。
「なっ!? カズヤさん!?」
「おうフラン、久しぶり」
「久しぶりじゃないですよ! どこに行ってたんですか!」
「ちょっと、神に会いにな」
和也とルビーはフランの上から退いてあたりを見渡す。
「やっぱりルカリアにも進軍してたか」
「カズヤさんカズヤさん」
ルビーが和也の服を引っ張り意識をもってこさせる。
「どういうことか説明してもらいませんか?」
「そうですよ! 説明してください!」
「あああ! 一度に言うな! 今から話すけど、時間がなさそうなんで簡単にな」
和也たちはガウルの槍によって作られた空間の割れ目に入ったのだ。空間と空間をつなぐ力なら飛ばされたなら槍の元になら帰ってくることも可能。
この戦場でマグスは何度もガウルの槍を使っていた。そして、つながれた空間の一つが、追い詰められていた和也のところにつながったのだ。それはまさに幸運でしかなかった。
「ガウルの槍が空間を繋ぐ先はベルウスの森だったんだ。生まれた場所やほかの奴が飛んできた場所から何となく予想がついてたしな」
「他にも飛ばされた人がいたんですか?」
「いや、俺は知らないけどルビーが――あっやべ」
和也はとっさに口を閉じるが、察しのいいルビーはすぐに気づいたようだ。
「日記を読んだんですね。わからないようにしてたはずですが」
ルビーが怒った顔で和也を問い詰める。
「いや~俺の力って案外便利だよな」
「不覚です。あなたの力を侮ってました。もっとよく調べていれば……」
「まぁいいじゃん。それよりも……」
和也は戦場を見渡し、状況を把握する。
「大体予想はついてたけど、これはマズいな」
和也はベルウスの森に攻めてきたのを確認したとき、ルカリアにも攻めているだろうと予想していた。ルカリアに背を向けてまでベルウスの森を攻める理由が分からないのと、その場にマグスがいなかったからだ。
「そうなんですよ! 敵もどんどん増えてますし」
「ルビー、古代の魔法なら敵兵をどんだけ減らせる?」
「詠唱さえできれば半分以上は減らせます」
「あのカズヤさん、この子は?」
「あ? あぁ、こいつはルビー。天才魔導士だ」
簡単に紹介すると和也はルビーに頼む。あまり、別のことに時間は割けられないようだ。
「んじゃ、ルビー頼むわ。お前は完全に無警戒だから、一発で行ける魔法で」
「わかりました」
ルビーは目を閉じ詠唱を始める。
「すべての大気を操りしものよ……
流れに任せ流れに逆らい……
すべてを弾く盾に変わり……
すべてを切り裂く刃となりて……
我が敵を撃ちたまえ!
神の息吹 !」
詠唱を終えると辺りの空気の流れが変わった。
戦っていた兵士たちも周りの状況に気付いたのか、戦いを止め立ち尽くしている。
「おい、敵味方の区別はついてるな?」
「当たり前です」
天空に若緑色の魔法陣が輝き、途端に敵兵士が吹き飛ばされていく。
ルカリア兵は強風にさらされるが耐えられないほどではない。しかし、ドルド軍、ジンク軍だけは次々に地面から足が離れ一瞬にして視界から消え、遥か遠くに飛ばされていった。
「お前……あんなのを俺に使う気だったのか」
和也は目の前で人が紙のように飛んでいく光景を見て、自分だったらとゾッとする。
「っ!? なんだ?」
その魔法はカリファーたちにも届いていた。マグスは槍を地面に突き刺し何とか耐えている。
「あの人だけはどうやっても飛ばせませんね」
「やっぱあいつは無理か」
魔法も効果が切れ、半分以上の敵がこの場から消えたが、マグスは負傷している身で耐えていた。
「へぇ~あんなのがルカリアにいたのか」
「……」
マグスは勘違いしているが、カリファーもルビーの存在は知らない。少し警戒心を抱いている。
「ん? あいつ……」
マグスがルビーの隣にいる和也に気が付いた。そして、見直したかのように笑う。
「結構しぶてぇ奴みたいだな」
「あいつはただではやられん奴だ。しっかりと覚えておくんだな」
「ほぉ~お前が人を褒めるとは意外だな」
「ほ、褒めてなどいない!」
和也の帰還に少なからず安堵したカリファーは思わず似合わないことを言ってしまい動揺する。
「おいおい、あんだけ減らしたのにゴキブリみたいにわいて出るな」
ルビーによって半数以上減らされた敵軍にどんどんと援軍が送られてくる。
マグスがこちらに気付いた以上、もう詠唱のチャンスはないだろう。
「勝てる気はしなかったけど、撤退ぐらいには持っていけると思ったんだけど……」
和也にはこの場を勝利に持っていけるほどの作戦はなかった。せめて、全滅を撤退にすることぐらいだ。
「構えぇええ!」
援軍としてきたドルド軍は一斉に弓を引く。
無数の矢の雨がルカリア軍を襲った。
「ああああ!」
「た、助けてくっ――」
「い……た……い……」
どんどんと倒れていく仲間たち。そこには左足と右手に矢を受けている二クスが倒れていた。
「あいつ!? 大丈夫なのか?」
和也は二クスの元に向かう。ルビーに魔法をかけてもらい、一キロほど先の二クスの元に数分で辿り着いた。
「おい! 大丈夫か!?」
「お、おう、お互い生きてて何よりだ」
ルビーは二クスの傷を治す。あたりは瀕死の者から、完全に息をしてない者、それに寄り添う者と、明らかに負けが目に見えていた。
カリファーは状況を見定め、撤退命令を下した。
だが、マグスを含めドルド軍は簡単には見逃してくれない。ジンク軍が守りを固め、ドルド軍は遠方で弓を放つ。
撤退の一手しかないルカリア軍は敵の追撃に一人一人減っていく。
「っくそ! こっちに来てもこの有様か!」
和也とフランは二クスの腕を肩にかけて運ぶ。ルビーの補助のおかげで、速やかに移動できている。
「ルビー! なんかいい魔法はないのか?」
打つ手がない和也はもう未知数のルビーの魔法に賭けるしかなかった。
「あるといえばあります。ですが……」
ルビーは説明した。ルビーにはこの戦場に大きな壁を作れるそうだ。
しかし、この撤退を成功させるほどの壁となると時間がかかるようだ。
その間ルビーは動けない。
「……それしかないか」
和也は二クスをフランに任せて、ルビーの前に立つ。
「んじゃ、俺が守れるうちに頼むわ」
「わかりました。全力で守ってくださいね」
フランはこの二人に妙な信頼関係が感じ取れた。
そして、二クスを抱えたまま撤退した。
「あとは頼むぜー宝剣さんよー」
和也は剣を抜き、ルビーに飛んでくる矢をことごとく弾いた。
ルビーが魔法を発動させる時間――推定五分間、ルビーを矢の雨から守り抜かなければならない。
「おらぁあ!」
和也は剣に身を任せて、矢を弾く。和也は矢が足をかすろうが、腕にかすろうが、決して剣を止めない。
しかし、それも限界に近づいていた。
和也は肩を矢で貫かれバランスを崩す。
「やべっ!――」
この間にも矢は降り注ぐ。和也とルビーは完全に無防備だ。
「「――!?」」
完全に守る手段がなかった和也とルビーは本来貫かれるはずだった矢が飛んでこないことに驚いた。
それは、一人の男によって防がれたのだ。
「なっ!? おい……」
和也がは動揺しているが、ルビーはこの機を逃さなかった、ルビーは魔法を発動し、ルカリア軍とドルド、ジンク軍の間に超えることができない巨大な土の壁が現れた――




