16 逆襲
2017.2.5 ルビ修正
ふう、俺は身体を捻じって横に移動すると、腹筋を使って飛び上がって起きた。
俺の元居た場所には、南条結城の足刀がコンクリート剝き出しの床に突き刺さっていた。くう、なんて威力だよ。
「か、完成していたのか?」
「残念、完成しているわけじゃないわ。身体能力の向上、環境適応性の向上など著しい効果があるけどこの効果は不可逆せいなの。つまり、始めてしまうと人間には戻れないのよ。責任とって、死んでね、あ、な、た、」
甘い声で囁かれても、全然うれしくない。
「そいつの効果は、察すると、寄生した人間のコントロールと、摂取した場合の能力の向上というところか?兵器として考えた場合は、完成しているんじゃないのか?」
「だれが、こんなものと一緒に戦うのよ?少なくても人間に戻せる可能性を散らつかせなきゃ。これの欠点は強制できないことよ。だから自分の意思で融合しない限り、人間と虫との間で拒絶反応が起こり死んでしまうのよ」だから、ウジ虫と南条課長の融合の切っ掛けとなった俺は、目の前の生物の父親とも言うべき存在だと南条課長は笑う。
「だから、パパ、私のために死んでね」
鋭いキックが俺の髪の毛を数本散らす。俺は防戦一方となっていた。思い出せ!北条由紀の膨大な研究データの中身を、奴の弱点を!
「ふふ、逃げてばかりで詰まらないわね。あなたに痛めつけられた傷も治ったし。パスワードを言えば楽に殺してあげるわ、言わないなら地獄の責め苦よ。あなたの責めなど小春日和な位の酷い責め方になるから覚悟して答えなさい!」
「解除パスワードを言うのよ!」
「ふふ、ハエ女に言い寄られてもうれしくなんか無いからね!」
俺は、とりあえず負け惜しみを言った。ホントは、ぐっと来るものがある特に胸の揺れとか。
「ハエ女、言うな。マゴットちゃんとお呼び!」はいはい、マゴット、英語でウジ虫ね。
「じゃあ、マゴットでもフライでも良いけど。もう、止めないか。飽きてきたし」
「同じじゃない、ハエは害虫だけど、ウジ虫は死骸の掃除とかして世の中の役に立っているの!」
なんだ、ウジ推しかよ。さてと、大分時間が稼げたが『ネコ、ウジ虫の弱点わかったか?』
『マスタ、フェンチオンかジクロロベンゼンが有効です。どちらも殺虫剤で実証されています。構造が簡単なジクロロベンゼンをお勧めします。今、クラウドサーバに製法をアップしましたのでご自分で作って下さいね』
結局、殺虫剤のお世話になるとは、泣けるぜ。
「待たせたな、マゴットちゃん。これでも食らえ!」
俺は、ネコ特性レシピで合成したジクロロベンゼン溶液をマゴットちゃんにぶっ掛けた。
「な、なんで殺虫剤なんか、持っているのよ。う、く、苦しい。呼吸を止めて、代謝速度全開!う、間に合わない!」
喉を搔きむしって、のたうち回る南条結城改め、マゴットちゃん。目は充血し、皮膚は爛れて白い煙が立ち昇る。
「おい、お前の所の社長の居場所と名前を言え!そしたら中和剤ぐらい掛けてやるぞ」
「う、社長は確か、ドバイの視察中よ。名前は、あれ、なんだったかしら?何故か、社長の印象がぼやけてくる、あんなにお綺麗なかたなのに、わかっているけど名前を口にできない。うわぁー」
くそっ、折角苦労して中ボスを倒したというのに、ボスの手掛かりすら掴めないとは?俺は、武士の情けで、マゴットちゃんの息の根を止めてやった。あのまま、放置しとけば数時間は苦しみ続けるだろうが、そんなことをしても、玲子ちゃんは帰って来ないし。俺は、やるせない気持ちで倉庫をあとにした。
「ネコ、帰ったぞ。セキュリティ・レベル3に移行、レポート」
俺は、家に研究室に帰ってきた。
「マスタ、システム、オールグリーン。留守中、南条課長宛に一件だけメールが届きましたが、身元と発信場所を特定できませんでした。各国の追跡システムに残る痕跡を辿っても海外、ドバイを含む中近東のアラブ諸国としか言えません、見事な手腕です。』
うん?なんでこんな所に、あ、蟻がいるんだ。それも大群で。
「ネコ、環境設定ミスったな!蟻が大量発生してるじゃないか!」
「マスタ、そんなはずは。私の環境設定では、蟻はおろかハエの一匹もびこる隙などありません。マスタこそ、泥だらけな格好して、蟻を連れて来たんじゃないですか?」
なんだ、嫌な予感しかしない。ふと見るとテーブルに異国情緒なパッケージの箱がある。おい、なんでチョコアの箱があるんだよ。
「マスタ、ドバイのチョコレートがいつの間にか室内にあります。私の24時間のログデータを検索してもその存在が確認できません。非常に極めて危険です。退避を勧告します、マスタ!お元気で」
シュッ、ドガーン、俺は自動的に伸縮してきた椅子のアームで固定されると、急激なGに晒された。緊急脱出装置をネコが作動させたのだ。家が吹っ飛ぶのと射出座席が家から飛び出るのはほとんど同時だが、わずかにネコの方が早かった。
「おい、ネコ!Zライダー!」
俺は、落下する射出座席で、いい仕事したよとネコに呼びかけて下を見た。そこには、着地すべく地面は無く、ただ暗黒の球体があるだけだった。
これで、この物語は終わりです。最後までお付き合い下さってありがとうございます。
引き続き、「異界転生者の憂鬱」の方は連載を続けて行きますので良かったら読んでみてください。