12 夢
残酷な描写があります、苦手な方はご注意ください。
2017.2.2 誤字修正
さあて、今日は目覚めが良かったし、天気もええなあ。こりゃモーニングが楽しみやな。
俺は、朝快調に目覚めると事務所に出向いた。なんか、感じがいつもと違う。
「おお、いらっしゃい」野太い声が俺のテンションを一気に下げる。
「あれ、なんでマスターが接客まで。奥でコーヒーだけ入れてた方が客が寄って来るやろ?うちの秘書は寝坊か?かなんなあ。こんないい天気の日になあ」
「いや、連絡もなく突然休まれると困るんだよなあ、ジョージ、なんか聞いてないか?無断欠勤なんてするような娘じゃないんだが」
「いいやマスター、昨日来たときはそんな素振りは無かったが、俺がここにいるということは、デートでもないしなあ」
「まあ、しっかり者のあの娘のことだから心配はしてないが。それより、コーヒーだけでいいのか?」
「うーん、マスターにスイーツを期待するのは、甘すぎるからなあ。カレーを大盛りで、頼まあ」
「ふっ、俺のスイーツに全米が泣いたのを知らないのか。まあ、お子様にはカレーでも上等だが、ちょっと待ってろよ!」
コーヒーカップを置くと、マスターは厨房へ戻っていった。
俺が今日のニュースにざっと目を通した頃マスターが、カレーを運んできた。美味そうな香りが漂う。
「お、美味そうだな。マスターのカレーは、ルーとライスが予め混ぜられて供せられ、中央の窪みに生卵が乗せられている。大盛りだから卵2個か、いいね。」
「なんだ、その誰かに説明するかのようなセリフは?冷めないうちに食えよ!」
ふは、ふは。うーん、美味くて一気に食い切った。スイーツも良いけど、カレーも美味いなあ。
「マスター、美味かったよ」
水をグラスに注いでくれた、マスターに告げた。
そのとき、衝撃が店を襲い、マスターと俺は壁まで吹っ飛ばされた。耳ががんがんする、音が聞こえない。口の中を切ったのか、痛みと鉄の味を感じる。
「マスター、大丈夫か?」
「おお、な、なんとかな」
俺は、すーと血の気が引く感覚を味わった。
重役出勤した、玲子ちゃんが俺の方に無表情で向かって来る。どこか、夢遊病者のようで目の焦点も定まっていない。
「おい、玲子君、遅かったじゃないか。それより警察に連絡してくれ!」
マスターは、ヤバさが感じられないのか。それとも、さっきの衝撃で現実感が無いのか、両方かも知れないが、妙に落ち着いている。
俺は、不吉な予感しかせず、逃げ出したいのに身体が動かず、とんでもないことが起こるのを何とか止めたかった。自分の声とはとても思えない、しわがれた声が聞こえた。
「玲子ちゃん、しっかりしろ!目を覚ますんだ!」
俺の予感が正しかったことを二度目の衝撃と共に噛みしめた、外れてくれてよかったのに。
玲子ちゃんのお腹が、大音響と共に破裂した。音速を超えて、小腸や心臓、胃と共に誰かに飲まされた幾つものパチンコ玉が四方へ飛び散っていく。俺の視界の端で、パチンコ玉がマスタの顔をずたずたに刻ざんでいくのが何故か、俺の眼で追えてしまう。見たくないもの程よく見てしまうな。
「玲子ちゃん、誰にやられたんだあ!」
俺の叫びは、むなしく店に響いた。マスタも小刻みに痙攣しているが、既に脳死状態で身体が条件反射で動いているだけだろう。幸せなことだろう、この地獄に取り残されなかったんだから。
玲子ちゃんは、痛みは感じていないようだが、手足の皮を食い破って、小指大のウジ虫が何匹も蠢いている。不思議なことに玲子ちゃんを抱きしめている俺には、ウジ虫は触れてこない。躾がいいのか?
「X、YZ製薬から、て、手を引け!引かねば、お、お前もこうなるぞ!」
精一杯の声で、玲子ちゃんが警告してくれた。どんな、催眠暗示を掛けたのか。あと、謎のウジ虫は何の意味があるんだ。
俺は、もう何も考えられなかった、下手人への報復以外は。
「XYZ製薬、ぶっ潰してやる!」
今頃になって、パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いていた。
俺は、何度もこの日のことを夢だったら良かったのにと、思うのだろう。