日常茶飯事
7章
朝夏は北の森を探そうなどとは考えていなかった。羽吹は繊細できれい好きな性格をしている。わざわざ服を汚しに、蚊の多い蒸し暑い森に入るとは到底思えない。それに彼女は今回のかくれんぼにいまいち情熱を持っていないように見えた。
(とすると、そんなに凝った場所には隠れていないってことかな)
朝夏は木鈴、輝月、夜蓮の三人を砂場に残して一人で公園のまだ調べていない場所を見て回った。
南側の樹木の陰、トイレの裏、公園の外回り…いない。羽吹は見つからない。時計を見る。あと三分。
「朝夏、見つかった?」
焦っているのが目についたのか、ついに夜蓮が声をかけてきた。
「えっ…いやまだ」
「隅々まで探したの?」
「うん。これで一通り探したことになるんだけど…」
「一通り?」
夜蓮の目が光った。
「その一通りっていうのは、『今』見て回ってたことを指すの?」
「ううん。始まった時から。今見て回ってたのはまだ調べていない場所だよ」
「フフン」
夜蓮はわかったというように笑った。
「なんかいい知恵あるの? 貸してよ」
「だんだん大胆になってきたわね。いいわ、もう一度『一通り』探してみて」
「え?」
「朝夏は、一度調べた場所をもう一度調べるっていう作業をしてないんでしょ。もう一度隅々まで調べてみるべきだわ」
朝夏は納得した。同時に、自分の詰めの甘さと夜蓮の抜かりのなさを悟った。
果たして、羽吹はすぐに見つかった。高茶と同じように、トイレに隠れていたのである。
「最初にトイレを見た時は、高茶しかいなかったよ。羽吹はいつ隠れたの?」
朝夏の質問に対し、羽吹は自慢のくせ毛をいじりながら平然と答えた。
「最初は南側の木の陰に隠れてたの。で、朝夏がトイレを出て北の森に入るのを見届けてから、トイレに隠れたってわけ」
「すごい作略だね」
「それほどでもないわ。隠れ場所を探すのが面倒だっただけよ。なんなら、木に隠れた時点で見つかったって良かったのに…」
「その言い方は、今回のかくれんぼが退屈で仕方なかったってことを指してんのか?」
かくれんぼ大会主催者の輝月が口を挟んだ。目がつり上がっている。夜蓮に言いくるめられた時のおとなしさは微塵も残っていない。一方、それに対する羽吹の答えも実に遠慮のないものだった。
「ええ、そうよ。本当は家で勉強したかったんだもの」
「勉強なんて、いつでもできら!! 友情と勉強のどっちが大事なんだよ!」
「ちゃんと参加したじゃない。まだ文句あるの?」
「この…」
輝月が独自の凶暴性を発揮しようとするのを見た木鈴が慌てて二人のあいだにはいる。
「二人ともやめろ! 羽吹の言い方はひどいけど、輝月もそれを理由に暴力を振るっちゃダメ!」
「ありのままに言っただけよ」
「どけ木鈴! こいつにゃ我慢できん!」
摑み合いになろうとするのを必死に防ぎながら、木鈴は朝夏にすがるような目を向けてきた。
「朝夏、高茶を起こしてきて! 今日はこれでお開きにするから! 夜蓮はこっちを手伝って!」
「はい!」
朝夏はくるりと背を向け、急いで高茶を起こしに走った。間近で見ると、眠っている高茶の顔はあどけない。あれだけ大騒ぎが起こったというのに、彼女はぐっすりと眠っていられたらしい。
(やれやれ、こりゃ起こすのに少し時間がかかるな)
前には爆睡少女、後ろでは激しい喧嘩。厄介だが、この六人の間ではそのくらい日常茶飯事なのですぐに丸く解決するだろう。
高茶を揺さぶる朝夏の心には、全員見つけられたという満足感しかなかったのだ。