第29話 将器と覚悟
いきなり目の前で跪いた親友に向かって光太郎は怒りの声をあげた。
「なんの冗談だ、渡!」
城島渡は面を伏せたままこたえる。
「舞鶴の名を受け継ぎ、そのスーツをまとった瞬間から、あなた様は我々クサナギの主です。いままでのご無礼、お許しくださいませ」
「やめろ! おれとおまえは親友じゃないか、主従関係なんて必要ない!」
「…………」
「おまえまで、このぼくを孤独にするのかッ!」
それは光太郎の魂の奥から発せられた悲痛な叫びであった。
母を失い、恋人は去り、そしていままた親友までもがその関係を断とうとしている。光太郎はその孤独に耐えられなかった。
「……では、しばしのご無礼をお許しください」
そういうと城島渡はうっそりと立ちあがった。
光太郎の瞳を刃のような眼差しで直視する。
「渡……」
その迫力に光太郎は呑まれ、思わず後ずさった。
「甘いことをいうな、光太郎!」
空気を震わせるような大音声で城島渡は一喝した。
「おれたちが戦う敵はあまりにも強大だ。ヤツらは政権の中枢に食い込み、マスコミを操作し、世論をも動かすことができる。
そんな敵を相手におれ、おまえの親友ごっこで戦えると思っているのか!
おまえに求められるのは主としての器だ。将器だ。いざとなったらおれたちクサナギを死地に向かわせる決断力だ!」
「おまえたちを死地に……!」
「そうだ。おれたちの敵は龍国労産党とヤツらに味方する国内の売国勢力だ。
甘っちょろい感傷は捨てろ! 覚悟を決めてくれ、舞鶴光太郎!」
かつての親友は光太郎を舞鶴の名で呼んだ。
それは兵を率い、自らも率先して斬り込んでゆく将家の名前であった。
その宿命を舞鶴家は背負わされているのである。
「ひとつ、聞かせてくれ」
静かな口調で光太郎は渡にいった。
「舞鶴市長……いや、父にもたらした『恐るべき情報』というのは、この発射実験のことだったのか?」
「それは……」
渡が珍しく口ごもった。どこまで喋っていいのか、それは自分の判断では一概にこたえられぬ質問といえた。
『いいんだ、話したまえ』
そのとき突然、抱えた仮面のなかから舞鶴市長の温和な声が響いてきた。
どうやら、内蔵マイクを通していままでの会話を聞いていたようだ。
「では、お話しします。――光太郎、よく聞いてくれ。龍国労産党率いる人民弾圧軍は日本占領計画を発動した」
「日本占領計画?!」
「イペリット化学弾の発射実験はその一環に過ぎない。おれはこれから龍国に飛んで、ヤツらの具体的な計画の中身を探るつもりだ」
「渡……」
「だから、親友の関係はこれまでだ。ヤツらの計画を阻止し、この日本に真の平和が訪れるまでは、おれはおまえの手足となる」
そういうと、城島渡は再び光太郎の前に跪き頭を垂れた。
「ご承知いただけましたか、光太郎様」
光太郎は渡に歩み寄ると、その肩に手を触れた。
「……渡、必ず生きて帰ってきてくれ」
「御意」
城島渡はサッと身を翻すと姿を消した。
光太郎は再び深紅の仮面を被る。
彼のもとにワゴン車が数台到着して、なかから灰色の制服をまとった男たちが降りてきた。
ジャステッカーとなった光太郎に目礼して、地面に転がる人権警備隊のものたちを収容する。
誰何するまでもない、彼らはクサナギの者たちだ。
ジャステッカーはワゴン車の一台に乗り込み、発進させた。
――龍国の日本占領計画。渡の口からその言葉を聞いたとき、ジャステッカー光太郎の脳裏にひらめくものがあった。
龍国総領事館の敷地でみた、巨大な八路タワーだ。
あの謎の尖塔がなんらかの鍵を握っているのではないか?
宇留川が危ない。ヤツらはこの街を軍事拠点にして日本占領を企んでいる!
戦わなくては……!
決意の瞳を仮面の奥に押し隠して、光太郎はきつく拳を握り締めるのであった。
つづく
いやあ、都知事候補者の政見放送は面白いなあ。みんなでみよう!(^^)!




