第5話 禁断の言葉
うららかな春の陽差しを浴びて、午後の宇留川中央公園はのどかな風景のなかにあった。
ベンチでうたた寝する老人やサボリの営業マン、噴水の周りを元気にはしゃぎ回る子供たちの姿など、いつもとどこも変わりはない。
ただ一点、イチョウ並木の角に据えられた、ブサイクな顔の巨大少女像を除いては――
だが、にわかに出現したその少女像に注意を払うものはいない。
公園には付き物のつまらないオブジェであるかのように、市民たちはそれを平然と無視していた。
アカヒ記者の上村と本多は金山博士とともに公園全体を見渡せる高台に移動し、少女像の位置を確認した。
「テスト開始だ、はじめろ」
本多がリモコンを持った金山に命じた。
金山がリモコンの操作ボタンをを押す。
すると――
「おおっ!」
上村と本多がそろって声をあげた。
少女像に設置されたCCDカメラの映像が二人のスマホに映し出された。
いま二人は少女像の“眼”を通して噴水広場の様子を見ているのだ。
周囲の雑音や子供たち特有のあのかん高い声も飛び込んできた。
音声、映像ともに鮮明だ。上村と本多の二人は満足げに笑みを交わし、金山を称えた。
「よくやった博士、あんたは天才だ」
「美的感覚はイマイチだけどな」
と、これは上村だ。オッサンみたいな少女の顔がどうしても彼は気にいらない。
『あれ、この像、いま動かなかった?!』
子供たちの顔がフレームインしてきてこちらに向かって叫んでいる。
「おい博士、動かすのは夜になってからだ。いまはやめろ」
本多の命令に金山が舌打ちしてリモコンから手を放す。
少女像を動くロボット仕様にしたのは、都市伝説をつくるためだ。
この像にはモデルとなった『平和祈念少女』の魂が宿っているとの噂を広めて話題を集め、アカヒ新聞の主張に沿った反戦平和キャンペーンを張る目論みなのだ。
『おい竹島、こっちこいよ』
『離せよ、竹島はおれと遊ぶんだから』
『竹島はおれと遊ぶの。竹島はおれのもんなの』
上村と本多のスマホには竹島という少年を巡って争いあう二人の小学生の姿が映しだされている。
「人気者だな、この竹島という小僧」
上村が唇の端を吊り上げてフッと笑うと、今度はフジサン新聞の一面が画面に映った。どうやら風に飛ばされて少女像の手に巻きついたようだ。
“松江市で『竹島の日記念式典』”
すると、持っていたスマホの画面が激しく乱れた。
「ど、どうしたんだ!」
本多が金山にきく。
「まずい、勝手に起動した」
金山がリモコンのリセットボタンを連打するが、少女像はコマンドを受け付けず、手に巻き付いたフジサン新聞をびりびりに引きちぎっている。
「竹島というワードに反応して自律思考モードに移行したんだ!」
「はあ? どういうことだ、詳しく話せ!」
上村が金山に向かって怒鳴る。
「少女像のスーパーAIの思考ルーティーンにうちの爺さんの人格モデルをコピーした。うちの爺さんは抗日運動の闘士だったひとだ。竹島と聞くと抑えが効かなくなる。ああっ、だめだ、もう制御不能だ!」
金山はリモコンをその場に捨てると、噴水広場に向かって駆け出した。
少女像が暴れだし、広場の方からは悲鳴が聞こえてくる。
「くそっ、なんてこった。上村、おまえは本社に知らせろ! おれは金山とともにブサイクロボを制御する」
本多はそういうと駆け出した金山を追いかけた。
置き去りにされた格好の上村は額に手をかざし、噴水広場を見下ろした。
黒煙があがり、市民は逃げ惑い、激しいパニックになっている。
平和を祈念したはずの少女が暴虐の限りを尽くしていた。
自由言論社先生の小説が読めるのは「なろう」だけ!(そりゃそうだ)