第25話 第2市長室
ドアが開くとそこは広大なホールになっていた。
100インチを超える大型スクリーンが正面に据えられ、左右を無数のサブモニターが取り囲んでいる。
「ここが第2市長室だ」
舞鶴市長が両手を広げて誇らしげにいう。
「街頭や路地裏の防犯カメラ、役所や関連施設の監視カメラの映像がここで一元管理され、異常があればわたしの携帯へと知らせてくれる仕組みだ」
「すごい……」
光太郎は第2市長室をぐるりと見渡して感嘆の声をあげた。
市長がコンソールの一角のボタンを押すと、中央の床が開き、競り上がるようにして円筒形の大型カプセルがあらわれた。
2メートルはあるだろうか、透明なガラスの奥に黒い人形のようなものがみえる。
「これは……?」
「おまえが受け継ぐ舞鶴家のおおいなる力だ」
「おおいなる力……?」
「舞鶴家はその昔、帝に仕える陰陽師の家系であった。我々はその分家に過ぎないが、古来より伝わる力は本家よりも色濃く受け継がれている」
「なんですか、その力というのは?」
市長がただならぬ雰囲気をまといだしている。
重大な秘事を明かすかのように、市長は一段と声をひそめるといった。
「秘教科学だ」
「秘教科学?!」
先ほどからオウム返しを繰り返している。光太郎は若干の苛立ちを覚え、尖った口調で説明を求めた。
「全然、わかりません。もっとわかるように説明してください」
「説明はわたしでも難しい。だが、これだけは覚えてほしい。
我々が学校で習った物理法則は表の理論だ。
ニュートン力学、ユークリッド幾何学、相対性理論……これらは明在系科学と呼ばれる。だが、この世にはもうひとつの裏の理論がある。
量子物理学、非ユークリッド幾何学、カオス理論……これらは暗在系科学、別命秘教科学とも呼ばれている……」
「つまりは…オカルト……ですか?」
「その呼び方は好きじゃないが、そう理解してくれてもいい」
市長は憮然とした顔をつくると、カプセルのボタンを押した。
圧搾音がしてカプセルの蓋が左に開く。
「このスーツのベルトにあるカードホルダーには各種の神紋霊符が収められてある。秘教科学の粋を集めたものだ。おまえはこのスーツをまとい、ステッカーを駆使してこの街を脅かす悪とたたかうのだ」
光太郎はカプセルに近づき、黒い人形とおぼしき全身タイプのバトルスーツを触った。
表面は固いが弾力があり、クルマのタイヤを触っているかのような感触だ。
「素材はバイオラバー。至近から9ミリ弾を撃たれても死ぬことはない防弾仕様だ。紫紺のマントは強化アラミド繊維で編み込まれ、グローブの籠手にあたる部分は高分子ポリマーとハイパーフィラメントの積層構造になっている。
頭部を守る深紅のヘルメットと銀のフェイスガードは衝撃に強いカーボンナノファイバー製だ。眼に相当する緑色の部分は赤外線や探信音波などの高感度センサーが搭載され、おまえの網膜に直接データを送ってくれる」
「空を飛ぶことはできないんですか?」
まるでアメコミヒーローのようなコスチュームだ。光太郎はこんなものをわざわざ着込まなくてはならないのかと思うと早くも嫌気が差していた。
「マンガのようだと非難したいのだろうが、正体を隠し、かつ迅速に問題を解決するにはこのような姿になって戦うしかないのだ」
市長は難色を示したわが子に噛んで含めるようにいった。
「我々が相手をしなければならないのは、政権中枢にまで深く食い込んでいる恐るべき敵だ。その気になれば警察や世論を動かすこともできる。非公式、非合法な存在となってゲリラ的にたたくしかない」
「そのとおり。悠長に手順を踏んでいる暇なんかおれたちにはないのさ」
突然、横合いからから声が響いて光太郎は振り向いた。
そこにいたのは、市公認ゆるキャラのうるるんだ。かつて『この街をでろ』と光太郎に忠告し、いままた市長との連絡役をつとめたこの着ぐるみの声に光太郎はどこか懐かしい響きを覚えていた。
「……待てよ。おまえどこかで」
光太郎はハッと思いあたった。
うるるんの背後に回り込み、ずん胴の背中のチャックを一気に下ろす。
「……やっぱり」
「気がつくのが、おせーよ」
樽のような形の着ぐるみからでてきた男は苦笑いを浮かべて頭をかいていた。
つづく
今年の夏はなんか「特撮の夏」と化している気がする(^^;




