第19話 再会
「久しぶりだな、美織」
「白坂……くん」
本来なら感動の再会といった場面だが、二人を取り巻く空気は重く、その間にはみえない壁がそびえ立っている。
「これはきみがやらせたことなのか?」
光太郎は工場内の床に横たわる人々をちらりと見ていった。
「…………」
美織はこたえない。じっと光太郎の瞳を見据えるのみだ。
光太郎は傍らの美由紀に視線を移した。
「ケガ人の手当と救急車の手配を頼む」
「は…はい……」
美由紀はスマホを取り出すと、工場内に駆け込んでゆく。
「場所を替えましょう」
美織は抑揚を欠いた声でそういうと先に歩きだした。
光太郎と美織は宇留川中央公園を一望のもとに見渡せる高台にきていた。
「見晴らしのいい場所でしょ。わたしはここが一番好き」
風が吹き渡り、ショートボブにした美織の髪をやさしくなでる。
「……なんで人権警備隊の隊長なんかになったんだ」
「いきなりそれ? もっと他に聞きたいことはないの?」
光太郎の質問に少し笑みを浮かべていう。
高校時代にもどったような愛らしい表情がちらりとかいまみえて、光太郎は逆に戸惑った。
「あれから、わたしたち姉妹がどれだけの苦労をしたか……。白坂くんには想像もつかないでしょうね」
美織が丸太を切ったベンチに腰掛けて遠い目をした。
「借金が払えなくてわたしたち一家はみじめに夜逃げしたけど、逃げ切れるものじゃなかった。すぐに捕まって父は東北のダムの建設現場に、母は大阪のクリーニング工場で働くことになったの。一言でいえば一家離散。妹はまだ中学生だったから養護施設に引き取ってもらって、そしてわたしは……」
ひとつ間をおくと、明瞭な言葉遣いではっきりといった。
「若い女にしかできない仕事についた。それがなんなのか、わかるでしょ?」
光太郎はうなずいた。黙って美織の横に座る。
美織はつづけた。
「わたしは思った。おカネがないだけで、なんでこんな苦労を背負わなくちゃならないのか? こんな世の中は間違っている。だんだんそう思うようになっていった……」
美織は施設から美由紀を引き取り、手元において高校、短大に進学させると“仕事”をやめ、労産主義の団体に入会して“市民運動”の手伝いに参加するようになったという。
「わたしは労産主義の正しさに目覚めたの。資本主義は間違っている。金持ちだけが富を独占して貧乏人は永久にそのまま。
貧乏人はヤツらのご機嫌をうかがい、奴隷のような長時間労働にも文句ひとついえず働かされている。ヤツらに罵られ、踏みつけられても声ひとつあげることはできない。できないように仕組まれている。
いい? 富は、おカネは公平に分配すべきなの。どんなひとにでも等しく分け与えてこそ、ひとは人間らしい、幸せな生活を送ることができる。
その理想を実現するためならわたしはどんなことでもする。たとえいまは、目の前のひとを傷つけても!」
うっくつを吐き出すように美織は一気にいった。言葉のひとつひとつに怒りがこめられている。
「肝心なことがきみはわかっていない」
光太郎は瞳をまっすぐ前に向けたままいった。
「富を分配する人間が一番の権力を持つことになるんだ。いったん権力を独占したものはそれを手放そうとしない。労産主義は恐怖と暴力なしにはその思想を体言できない仕組みになっている」
「……わたしはあなたと議論する気はないわ」
その手の議論は何度となく繰り広げてきたのだろう。決して交わることのない平行線を辿ってきたに違いない。
「……ぼくは龍国の総領事館にいた」
ぽつりとつぶやいた光太郎の言葉に、美織はハッと振り向いた。
その反応からして美織は知らなかったようだ。
美織が人権監視委員会の幹部だと美由紀から知らされたとき、光太郎は彼女が龍国の上層部に働きかけて自分を釈放してくれたのでは……と一瞬思った。
だが、その程度の地位で龍国の“上”に働きかけることはできない。
では、一体だれが……?
「……知らなかった。どうして?」
「もちろん、人権侵害なんかしていない。東トルキスタンの現状を世間に知らしめようと、マスコミ各社をまわっただけだ」
「…………」
「人々の犠牲の上に成り立つ理想なんかぼくは認めない。隣の大陸をよくみてみろ。なにが平等だ、どこが公平だ、人民の富を搾取しているのは労産党そのものじゃないかッ!」
「……議論はしないといったはずよ」
美織は立ちあがった。立ちあがってもとの冷たい目で光太郎を見下ろす。
「もうじき、この宇留川は阿鼻叫喚の地獄と化すわ。そのまえに一刻も早くここをでてゆくことね」
「ッ!――待て、それは一体」
美織は背を向けると逃げるように駆けだした。
光太郎は追おうとしたが、いきなり横から飛び出した“物体”に行く手を阻まれ、たたらを踏んだ。
「!?―――」
そこにいたのは宇留川市公認のゆるキャラ、うるるんであった。
うるるんは光太郎に近寄ると、ドスをきかせた声でいった。
「例の番号に電話をかけろ。あの方がお待ちだ」
うるるんはそういうと、短い手足にも関わらず風のように去っていった。
「例の番号……?」
光太郎は思いだした。母の形見のお守り袋のなかにあった携帯の番号だ。
辺りをぐるりと見回すと四阿の近くに公衆電話のスタンドがある。
光太郎は歩み寄り、受話器をとった。コインを入れ、番号をプッシュする。番号は頭の片隅にたたき込んである。
呼び出し音が数回繰り返されると回線がつながる音がした。
「……もしもし」
相手がだれだかわからない怖さを感じつつ光太郎は自分から呼びかけた。
「やっと電話してくれたね。この日を待っていたよ」
どこか懐かしさを感じさせる声が受話器の向こうから響いてきた。
つづく
東京おもちゃショーにいこうと思ったのだが、混雑してそうでヤメた。夢はバ〇ダイさんが、ジャステッカーのフィギュアをつくってくれることだが……無理だろうなあ(-_-)




