第4話 青年市長の苦悩
ダンスイベントが行われた翌日の月曜日、光太郎が登庁すると、市庁舎の職員の数がやけに少ないことに彼は気づいた。
広報課を覗いてみると、20人いる職員がたったの二人だ。
光太郎は市長執務室に入ると、隣室の秘書課から北条美由紀を呼び出した。
「お呼びでしょうか?」
昨日と同じ濃紺のスーツ姿で美由紀が執務室に入ってきた。
「職員の数がやけに少ないじゃないか。みんな、どこへいったんだ?」
「オキナワです」
やや苛立ちが混じった市長の問いにも怜悧な表情を崩さず美由紀はこたえた。
「オキナワ? なんで宇留川の職員がオキナワにいくんだ、聞いてないぞ」
地方都市どうしの交流イベントでもない限りは大挙して職員が出向くことはない。
それにしてもこの数は異様だ。普段の半数以下の人数しか残っていない。
「動員をかけられたんです。痔治労と痔治連に」
市職員の労働組合には痔治労と痔治連のふたつの組織がある。
痔治労は民衆党系、痔治連は労産党系で、それぞれ『専従職員』を各職場にひとり置いている。
こいつらが政治色を鮮明に押しだし、動員をかけるのだ。
メーデーの集会や党主催の平和イベントなどはここぞとばかりに積極的に職員を駆り出し、「何割動員達成!」などといって成果を誇る。
職員が組合のイベントに参加するときは『離席承認扱い』となり、欠勤にもならず、有給も減らない。
光太郎が日曜もしっかり“公務”しているのに比べ、彼らは土日はしっかり休みをとり、明けの月曜に大挙してオキナワに出向き、「イセツ、ハンターイ」と脳天気に叫んでいるわけだ。そもそも公務員は政治活動が禁止されているにも関わらず。
「くそっ、頭が痛くなってきた」
宇留川市の職員に公僕という意識などかけらもない。あるのは親方日の丸に守られた権利意識だけだ。
今年で32歳になる『青年市長』の光太郎だが、髪に白いものが混ざりはじめてきている。まだ1期の2年目だというのに。
光太郎は指で眉根を揉むと話題を転じた。
「『平和祈念少女』像の動きはどうだ?」
「包茎工科大学の金山教授の隠し口座に複数回に渡って巨額の現金が振り込まれています。総額にして20億」
「20億?!……てことはただの『銅像』じゃないな」
「金山教授の祖父は戦前の半島国家で抗日運動をしていました」
「金山教授をマークしてくれ。おそらくカネを渡し焚きつけたのはアカヒのヤツらに違いない」
「では、失礼いたします」
一礼して美由紀は隣室の秘書課に消えた。
淡い香水の残り香を漂わせて……。
光太郎はそっけない態度をとりつづける美由紀の態度に頼もしさを感じていた。彼の正体を知るものは周辺では美由紀しかいない。だからこそ、厳しい公私の別が必要なのだ。
光太郎は机の上に山積みされた決裁書類の束を引き寄せると、一枚一枚丹念に目を通しはじめた。
――と、そのときだ、スーツの内側が細かく震えた。
急いで緊急連絡用のスマホを取り出す。
『コンディションレッド! スクランブル!』
私設情報部員からの緊急出動要請だ。場所は宇留川中央公園噴水広場。
悠長にハンコを押している場合ではない。
光太郎はひじ掛けイスのボタンを押すと、専用シューターに乗って地下深くにある秘密の第二市長室へと降りてゆくのであった。
意図的な誤字脱字は生あったかい目でスルーしてくださいね(テヘペロ♡)。