第15話 公開処刑
翌朝――
光太郎と古谷は十字架にかけられ、手足を鎖で縛られた。
収容所のA棟、B棟、C棟から総出で集められた五百人余りの労働者たちが二人を半円形に取り囲み、ざわめきあっている。
56式を構えた人民弾圧軍の兵士たちが、処刑場に張られたロープの内側で収容労働者たちに銃口を向け、「騒ぐな」と威嚇する。
ムチを持った監督官はニヤリと口の端を吊り上げ、二人を振り仰いでいった。
「まさかこいつらがいっせいに暴動を起こして、おまえたちを助け出す……そんなことを考えているんじゃなかろうな」
光太郎と古谷はなにもこたえない。虚無感と絶望でこたえるのもおっくうだ。
「そんな夢みたいなことは絶対に起こらない。なぜならこいつらは、こうやって立っているのでさえ、やっとなんだからな」
ガハハハハハ……と口をばかみたいに開けて監督官は哄笑した。
監督官のいうとおりだった。
こちらを見つめる収容労働者たちはみな、やせ細り、光太郎たちと同じく栄養不良で骨と皮だけになっている。だれもが精気を失い、まるで幽鬼の集団のようだ。
「……すまんな」
光太郎の隣でぼそりと声がした。
光太郎は一瞬だれの声だかわからず、あらぬ方をみてから隣をみた。
「……すまん。おれがヘンな恩義を感じてあんたを誘わなければ、こんな目にあうことはなかったんだ」
隣の十字架の古谷はぼそぼそと低い声でいった。
「はじめから的場と二人だけで逃げてれば……」
「いや、道連れはひとりでも多い方がいいだろ」
光太郎はいった。謝る必要なんかどこにもない。ここから脱けだせない以上、死ぬのは決定事項だ。それが少し早まっただけにすぎない。
「……あんた、いいやつだな」
古谷が少し笑った。
「三年も一緒にいて、いま気がついたのか」
光太郎も少し笑った。
「なにを笑っている。恐怖のあまり気が触れたか」
監督官が不審な顔で二人をにらむ。そこへ――
「新兵を連れてきました!」
古参らしき警備兵が青白い顔の男と太々しい顔の若い男を二人連れてきた。
「ようし貴様ら、これから実地の射撃訓練を行う。
おまえからこの男を撃て!」
監督官が古谷を指さす。
青白い顔のひょろりとした体型の新兵は震える手つきで56式を構えた。
「撃て!」
ダーン!
と銃口から火を噴いて青白い顔の新兵が反動で後ずさった。
「古谷!」
弾は逸れた。古谷は傷ひとつ負っていない。
「バカモノ! よく狙わぬかッ、三歩前進!」
新兵が三歩前進して至近に古谷の姿を捉える。
古谷の顔が恐怖に引きつった。
ダーン!
ダーン!
ダーン!
さすがに今度は外さない。古谷は腹と胸と頭にそれぞれ銃弾を受けて絶命した。
撃ち終わると、青白い顔の新兵はさらに青くなってその場にへたり込んだ。人を撃つのは初めてなのだろう。ぶるぶるとオコリにかかったかのように震え、古参の警備兵に脇を抱えられて引き立てられていった。
「次!」
「シャーッ!」
監督官が次に控えていた太々しい顔の新兵を呼ぶと、その若い男は待ってましたとばかり、雄叫びをあげた。
「憎い日本人を殺したくてたまらない」といった表情の、先ほどとは打って変わったタイプの男だ。
反日教育の洗礼をまともに浴び、そこになんの疑いもはさまず生きてきたのだろう。やる気満々の態でさっそうと56式の銃口を光太郎に向けた。
光太郎は瞬間、亡くなった母親の顔が脳裏に浮かんだ。
つづいてタリアの顔。
消息のわからぬ美織、美由紀姉妹。
そして恩師の玄葉由自教授……。
タリアにはすまないことをした……と光太郎はあらためて後悔した。
龍国に報道を押さえ付けられたこの日本で、東トルキスタンの現状を知らしめることはできなかった。
逆に捕まってこの始末だ。
天国か地獄かはわからぬが、あの世とやらで母に逢い、そしてタリアに謝ろうと光太郎は思い、目をつむった。
ガチャ。
コッキングハンドルを引く音がした。
死神の存在を感じる。
すぐそばにいて舌なめずりをしているようだ。
「撃て!」
監督官の無情の声が虚空に響いた。
つづく
オンライン小説の場合、1編があまり長いと、読む気が失せるのはワタクシだけでしょうか(^^;




