第13話 万人坑
「脱走?!」
光太郎は思わず古谷に聞き返した。
「どうやって?」
見張りの目をかいくぐることはできても、高圧電流が通った鉄条網をよじ登ることなんか不可能だ。
「万人坑だ」
「万人坑?」
古谷はこくりとうなずくと、その先を的場に譲った。
的場が渋々といった様子で引き取る。
「一カ月前、おれは誤って“穴”に落ちた。そこでおれは見たんだ」
「なにを?」
「抜け道だよ。垂直に掘られた万人坑に横穴が開いているのを見つけたんだ」
「横穴?」
光太郎はおうむ返しを繰り返した。どうして万人坑に横穴があるのかわからない。
「もともとこの辺りは旧日本軍の兵器の保管基地だったらしい」
古谷がいった。古谷と的場は生粋の宇留川育ちで、一時期郷土史の研究をしていたこともあるという。
「GHQに接収される前、旧日本軍はイペリット化学弾という毒ガス兵器を宇留川西部の地下深くに隠匿したんだ」
「それがここ……というわけか……」
龍国政府がわざわざ東京のド田舎である宇留川市西端を、領事館建設予定地に選んだのもそれが目的だったのかもしれない。
「その横穴は本当に外につながっているのか?」
「おれがこの目で確かめた。間違いない」
じゃあ、なんでいままで黙ってたんだ……という言葉を光太郎は呑み込んだ。
古谷と的場は二人だけで脱走すべく機会をうかがっていたのだ。
「けっこう義理堅いんだな」
皮肉な笑みを浮かべて光太郎はいった。芋粥一杯の恩というわけだ。
「おしゃべりは終わりだ。そこへ馬になってくれ」
的場の言葉に従って光太郎は格子窓の下に手とひざをつき、馬になった。
的場は光太郎の背に足をかけて踏み台にすると、格子窓にはめられた鉄格子をはずした。
「こいつでちょっとずつ削っていたのさ」
古谷が現場から盗んだ鉄ヤスリをちらつかせて種明かしをする。
狭く小さい格子窓だが、重労働と栄養不足で骨と皮だけになった三人にはなんなくすり抜けられるおおきさだ。
背の低い的場が光太郎の助けを借りて最初に抜け出し、つづいて古谷、そして光太郎の順にするりと格子窓から外にでた。
月は雲間に隠れ、星もみえない。
漆黒の闇をサーチライトが切り裂いている。
「走れ!」
サーチライトが収容棟の辺りを照らしだし、行き過ぎてから三人はいっせいに走りだした。
まっすぐ万人坑のある場所を目指す。
サーチライトがひと回りしてもどってくる。
三人は石材の陰に隠れてやり過ごす。
光太郎は監視塔の見張りをみた。
人民弾圧軍の警備兵は56式を抱いてうたた寝をしている。脱走は絶対に不可能と踏んでの居眠りだろう。
光太郎たち三人は再び走りだし、途中何度かストップ&ゴーを繰り返して万人坑にたどり着いた。
万人坑はひとつだけではない。ここ北西エリアには五つの“穴”が掘られ、死臭が穴の底から立ちのぼっている。
「ここだ。この“穴”だ」
的場が“穴”のひとつを指さした。
「よし、入ろう」
この“穴”も死臭がひどいがそんなことに構ってなどいられない。
「早くしろ、サーチライトが戻ってくるぞ!」
“穴”の入り口でぐずぐずしている的場をせかして古谷が“穴”のなかへと潜り込んでゆく。
光太郎もあとにつづき、ボルダリングよろしく突起物を手掛かり、足掛かりにして死体が積み重なる万人坑の底へと降りてゆくのであった。
つづく
うーむ、過去話が長くなってきたぞ、獏センセの小説のようだ。ま…いっか(^^;




