第9話 恐るべき真実
「きみは信じないかもしれないが、日本のマスコミ、言論機関は完全に龍国の統制下にあるんだ」
玄葉教授は驚くべきことをきっぱりといった。
「そのことはぼくも感じてました。しかし……」
光太郎は統制下という表現は言い過ぎではないかと思う。
アカヒ新聞の四倉記者のいうように、ある種の遠慮や商売上の配慮があることは確かだが、コントロールされているというのであれば、それは日本という国自体の属国化につながってゆく。
「聞きたまえ。これは決してオーバーな表現じゃない。
アカヒ新聞の本社には人民日報の支局があり、渋谷にある公共国営放送には中央電視台の支局がある。この支局を通じて龍国労産党は新聞と放送局という二大メディアをグリップしているんだ」
「……そんな」
にわかには信じがたい話だ。だとするのならば、この国にジャーナリズムは存在しないことになる。
「アカヒ新聞の本多負一が書いた『龍国の旅』というデタラメ本がある。
龍国が国際宣伝する『南金大虐殺』の元になった本だ。やれ日本刀で百人斬り競争したとか、30万人殺したとか書いてあるが、本多はこれを現地でいっさい検証することなく、龍国が用意した“証人”にインタビューし、ただいわれるがままに記事にしたことをのちに認めている。
そしてこの記述が教科書に載り、日本人の罪悪感を引き起こして巨大な対龍援助、ODAや技術支援に結びついてゆくんだ」
南金の『大虐殺』だけではない、龍国の東北地方で起こったとされる『万人坑』もデタラメ記事のひとつだ。
『旧満州では龍国人の鉱山労働者を牛馬のごとくこき使い、働けなくなったとみれば容赦なく殺して埋めた』
――というのが『万人坑』であるが、昭和史の研究者が当時の関係者に聞き取り調査をしたところ、『そんなものは見たことない』、『まったくの虚報』との回答を得た。
『南金大虐殺』といい『万人坑』といい、裏付け取材や検証をまったくせず、相手国の意のままに載せてしまうアカヒ新聞はやはり龍国労産党の完全支配下にあるとみなしていいだろう。
玄葉教授はさらにつづける。
「日本には日龍友好の関連団体が50以上あるが、そのどれもが龍国労産党の意を受け、政、官、財に深く浸透している。
特に政治家はひどい。龍国に招かれた政治家はカネとオンナによって骨抜きにされ、操り人形と化している。そのひとつが地方における外国人参政権の問題だ」
「日本に住む外国人にも選挙権を与えろ……ということですね」
「それを認めてしまったらどうなる? 地方の限界集落なんかあっという間に外国人……まあ、主に龍国人だが、彼らに占拠され元来の住人は追い出されて“自治区”をつくられてしまうぞ。きみがみてきたウイグルのようにな」
「――!!」
玄葉教授のいうとおりだ。ウイグルでは入植してきた奸族に住む場所を追われ、多くの青年男女が強制的に龍国本土の工場や農村に移住、苛酷な労働を余儀なくされている。
そして移住先では不当な差別を強いられ、溜まった不満が7.5のデモに結びつき、凄まじい弾圧や虐殺を引き起こす事態となったのだ。
「きみが日本を不在にしていた3年間、日本の土地や建物、物件は急激に龍国の関連会社によって買い占められている。
特に深刻なのは沖縄だ。沖縄に在住している龍国人は60万人以上、沖縄の土地や建物を買い占め、買いあさり、『琉球独立』を吹き込んでいる。
この動きは龍国周辺のアジア諸国で顕著だ。ネパールでは王政を転覆させ、タイではタクシン派が猛威をふるっている。
龍国の毛沢山が唱えた労産革命が現政権に不満を抱く層に浸透し、龍国寄りの体制を築こうと運動を展開。それを密かに龍国労産党が陰で支援という構図だ」
「日本の土地がやつらに買いあさられているんですか……」
「そうだ。北海道の平取長では集落ごと買収する動きがあるという。農地の買収という名目だが、森林や原野などの非耕作地も含まれ、全部合わせると、912平方メートルにもなるそうだ。この近辺で龍国領事館のナンバーをつけたクルマをみた、との情報も多い」
玄葉教授の話をきくにつれ、光太郎は暗澹としてきた。
ジャーナリズムは機能せず、政治家は骨抜きにされ、官僚も親龍派が幅をきかせ、財界は龍国バブルの恩恵に預からんと媚びへつらっている。
それがどうしようもない日本の現状なのだ。
「……我々にできることはないんですか?」
教授の現状分析は充分にわかった。しかし、このままでは本当に日本が龍国の属国と化してしまう。32番目の『日本省』に公式認定される日も近い。
「……もう、手遅れだ。だからぼくはきみに引っ越しをしろといった。
こうなる前に、ぼくもぼくなりの努力をした。世論に訴えかけようとも思った。
だが、その動きはことごとく潰された。一説にはこの日本には30万人以上ともいわれる人民弾圧軍のスパイが潜んでいるそうだ。そのスパイが我々を絶えず監視している。
それこそスパイ防止法などといいだせば、ヤツらは即座にマスコミを動員させ、『右翼』『ファシスト』などのレッテルを貼ってくる。
教授会で問題視され、論文も発表できない。正直、いまのわたしは大学の厄介者であり、冷や飯を食わされている状態なんだ」
玄葉教授は自嘲気味に語ると、淋しそうにほほ笑んだ。
「…………」
光太郎にとってそんな姿の教授は予想外であった。3年前の玄葉教授は自信に満ちあふれ、斯界の権威として輝いていたはずなのに……。
「……わかりました。もう一度、よく考えてみます」
光太郎は打ちひしがれた教授の姿をみるに忍びず、腰をあげた。
「そうしたまえ。決断はなるべく早くな……。あ、それと――」
部屋をでようとした光太郎を呼び止め、教授はつけ加えた。
「今夜の選挙結果をよく目に焼き付けておくんだ。
明日から状況はより深刻になるだろう」
と、なにやら予言めいたことをいう。
光太郎は深々と頭をさげて教授の研究室を辞した。
(今夜の選挙結果……?)
駅へ向かう道すがら、光太郎は玄葉教授の言葉を頭の中で反すうした。
そういえばすっかり忘れていた。
今日は2009年の9月16日、第45回衆議院選挙の投票日だ。
陽はとっぷりと暮れ、空には星がまたたいている。
西の空にひときわ輝くあの赤い星は凶星だろうか?
光太郎はなんとなく嫌な予感を覚えた。
電車に乗って三鷹の自宅マンションに帰り、テレビをつける。
開票速報が各局報じられ、まばゆいフラッシュを浴びた貧相な政治家たちが小躍りしている。
政権交代の瞬間だった。
308の大量議席を獲得して民衆党政権が誕生した。
それは日本の悪夢のはじまりであった。
つづく
この物語はフィクションですが、細部は事実に即しています。気になったひとは自分で調べてみることをお勧めします( ..)φ




