第8話 恩師の忠告
完全に手詰まりであった。
東トルキスタン(ウイグル自治区)の現状を訴えようにも、どこも相手にしてくれない。
それどころか逆に脅迫電話がかかってくる始末だ。
八方塞がりに陥った光太郎は、大学時代の恩師である国際政治学の玄葉由自教授をたずねた。
「日本にもどったのなら、まずわたしのところにきてほしかったね」
大学の研究室の一室で開口一番、玄葉教授は穏やかな笑みを浮かべながらいった。
「す…すみません」
光太郎は素直に頭を下げた。
いままで玄葉教授をたずねなかったのは面倒に巻き込みたくないという心理が働いたからだが、こうなったからにはそうもいってはいられない。
「もっとも、たいしたことはできないがね」
「いえ、そんな……」
「ミルクと砂糖は必要かな?」
「は…はい、いただきます」
玄葉教授は大のコーヒー党である。自分で豆を選びひいて、時間をかけてコーヒーメーカーから抽出する。
それは光太郎が在籍していた3年前と変わらない。玄葉教授の研究室にはあのときと同じ香ばしいコーヒーの匂いが漂っている。
「相変わらず教授のコーヒーはおいしいですね」
「うむ。ぼくはタバコを吸わないから、頭をスッキリさせるにはこれが一番なんだよ」
そういうと、教授は優雅な手つきで白磁のコーヒーカップを持ちあげ、香りを楽しむように湯気をくゆらせてからカップに口をつけた。
もう50代の後半に差しかかっているが、オヤジ臭いところは微塵も感じさせず、理知的で温容な風貌は3年前と少しも変わってない。
ワイヤーフレームのメガネをかけ、時折、豊かな銀髪を手ぐしでかき分ける仕草は男の色気を感じさせた。
「さて……」
玄葉教授はコーヒーカップをテーブルに置くと、光太郎に向かってメガネの奥を光らせた。
「いますぐとはいわないが、きみはできるだけ近いうちに引っ越した方がいいね」
「引っ越し……ですか?」
光太郎は驚いた。脅迫を受けたことは確かだが、それ以上の危害を加えてくるとは思えない。この日本は龍国と違って三権分立が確立した法治国家だ。
「いまひとつ危機感が薄いようだが、これだけはいっておく。いまの日本は龍国に支配されたも同然の国家なんだ」
柔和な笑みは消え、射貫くような視線を放って教授は断言した。
つづく
7日間連続で投稿して、7日間お休みしました。「なろう」のなかには毎日、投稿するひともいるとか。凄いバイタリティーだなあ(~_~)




