第6話 誓い
「タリア!」
警告射撃もなく、いきなり背中を撃たれたタリアは光太郎の腕の中に倒れた。
その足元を弾圧軍兵士の銃弾がえぐる。
光太郎はタリアをひとまず巨岩の陰に引きずり込み、身を横たえた。
「しっかりしろ! しっかりするんだ、タリア!」
頬をたたいて意識を呼び戻す。
56式自動小銃から放たれた7.62ミリ弾はタリアの左肺を潰したようだ。
光太郎の袖をつかみ、息も絶え絶えに声を振り絞る。
「ロ…ロプノールには核実験場……だけじゃなく、せ…生物化学兵器基地も……あるの。そこでは……大勢のウイグル人が人体実験……の道具になって……いる……」
「わかっている! それ以上、喋るなタリア!」
「生きて…コウタロウ……」
タリアはアバヤと呼ばれるゆったりとした衣装のなかから龍国製のトカレフを光太郎に渡した。
「生きて…この事実を……世界に…知らせて……」
タリアの瞳から光が失われた。
「タリア……」
着弾音とともに粉塵が舞い上がり、弾圧軍兵士の足音がすぐそばまで迫ってきた。
光太郎はトカレフの遊底を引き、ハンマーを起こして巨岩から飛びだした。
リボルバーやオートマの撃ち方はチベットの反政府キャンプにいった際、教えられた。
だが、それはいざというときのための心得のようなもので、実際に人を撃ったことはない。
武装警察や人民弾圧軍に追いかけ回されることは幾度となくあったが、なんとか命を奪うことなく、危機を回避してきた。そう、これまでは。
どんな非道な輩でも生身の人間を殺傷する本能的な忌避感があったからだが、いまの光太郎にそれは微塵もなかった。
あるのは怒りだけであった。怒りがタブーを押しのけ、光太郎は先頭を走ってきた弾圧軍兵士の頭に7.62ミリ弾をぶち込んだ。
後頭部から血と脳漿をぶちまけて先頭の兵士が倒れた。
後続の兵士が慌てて岩場に隠れ、上半身だけ覗かせたところを光太郎は次弾を撃った。
弾は今度も正確に兵士の額の真ん中を撃ち抜いた。
三人の内の最後のひとりが岩場の陰から真横に飛び出し、光太郎の背後に回り込もうとする。
そうはさせじと光太郎は続けざまに引き金を絞る。
だが――
銃口から弾がでない。
たった2発撃っただけで龍国製トカレフはジャムった。
粗悪品を捨て、光太郎はカーゴパンツのポケットからアーミーナイフを抜いた。
生き残りの一人が機とみて56式を撃ってくる。
右耳のすぐそばを銃弾が通過した。
光太郎は弾道波の衝撃でもんどり打って倒れた。
まるでこん棒で側頭部を殴られたかのような感覚であった。
転がるようにして岩と岩の間、溝のような場所に避難する。
勝利を確信したかのように兵士が立ちあがった。
段丘の上まで駆け登り、光太郎を見下ろすと56式を構えた。
絶体絶命であった。
光太郎を遮蔽するものはなにもない。
銃口を向けられ、トリガーに指がかかる。
光太郎は死を覚悟した。
と、そのとき――
突風が吹いた。
砂塵に兵士の目が奪われた。
光太郎は持っていたアーミーナイフを兵士の心臓めがけて投げ込んだ。
風が吹きやみ、タリアと弾圧軍兵士3人の死体がそこに残された。
光太郎は初めてこの手で人を殺した。
後悔や罪悪感はなかった。
怒りと空しさだけがあった。
光太郎はもう一度、このロプノールの大地を見渡した。
月の砂漠を思わせる、この干からびた荒れ地にあるのは迫害された民の哀しみだけだ。
(タリアいう通り、この事実を世界に知らさねば……)
光太郎はその場にひざを突くと、ウエストポーチから小瓶を取り出し、ピンセットで砂礫を採取した。
この砂礫には死の灰が含まれているに違いない。持ち帰って放射線量を計ればきっと高い数値を示すだろう。核実験の動かぬ証拠というやつだ。
光太郎は北の空に連なる雄峰に目を向けた。
ぐずぐずしてはいられない。もうすぐ仲間の兵士たちが大挙してやってくるだろう。
ひとまず天山山脈を越えてカザフスタンに入ることにした。
カザフスタンには迫害や弾圧から逃れたウイグル人の村がある。そこへいって取材をつづけることも可能だ。
光太郎は歩きだした。
なんとしても生きて日本に帰らねばならない。
タリアの死を無駄にしないためにも……。
つづく
当時、シルクロードを旅した日本人青年の話。移動中のバスのなかで光を見た、と思ったら乗客全員、鼻血をながしていたそうです。なんでもあの国は予告なしにバンバン落としていたのだとか。人道とか人権とかは馬の耳に念仏…てやつでしょうか"(-""-)"




