第5話 死の大地
それから7年後の2009年、7月中旬。
光太郎は東トルキスタン(ウイグル自治区)のロプノールにきていた。
「ひどい……」
思わず声に出してつぶやいていた。
巨大なクレーターが荒涼とした大地を深くうがっている。
この地で地表核実験が行われたことは疑うべくもない。
極秘に持ち込んだガイガーカウンターは高い数値を示していた。
龍国労産党が行ったといわれる46回もの核実験の爪痕はまだ明瞭に残っているのだ。
高校を卒業後、大学に進んで国際政治学を専攻した光太郎であったが、机の上の耳学問に飽き足らず、実際に紛争地帯に足を運んでみることにした。
光太郎が関心を持ったのは、なぜか日本のマスコミが積極的に報じようとしない、龍国の辺境民族の実態である。
南モンゴル、東トルキスタン、チベットを渡り歩き、龍国労産党がいかに非道な弾圧を行ってきたかをこの目でつぶさにみてきた。
もともとこれらの地域は龍国の領土ではなかった。それを無理やり、『偉大なる統一龍華の一員』と定義することによって侵略を正当化し、華夷秩序に組み込んだのである。
1950年からはじまったチベット侵略では120万人が殺され、文化的象徴である仏教寺院は6000以上が破壊された。逮捕されたチベット人は1979年1月に発生したベトナムとの戦争に動員され、ここでもまた多くの死傷者をだしている。
ここウイグル自治区でも同じであった。
龍国労産党の同化政策に反対したものは、激しい拷問の末、虐殺された。
また同化政策に反対していなくてもウイグル女性は約40万人が強制連行され、龍国本土の各農村部に送られ苛酷な労働を強いられた。
龍国がウイグル女性を自治区の外に追い出すのはこれ以上、ウイグル人を増やしたくないためだ。ウルムチの都市部では高層ビルやマンションが林立し、そこに住み、働いているのは大量移住してきた奸族である。
これにより、自治区の民族構成はおおきく変わり、都市部においては奸族が80%を占めるようになった。
龍国の中心民族である奸族によって支配されたウイグル人はまともな職業に就くこともできず、そしてまともな教育も受けさせてもらえない。
そんな積もりに積もった不満が7月5日に爆発した。ウイグル騒乱である。
奸族の不当な支配に怒りを募らせたウイグル人たちは車両を焼き打ちし、武装警察と激しく衝突した。
龍国労産党は人民弾圧軍を動員して徹底的に押さえつけた。世界ウイグル会議の発表によれば、この鎮圧によって殺されたウイグル人の数は3000人とされている。
度重なる核実験によって荒涼たる死の大地と化したロプノール一帯を眺め渡した光太郎は、その当時としては最新型のデジタル一眼レフカメラ、EOS 50Dを構えた。
「この事実を全世界に知らせなければ……」
光太郎は夢中でシャッターをきった。と、そのとき――
「コウタロウ!」
ヒジャブ(頭巾)の上にドッパと呼ばれる花模様の帽子を被った女性が青ざめた顔でやってきた。
「兵士きた! コウタロウ、逃げて!」
現地ガイドとして雇ったタリアだ。タリアはいまきた道の岩場の下方を指し示した。
「シャー!」
「シャー!」
「シャシャーッ!」
叫びながら砂色の迷彩服の兵士たちが3人、岩場を駆け登ってくる。
残忍で知られた龍華人民弾圧軍の兵士たちだ。
おそらくこの辺りを哨戒している警備兵だろう。
手には56式自動小銃を携えている。
そのなかの一人が警告射撃も行わず、いきなりタリアに向かって発砲した。
被弾したタリアが光太郎の腕の中へ倒れた。
「タリア!」
抱きとめた光太郎の足元を銃弾がえぐる。
弾圧軍兵士には逮捕などという概念はない。
三人の兵士たちは光太郎を一撃で仕留めるべく、胸と頭に狙いを定めていた。
つづく
フランスの核実験で大騒ぎしていた連中はこの国の核実験には寛容だった。日本も少なからず影響を受けていたというのに……なんでだ? だれか説明してくれ(-"-)




