第6話 発見! 秘密印刷工場
「ぐわはははは、これでジャステッカーは社会的に抹殺した。もはや死んだも同然だ!」
報道ヘリの狭い機内で、ニセジャステッカーはひび割れた仮面を脱ぎ、哄笑をあげた。
その顔に角や牙のあとはなく、通常の“人間の皮”を被っている。通常ではあるが、さらした顔立ちはゴリラを想起させる異相である。
口の周りに獣毛のようなヒゲをたくわえ眼窩はくぼみ、額が庇のように前にせりでている。この顔を見たものはだれもが瞬間的に恐怖を感じ、思わず後ずさってしまうだろう。
「五利工場長、これをお使いください」
ヘリの操縦士が、パソコンをニセモノ男に向かって差し出した。ニセモノ男の名は五利というらしい。
五利と呼ばれた男は節くれだった指で記録媒体をパソコンに差し込むと、アカヒ新聞本社に先ほどの写真を送信した。
これで明日のアカヒの一面はハゲ支店長と相討ちになって倒れているジャステッカーの写真がデカデカと掲載されるに違いない。
正義の味方の都市伝説はもろくも崩れ去り、下着泥棒と児童虐待の果てに銀行強盗に及んだ悪の“素顔”が暴かれる。
「赤陽社主の筋書きどおりだ。これで本来の業務にもどれる」
五利がふうっとおおきく息を吐いた。
「もう少しで秘密工場に到着します」
キャノピー越しに差し込んでくる、きつい西陽にヘルメットのサンバイザーを下ろして操縦士がいった。
ヘリは秩父連山の上空に差しかかっている。
アカヒ新聞がチャーターした報道ヘリは、秩父山中の盆地に着陸した。
ドアを開けて大地に降り立った五利を迎えに作業服姿の三人の男があらわれた。
ヘリの操縦士が五利に軽くあいさつして再び飛び立つ。
夕映えの空をもどってゆくヘリを見送った五利は、迎えにあらわれた男たちに向かってマントを翻してみせた。
「どうだ、似合うだろう?」
「よくお似合いです、工場長」
「カッコイイです」
「気に入られたようですね」
三人の男たちは口々に追従の言葉を述べる。
「その胸に貼り付けられているものはなんです?」
男のひとりがニセジャステッカーのコスチュームの胸の辺りに貼られたライトニングステッカーを指さしていった。ライトニングステッカーはすでに効力を失い、ただの星型のシールと化している。
「ああ……これか、これはヤツの遺品だ」
「遺品? じゃ、じゃあ、ジャステッカーは……?!」
「いまごろは警察につかまり、正体も暴かれて檻の中だろう」
「おめでとうございます工場長!」
「やりましたね、おめでとうございます!」
今度は口々に祝福の言葉を並べる。
五利はもういいとばかりに手で制すると、真剣な顔付きにもどっていった。
「作業はどこまで進んでいる?」
「機械の故障などで大幅に遅れています。いまはフル稼働してますが、明日の朝までですと7万部出荷できればいい方かと……」
男たちの弱気な態度に五利はカッと目を見開き、恫喝した。
「ダメだ。なんとしても10万部出荷するんだ。作業員たちに休憩を入れるな、なんとしても夜明けまでに10万だ、いいな、わかったな!」
「は、はいっ!」
「わかりました、工場長!」
五利工場長に尻を叩かれるようにして三人の男たちは持ち場に駆け戻ってゆく。
「くそっ、あいつら。おれがいないとすぐこれだ」
五利工場長はゴリラ顔をさらにいかつく紅潮させると、大股で歩きだした。
陽はとっぷりとくれ、山裾に設置された照明設備が盆地全体を明るく照らし出している。
そこにあるのはアカヒ新聞が密かに建設した秘密印刷工場であった。
プレハブ小屋が工場の周りをコの字型に取り囲んでいる。
このプレハブ小屋は作業員たちの宿泊施設だろう。派遣労働法の改正に真っ先に異を唱えたアカヒが、ここでは率先して違法の長時間労働を作業員たちに強いているのだ。
「……この辺りですか」
黒塗りのセダンが山裾の一角、盆地に通ずる入り口付近に停車した。
運転席と助手席にスーツ姿の男が二人みえる。
後部座席にはなんと――手錠を架せられたジャステッカーが乗っていた。
「はい、信号が盆地の奥に入っていきました」
ジャステッカーが仮面の内部に映る移動信号を捉えていった。
ニセジャステッカーの胸に貼り付けたライトニングステッカーは効力を失ったわけではなく、微弱な電波を発信しつづけていたのである。
「ここから先はわたしが乗り込みます。お二人は引き返してください」
「しかし……」
ジャステッカーの申し出に二人が難色を示した。ジャステッカーのラバースーツは9ミリパラベラム弾の嵐を受けてボロボロであり、防護服の体を成してはいない。
このような状態で敵が大勢潜んでいるであろう秘密施設に単身乗り込むのは自殺行為だ。
「ジャステッカーは非公認の存在です。国家権力である警察が非公認の存在と協力関係にあるとわかればまずいことになります」
ジャステッカーが逡巡するスーツ姿の二人を説き伏せる。
「わかってください。あなたたちはすでに法を犯しているんです。これ以上、違法行為に加担してはいけない」
「……わかりました」
二人がそろってうなずいた。
男のひとりが前の座席から身を乗り出してジャステッカーの手錠をはずす。
ジャステッカーは覆面車から降りると、スーツ姿の男たち――宇留川中央警察署の刑事二人に向かっていった。
「さあ、早く署にもどって」
「お気をつけて」
黒塗りの覆面車がきた道をもどってゆく。
ジャステッカーをここまで運んだ刑事二人は彼の警察内部における“協力者”である。彼らが“クサナギ機関”と違うのはジャステッカーの正体が市長の舞鶴光太郎であるとは知らない点だ。
正体はわからずとも“協力者”たちはジャステッカーが悪人でないことを信じていた。この信頼が彼の窮地を救い、いままた敵秘密施設の発見につながったのである。
ジャステッカーは盆地に向かって走った。
まずは秘密施設の全容をつかまねばならない。
頑張れ、我らのジャステッカー!
つづく
本は作者のためにも借りないで買って読め、といわれるが、2000円もだしてスカを読まされることもあるので、つい……(-_-;)




