第2話 踊る市長
東京都宇留川市は緑に囲まれた人口10万人規模の地方都市である。
取り立てて特色のなかった宇留川市を一気に有名な地域にしたのは、父親の地盤を受け継いだ若き現職市長の功績がおおきい。
市長の舞鶴光太郎は涙目の公認キャラ『うるるんくん』とともに独自のダンスを披露し、『踊る市長』としてマスコミに取りあげられた。
その効果は絶大で、市長とうるるんくんのダンスを一目ナマで見ようと市外や都外から見物客が押しかけてくる。
♪♪ズンズンチャチャチャ
ズンチャチャチャ
うーるる〜〜んん
「鶴ちゃーん、こっち向いてーーっ!」
「キャーッ、ステキーッ!!」
「うるるんカワイイ!!」
今日は日曜日。恒例の市長主催のダンスイベントがここ宇留川中央公園特設ステージで繰り広げられている。
もちろん、『踊る市長』の舞鶴光太郎も出演し、うるるんくんとともに宇留川ダンスを披露、押しかけた見物客のやんやの喝采を浴びていま、ステージの袖に引っ込んだところであった。
タオルで全身の汗を拭い、舞鶴光太郎はぱりっとしたスーツに着替えると、秘書・北条美由紀の待つ大型ワゴンの後部シートに潜り込んだ。
「ふう。道化は疲れるな……」
ひと仕事終えて思わず光太郎の口から本音が漏れた。
濃紺のタイトスカートに同色のスーツ、ノンフレームのメガネをかけた美由紀は、それをただの愚痴と受け流して単刀直入に要件を伝えた。
「労産党の会派が宇留川中央公園に例の『平和祈念少女像』の設置を訴える議案を議会に提出しました。民衆党の会派も相乗りしています」
「またか……」
うんざり……といった表情を光太郎はみせた。何度つぶしてもその手の議案は市議会に提出される。
ヤツらの狙いは明白だ。この両党は『平和祈念少女像』をたてて、この公園を反日プロ市民たちの政治集会の場にしようともくろんでいるのだ。
この宇留川中央公園は市民や子供たちの憩いの場である。偏狭なイデオロギーを振り回す場所ではない。
「そもそも、その少女自体が捏造だろうが」
「アカヒ新聞が繰り返し報道しています。信じるひともぽつぽつでてきているようです」
美由紀が冷静な口調を崩さず淡々と事実のみを口にする。
アカヒ新聞グループはインクに洗脳物質ダマシタールを混入して新聞や関連雑誌を刷っている。どんなうさん臭い記事もダマシタールによって読者は信じ込まされてしまうのだ。
「とにかく市庁舎にもどって対策を練ろう。やってくれ」
ワゴン車が滑りだす。
いまの舞鶴光太郎に『休息』という二文字はない。