第1話 卑劣! ニセジャステッカー現る
「キャーーッ!」
「泥棒よーーッ!」
「だれか捕まえてーーッ!」
黄色い叫び声が夜空にこだまして、建物のあちこちに明かりが灯る。
なにかを背負った黒衣の者は3階のフェンスから飛び降りると、前庭を突っ切り、驚異的な身体能力で施錠した門をひらり、飛び越えた。
ひざのバネを使って無音で着地した不審者であったが、外で待っていたのはなんと――激しいフラッシュの砲列であった。
パシャ! パシャ! パシャ!
複数の男たちがカメラを構え、不審者の姿をフレームに収めんとフラッシュを浴びせ、しきりにシャッターを切っている。
黒衣の不審者は驚き、背負っていた風呂敷包みを落とした。
そこから色とりどりの女性の下着がこぼれ落ちる。
不審者は慌てて拾い、いくつかをあきらめると、そのまま全速力で走り去る。
だが、なぜかカメラマンたちは不審者を追いかけはしなかった。
そばにいた記者らしき男が拾い忘れていった下着の一枚をつまみあげると、門柱のフェンスの上に置いた。
門の表札には、『白百合女子大学学生寮』とある。
「おい、これも撮っておけ」
記者は横柄にカメラマンたちに命じるとニヤリ、口の端を歪めた。
『これが証拠だ! ジャステッカーは下着ドロ!!』
翌日、アカヒ新聞の一面を飾ったのは女子寮に潜入して下着を大量に盗んだジャステッカーの写真であった。
『正義の仮面を被った悪の正体を暴く!』
とリードがつけられている。
「やれやれ、とうとう下着ドロにされてしまったか」
東棟最上階の市長室で、光太郎はアカヒ新聞を机に放り投げた。読む価値もないといわんばかりに。
「明らかにヤラセです。不審者は表札の見える女子寮の門の前でわざわざ撮られています」
北条美由紀がノンフレームの眼鏡の端を光らせていう。
「わかっている。いいアングルだ。ポーズも決まっている」
「感心している場合じゃありません!」
美由紀が1オクターブ高い声をだして光太郎の机に手をついた。
「アカヒ新聞はジャステッカーを悪者に仕立ててキャンペーンを張り、社会的に抹殺する作戦です」
「……だろうな。そして汚名を晴らそうとのこのこでていったところへ罠を張り、身体的に抹殺するハラだろう」
ハッと美由紀が息を呑んだ。そうか、これは挑発なのだ。挑発にのってはいけない。
「……その可能性はおおいにありますね」
美由紀がいつもの冷静さを取り戻してうなずく。
「その可能性しかないさ。しかし、ここまでジャステッカーを目の敵にするということは背後でなにかが動いている可能性もある」
「背後でなにかが……?」
「アカヒ新聞が龍国と組んで本格的にこの日本を追い詰める計画にでているとしたら……」
「その前に邪魔となるジャステッカーを排除しておきたい……というわけですか?」
「……しばらく様子をみるしかない。こんなガセネタに乗せられてはダメだ」
光太郎がきっぱりというと、スーツの内側でスマホのバイブ音が鳴った。
スマホを取り出し、表示画面をみる。
「タオヤメからだ」
光太郎は通話アイコンをタップすると、電話にでた。
「わたしだ」
『若様、エスからいいものが手に入ったわよ。至急、第2市長室にいらして』
タオヤメ特有の艶っぽい声が漏れてきて、美由紀が思わず顔をしかめる。
エスは情報提供者の隠語で、この前、『協力者』となった牛塚峰男のことである。
「牛塚から情報が入った。第2市長室へゆこう――ん?」
アームレストのボタンを押そうとして光太郎の動きがとまった。
「どうしました?」
美由紀が直通エレベーターの扉を開きかけて光太郎をみる。
「なんかこのイス、臭いな。取り替えてくれた?」
光太郎が座っているイスは前回、牛塚がフェイクの爆発音にびびって小便を漏らしたイスである。あの後、光太郎はイスを取り替えるよう美由紀に頼んでおいた。
「よく洗浄しましたから」
美由紀が冷たい声でこたえた。
「取り替えてくれたんじゃないのか?!」
光太郎の声が裏返る。
「予算がないんです。臭いは気のせいです」
美由紀はそれだけいうと、さっさと直通エレベーターに乗り込む。
「いや、絶対気のせいじゃないって。そこはかとなく臭うよ、これ」
本棚の扉がしまって、もうそこには美由紀の姿はない。ひと足先に地下の第2市長室へと降りてしまった。
「……まいったなあ」
光太郎は落ち着きなく尻をもぞもぞさせると、不自然な態勢でアームレストの直通ボタンを押すのであった。
つづく
背筋痛になった。うがいするのも辛かったが、なんとかおさまってきた(-"-)




