第9話 若様とタオヤメ
光太郎は東棟本庁舎の屋上に上がると、首もとのネクタイをゆるめた。
「ふう……」
と青い空の下、深いため息をつく。
「さすがにお疲れのようですね」
黙って後をついてきた北条美由紀が声をかける。
「拷問まがいの脅しはやりたくなかった……」
光太郎が振り返らずにいった。
「ぼくのガラじゃない」
公用語である「わたし」から普段の一人称である「ぼく」に切り替えて、光太郎は本音を漏らした。
「政治は非情な世界です。鬼にならなければいけないときもあります」
美由紀がきっぱりといった。
「あなたのおとうさまのように」
「父の話はしないでくれ」
光太郎は防護柵の手摺りにもたれかかると、眼下にひろがる街並をみわたした。
「ぼくはこの街を守りたいだけだ……」
「あのう……若様」
突然、後ろから艶っぽい声が聞こえてきた。
振り向くと、うるるんが困ったような仕草で立ち尽くしている。
「そろそろこれ脱いでもいいかしら?」
「ああ、忘れていた。もういいよ、ご苦労さん」
「といわれても、これ、ひとりじゃ脱げないんだけど……」
「わたしがやります」
美由紀がうるるんの背後にまわり、背中のファスナーを下ろす。
なかからでてきたのは――
ダイナマイトバディを誇る私設情報部員のタオヤメであった。
布面積極小のビキニをまとった半裸の姿だ。いや、ほとんど裸といっていい。
「こほん」
と咳払いをして光太郎が視線をはずした。
「なんて格好をしてるんですか、あなたは!」
美由紀が尖った目を向けた。
「だってこのなか、暑いんだもの」
タオヤメの体からは蒸気が立ちのぼり、全身が汗で濡れ光っている。
「だからってそんな、はしたない――」
「だったら次からはあんたが被ればいいでしょ。ねえ、若様」
タオヤメが圏外に身をおいている光太郎に声をかけた。
「その“若様”はやめてくれないか。きみはぼくの“家来”ではなく、“部下”だ」
舞鶴家27代目当主の光太郎が“クサナギ”のタオヤメを見つめ、きっぱりとした口調でいった。
タオヤメは光太郎の真摯な態度と視線を受け止めると――
「いや〜〜ん、若様ったらエッチ。どこ見てんの」
身をくねらせ、ウインクする。
「夜伽をご所望かしら? ワ・カ・サ・マ」
「あなた、なんてことを!」
美由紀がこめかみに怒気をはしらせてタオヤメにつっかかる。
「はいはい、ワカサマでもバカサマでも好きなように呼んでくれ」
光太郎はあっさり白旗をあげると、女ふたりの諍いをそのままにして屋内にもどってゆくのだった。
ここは悪の総本山、築地にあるアカヒ新聞社社屋の13階大会議室。
社主の赤陽根津三は幹部社員たちを集め、定例の悪の編集会議を開いていた。
「まだ、ジャステッカーの正体はつかめないのか?!」
赤陽が幹部社員たちに雷を落とす。
「そ…それが、八方手を尽くしているんですが、未だこれといった情報は得られず……」
幹部社員のひとりが額の汗をハンカチで拭いながらこたえる。
「おまえたちの情報収集能力はその程度か!? 学級新聞並みか? 文芸春旬の爪のアカでも煎じて呑め!」
「いや、そういわれましても……」
「もういい、おまえたちには任せてはおけん!」
赤陽は幹部社員の弁解を封じると、正面に位置する大会議室のドアに向かって声を張り上げた。
「入ってこい!」
両開きのドアがギィ……と軋み、左右に開かれると、紫紺のマントに身を包んだ黒衣の者が入ってきた。
「こ…こいつはッ!……」
「ジャステッカー?!」
幹部たちが驚きの声をあげる。
赤陽はその反応に満足げな笑みを浮かべるといった。
「このジャステッカーを使って本物をおびきだす!」
第2部 日狂組編 完
第3部へつづく
いやあ、ホントに週刊〇春の情報収集能力はスゴイなあ( ..)φ




