第8話 お帰りはあちら
牛塚峰男のズボンの裾から黄色く濁った液体があふれでてきた。
股間部を中心に黒い染みが急速に広がってゆく。
一瞬、気を失ったようだ。
牛塚は自分が漏らした尿の不快感によって目覚めた。
目の前にひとりの背の高い男が立っている。
ぼやけていた視界が焦点を結びだし、おぼろげな人影は明確な形となってあらわれた。
「市長……」
「気がついたかい、牛塚くん」
光太郎がこの場にそぐわないさわやかな笑みを浮かべ、もっていたスマホをかざした。
「きみの自供はとれた。感謝するよ」
「畜生……汚い手を使いやがって……」
切れ切れの息の下、牛塚がつぶやくようにいった。爆発音はフェイクだったようだが、まだショック状態から脱けだせないでいる。
「汚い手はお互いさまだろう。さて、今後の協力態勢について話し合おうじゃないか」
「協力態勢……?」
「きみが市長室に盗聴器を仕掛けたことはこの際、見逃してやろう。その代わりに、痔治労や置石議長の動向を逐一、わたしに報告するんだ」
痔治労と日狂組は民衆党を支援する連合体としてつながっている。民衆党は最近、党名を変えたようだが、やることは変わらない。国益を無視して大陸と半島に利をもたらす反日政党なのだ。
「二重スパイになれ……というのか」
牛塚が沈んだ声をだした。
「そのとおり。察しが早くて助かるよ」
「だれが……おまえなんかの……おれは痔治労の組合員だぞ」
不当な職員の諸手当と昇給の見直しを行っている市長と痔治労、痔治連は対立する間柄である。牛塚は痔治労が秘書課に置いた『隠れ専従職員』であった。
「言葉遣いに気をつけた方がいいな。そっちがその気ならわたしにも考えがある」
「考え?」
それまで存在感を消していたうるるんが牛塚の首を締めはじめた。
「うぐぐ……やめろ!」
牛塚が苦しげにうめく。
「やめるんだ、うるるん。気持ちはわかるが、暴力はダメだ」
そこで光太郎は指をぱちん、と鳴らした。
ドアが開いて北条美由紀が入ってくる。
美由紀はクリアファイルのなかから数枚の写真を抜き取り、汚物でもつまむような手つきで牛塚の目の前に突き付けた。
「これはッ!」
それは牛塚が都内のホテルでJKとイケナイことをしている隠し撮り写真であった。
「きみがJK援交サークルのプレミアム会員であることも我々はつかんでいる。
きみが痔治労や置石に義理立てして、あくまで協力を拒むというなら、この写真と事実を公開しようじゃないか」
「やめろッ、やめてくれ!」
「わたしとしてももちろん、そうしたい。身内の職員から淫行条例の違反者をだしたくないからね」
「協力してもらえますね、牛塚さん」
いままで黙っていた美由紀が硬い声をだした。
瞳には侮蔑の色がありありと浮かんでいる。
「……わかった。協力する。痔治労の情報、置石の動き、なんでもあんたに報告するよ」
牛塚は落ちた。
そばに突っ立っていたうるるんが牛塚の頭をナデナデする。
――お帰りはあちら。
と、うるるんが身振りで出入り口のドアを指し示す。
牛塚はふらふらと立ちあがるとドアの向こうに消えた。
市長のイスに臭く汚い尿を残して……。
つづく
どうせ日本じゃ実写化は無理だからいっそのことハリウッドに持ち込んで……(もっと無理!)




