第4話 市長爆殺!
巻枝と3人の生徒たちは市庁舎の各セクションを回って担当職員に話を聞いたり、職場の風景を写真におさめたりすると、最後に東棟最上階11階の市長室に向かった。
「申し訳ありません。市長が申しますには宇留川ダンスを披露するには、市長室では手狭なので5階の大会議室にきてくださいとのことです」
秘書の北条美由紀が市長室のドアの前で深々と頭を下げた。
「市長室のなかを写真に撮りたいんですがね」
巻枝がカメラをかかげて露骨に不満な顔をつくる。
「それは面談のあとで。では大会議室にご案内します。こちらです」
美由紀がエレベーターに4人を乗せ、エレベーターガールよろしく5階のボタンを押した。
「まったく上がったり下がったり、これだから役所は非効率なんだ」
自分も学校という公的機関の一員でありながら、巻枝が平然と不平不満を口にする。
美由紀は能面のような表情で巻枝の不平をスルーすると、4人を大会議室に案内した。
そこはちょっとした小ホールのような広さで、イスもテーブルもきれいに片付けられ、中央にぽつんとスーツ姿の背の高い男が立っていた。
「ようこそ、宇留川市役所本庁舎へ。市長の舞鶴光太郎です」
光太郎が満面の笑みを浮かべ、3人の生徒たち――石川亮太、佐藤敦、鈴木賢介の順に握手した。
「担任の巻枝です」
握手の順番が一番あとに回されたことに立腹しながらも巻枝が手を差し出した。
「ではさっそく宇留川ダンスを披露いたしましょう」
光太郎は巻枝の握手にこたえることなく、さっと踵を返してスピーカーのボタンを押した。
巻枝が手を差し出したままムッとした表情でその場に固まる。
ヒップホップ系の音楽に乗って光太郎が軽快なステップを踏んで踊りだす。
「わーっ、宇留川ダンスだ!」
「カッコイイ!」
youtubeでの動画再生回数が100万回を突破した超人気の宇留川ダンス、それも市長本人実演のダンスをナマでみることができて、3人の生徒たちは大コーフンだ。
「さあ、きみたちも踊ってごらん!」
光太郎がうずうずしだした生徒たちを促す。
「はい! さあ、みんな踊ろう!」
「うん!」
石川亮太の掛け声で3人がいっせいに踊りだす。
「おい、おまえら、そんなに激しく動いてはいかん!」
巻枝が引きつりそうな声をあげた。そんなにおおきく腰を振ると、腹に巻いた爆薬がはずれてしまうではないか。
宇留川ダンスは動きが激しい。ロックダンスに見られるパンキングやジャンプターンなどといった振りつけも取り入れている。
「ダンスは激しく動くもの。さあ、先生もどうです?!」
「い…いや、わたしはダンスは苦手で……」
光太郎の申し出に巻枝はそっぽを向き、ぶら下げたカメラをいじりだす。
やがて音楽が終わりに向かい、ダンスも最後のステップを踏み終わると、光太郎と3人の生徒たちはその場にへたり込んだ。
宇留川ダンスは一曲踊り終えるとけっこうな運動量をこなしたことになる。消費カロリーも高く痩身効果も高いといわれたのが普及した一因でもある。
「わたしだ。子供たちに冷たいジュースを持ってきてくれ」
光太郎が内線電話で秘書課を呼び出し、飲み物を注文した。
「ああ、わたしはホットコーヒーを頼む。汗をかいてないので暖かいコーヒーだ」
巻枝がひとりだけ違う注文を平然とつけた。
「別にあったかいホットコーヒーを一杯、ご所望だ」
光太郎は当てこするように繰り返して受話器を置いた。
「冷たいホットコーヒーがあるのかね、きみ」
巻枝は先程からずっと仏頂面を崩していない。市長に実際に会う前から抱いていた敵愾心が間違いでないことを確信していた。
「まあまあ、取材にいらしたんでしょう。なんでもお答えしますので、遠慮なくご質問ください」
「では聞くが、国旗の掲揚と国歌の斉唱を強要するのは学校側の自主性を損なうことになるとは思わんのかね?」
「おやおや、これは学級新聞に載せるための取材ではないんですか?
ずいぶんと高尚なテーマをお持ちですね」
「いや、それは……」
つい、敵愾心が勝って日ごろの不満が口をついて転びでてしまった。巻枝はしまったと思ったが、もう発言は取り消せない。
「宇留川小学校は公立の市立小学校です。公立校ならば、国旗掲揚や国歌の斉唱は当然、それが嫌なら私立にいけばいいのです。私立の教育方針にまで口を挟む気はありません」
「わ、わたしは学校側の教育の自主性というものを……」
「では、どこの国の旗を掲げ、どこの国の歌を歌わせるつもりですか?
巻枝さん、わたしはあなたが子供たちに北部半島国家の労働歌を歌わせていた事実をつかんでいるのですよ」
「う……ぐ……」
「建前では教育の自主性、中立性を謳いながら実際はこのざまだ。そんなに北部半島国家がお好きなら、どうぞ亡命なさってください。だれも止めはいたしません」
「きさ……ま……」
「初対面の取材相手に向かって『きさま』ですか。どうやら、教育が必要なのはあなた自身のようですね」
「♪♪お待たせしました〜〜♪♪」
光太郎と巻枝が一触即発の状態になったそのとき、絶妙のタイミングで女性が歌うように入ってきた。
ウェイトレスよろしく飲み物を乗せたトレイを片手で持ち、短いスカートに包まれた丸い腰をくねくね振りながらやってくる。
ざっくり開いたVネックセーターの胸元からは豊満な白い谷間がこぼれ落ちんばかりであり、とても役所勤めの女性職員とは思えぬ格好だ。
色気万点、ボリューミーな女性の登場に巻枝は気を削がれたのか、冷静な口調を取り戻して光太郎にいった。
「まあ、主義主張はともかくとして、ここはにこやかに記念撮影と参りましょう。
さあ、きみたち、もっと市長さんのそばに寄りなさい」
巻枝がカメラを構え、もっと市長に寄り添えと生徒たちに指示をだす。
3人の生徒は引きつった表情で市長に体を寄せ、ぴったりとくっついた。
巻枝が口の端をにやりと歪めカメラのボタンを押そうとした、そのとき――
「うわちゃあーーッ!」
頭からホットコーヒーをぶっかけられ、巻枝がブルースリーのような怪鳥音をあげた。
「あーら、ごめんなさい。あったかいホットコーヒー、こぼしちゃった」
巻枝が持っていたカメラを放りだし、ハンカチで頭や襟元を拭う。
「ダメじゃないか、大切なお客様に粗相をしちゃ」
吹き出そうになる笑いのシッポをかみ殺して光太郎が女性職員に注意した。
「すみません。さあ、休憩室に参りましょう。そこなら着替えもありますから」
「きゅ、休憩室?」
「職員が仮眠をとる場所です。個室になっていてベッドもあります」
「ベッ…ベッドもあるのかね」
ベッドと聞いて巻枝がはずんだ声をだした。
「早く染み抜きをしないと、きれいなワイシャツが台なしになってしまいますよ」
「しかし……」
巻枝が放り投げたカメラをちらりとみた。
「写真はわたしが撮っておきます」
いままで近くにいながら存在感を消していた北条美由紀がカメラをとりあげた。
「そ…そうか。では頼む」
美由紀の申し出にこれ幸いとばかり、カメラを託して巻枝は女性職員とともに大会議室をあとにした。
(ぐふふ……却ってうまくいったというものだ)
生徒たちの腹にはC4爆薬が巻き付けてある。
起爆スイッチはカメラのボタンだ。
前世魔族である巻枝は爆発の衝撃にはある程度耐えられるが、C4爆薬の破壊力は強力だ。日狂組爆弾製造部が威力を調整してはいるが、間近にいればそれなりのダメージは覚悟しなければならない。
「さあ、早く休憩室とやらにいこう」
廊下にでた巻枝の歩調が自然と早足になった。一刻も早く大会議室から離れたい。巻き添えをくらうのはごめんだ。
――と、そのときだ、大音響が轟き、警報が鳴ってスプリンクラーが作動した。どうやら、あのクールを気取った秘書がカメラの起爆スイッチを押したようだ。
(やったぞ! これで市長は死んだ。狂犬臭会も市民ホールで開催だ!)
巻枝は心のなかで喝采を叫びながら作動したスプリンクラーの雨を浴びた。
ちょうどエレベーターに乗り込もうとした二人だが、エレベーターは緊急停止している。Vネックの女性職員は急いで脇の非常扉を開けると、巻枝を非常階段の踊り場に連れ出した。
「なにか非常事態が発生したようです。非常階段からお逃げください!」
スプリンクラーの雨を浴びて女性職員の白い谷間に水滴が溜まっている。
巻枝はごくり、と生唾を飲み込むと、自分の生存本能を優先させた。
「ありがとう。あとで様子を見にくるから!」
残してきた生徒たちの心配を一言も残さずにすたこら階段を急ぎ足で降りてゆく。
「あれでも教師かしら。子供たちが本当かわいそう」
女性職員に扮したVネックの豊満美女タオヤメは深くため息をついた。谷間に溜まった水滴を指ですくうとぺろりとなめる。
「さて、と。あたしも着替えなくちゃ」
と、非常扉から再びフロアにもどってゆく。
スプリンクラーの雨に打たれてセーターがぴっちりと体のラインに張り付いている。腰を振り、悠然と歩を運ぶタオヤメの姿をみて、逃げ惑う男性職員のだれもが警報を忘れ、茫然とその場に勃ち尽くしていた。
つづく
最後の行は誤字じゃないよ!(^^)!




