第3話 謎の美女タオヤメ
市長室にもどった光太郎のデスクの上に、美由紀はどさっと報告書類と申請書類の束を積みあげた。
「こんなにあるのか」
やや、うんざりといった態で光太郎が山積みされた申請書類の一番上をとって目を通す。
「狂犬臭会?」
「日狂組の全国大会です。宇留川市民ホールを終日貸し切りで使いたいそうです」
「それはわかっているが、この書類はこの前、却下したはずだ」
狂犬臭会は教育とは全然関係のないこと――例えば安保法案とか原発再稼働とか、政権与党の批判などをガウガウとそれこそ狂犬のごとくがなる大会だ。
そんな偏ったイデオロギーの政治集会に大切な市民ホールを終日貸し与えるわけにはいかない。
「議長の置石先生が強力にプッシュしてきているんです。無視するわけにはいきません」
置石西造は宇留川市の市議会議長である。市議会議員としても8期当選を誇る古株で、市の財源を巡ってなにかと光太郎と対立している。
置石は日狂組宇留川支部の支部長も兼務し、公務員全般の福利厚生や各種手当の拡充に余念がない。無駄な支出は一円でも省きたい光太郎とは相いれない存在であった。
「ああ、そうだ。忘れてました」
美由紀がレディススーツの内側から金属製の豆粒のようなものを7個取り出し、光太郎のデスクの上に転がした。
「本日の獲れ高です」
光太郎がそのひとつを摘まみあげるといった。
「盗聴器か……毎日毎日ご苦労なことだ」
舞鶴光太郎は『踊る市長』として市民の人気が高いだけにおいそれと選挙で落とすことはできない。
ならばスキャンダルのネタになりそうなものを物色せんと、市職員のなかにいる反市長派が毎日こうして盗聴器を仕掛けにくるのだ。
「犯人の映像もあります。確認しますか?」
「そうだな。地下に降りよう」
光太郎はひじ掛けイスのアームレストのボタンを押した。
光太郎の体が一瞬深く沈み込み、チューブ状の専用シューターを通って地下7階部分に相当する第2市長室のコマンドルームへと辿りついた。
美由紀は市長室の本棚の裏に隠された専用エレベーターを使って第2市長室に降りた。
第2市長室は宇留川市の街頭や諸施設、立入禁止区域に設置された防犯カメラの映像を一元管理する機能がある。
諸施設のなかにはここの市庁舎も含まれており、市長室に設置された監視カメラが不届きな盗聴者の存在をきっちりと映像におさめていた。
「この男です。秘書課の牛塚峰男。痔治労に加入しています」
牛塚が無人の市長室に潜入し、きょろきょろと辺りを見回しながら盗聴器を仕掛けてゆく様子がモニターに映しだされた。
「やれやれ、敵は身近にいたか」
「その男、どうやら議長派らしいわよ」
いきなり声が響いて、胸の谷間を強調したVネックセーターの豊満なバディの持ち主が専用エレベーターから登場した。
「タオヤメ」
光太郎がその女性をコードネームで呼んだ。
彼女は江戸時代から代々舞鶴家に使えてきた密偵組織“クサナギ機関”の私設情報部員なのだ。
「なにしにいらしたのです」
美由紀がノンフレームの眼鏡の奥を硬く光らせてタオヤメにいった。
「あーら、ごあいさつね、美由紀さん。ここにきちゃダメっていうルールでもあったっけ」
ふたりの女の間で見えない火花がバチバチと散っている。このふたり、根本の部分で相性がよくないようだ。
「要件を聞こう」
無用な諍いに発展する前に光太郎がタオヤメを促した。
「日狂組の幹部職員である巻枝という男が子供たちを使ってなにかよからぬことを企んでいるみたいなの」
タオヤメが光太郎に向き直っていった。
「よからぬこと?」
「あッ!」
と、いきなり美由紀が声をあげた。
内ポケットから手帳を取り出し、急いでページをめくる。
「どうした?」
「今日です。宇留川小学校の教諭の巻枝が、学級新聞の取材という名目で子供たちを引率して市長に面会する手筈になっています!」
「ほーら、噂をすれば影。ご本人の登場よ」
タオヤメがコンソールのパネルを操作し、ロビーに入ってくるところの巻枝と3人の生徒たちの姿をメインスクリーンに映し出した。首からカメラをぶら下げた巻枝が横柄な態度で案内カウンターに歩みより、早口で来庁の趣旨を説明している。
「なんか子供たちの服装が不自然だな。ちょっとズームしてみてくれ」
3人ともだぶっとしたパーカーのようなものを羽織り、腰回りが少し膨らんでいる。
「了解。ケミカルスキャンもかけてみるわ」
タオヤメが3人の生徒たちをズームアップし、光学センサーを起動させた。
「これはッ?!」
光太郎と美由紀の目が驚愕の形に見開かれた。
なんと、3人の生徒の腹にはC4爆薬が巻かれ、電気信管がセットされていたのであった。
つづく
う~~っ花粉症が辛い。もう、外に出たくない(*_*;




