第12話 より邪悪なるもの
「この大バカモノッ!!
だれが宇留川公園を天安門にしろといったのだッ!!」
ここはアカヒ新聞最上階にある社主執務室。赤陽根津三は帰社した上村をあらためて呼び出し、雷を落とした。
「ま…まったくもって想定外の事態でして……まさか、金山が武器を搭載しているとは夢にも想わず……も、申し訳ございませんッ!」
床に額をこすりつけて上村は土下座した。
「これで宇留川中央公園に少女像を設置する計画は泡と消えたではないか。
この責任、どうとるつもりだ!」
「さ…左遷をご命じください。沖縄に派遣してくだされば地元二紙と協力して更なる反対運動を展開してみせます」
「なるほど…沖縄か……沖縄はいいところだ」
赤陽根津三は上村から目を逸らすと、右手にある壁掛けの刀剣類を眺めた。
日本刀から中国の青竜刀、西洋のサーベルなど、古今東西の槍や刀が数多くコレクションされてある。
「ところで、ジャステッカーにやられた記者はこれで何人だ?」
赤陽が壁の青竜刀を手にとってきく。
「この度の本多記者を含めまして計9人にのぼるかと……」
「いいや……」
赤陽が振り向きざま、上村に向かって青竜刀を振り下ろした。
ごろん、
と音をたてて上村の首が転がった。
「これでちょうど10人だ」
土下座の姿勢のまま、上村の切断面からは間欠泉のように血が噴きでて床を濡らした。
『赤陽根津三はおるか?』
重々しい声が響き、左手側に設けられた3Dホログラムが作動した。
走査線が走り、七色の光が重なってそれは次第に人の形をとってゆく。
「その声はもしや……!」
赤陽は畏怖した。恰幅のいい体型、威圧的な眼光、赤陽根津三が最も恐れる人物が3D映像となって眼前に出現した。
「ハハーッ、これはこれは、朱偏平国家主席様ッ!」
今度は赤陽が平伏する番であった。龍国国家主席の登場に平蜘蛛のような姿勢でその場に這いつくばる。
『おまえたちの《平和推進運動》は失敗したようだが、おかげでいいものが手に入った。さっそく量産化して南シナ海に配備するとしよう』
「どうぞご自由にお使いくださいませ。南シナ海だけではございません。全世界の海は龍華人民弾圧国のものでございます」
『わかっているとは思うが、総領事館が金山を連行した件は書くでないぞ』
「ハハッ、それはもちろんでございます。日龍交換記者協定の高邁な精神に基づき、一行も書きません」
アカヒ新聞は龍国と日龍交換記者協定を結んでいる。これは簡単にいうと、
「おいこら、龍国にとってまずいことは書くんじゃねーぞ」
「はい、わかりました。書きません」
というお約束である。文化大革命という壮大な愚行が龍国本土で吹き荒れていたとき、アカヒ新聞はその実態を知りながら一行も報じぬばかりか、礼讚記事を連発した。
それでいて『ジャーナリスト宣言』なる、なんの冗談かわからぬCMを公共の電波に乗せて垂れ流す鉄面皮ぶり、まさに『潰さねばアカン』存在と成り果てている。
『海洋どころか陸土もすべて龍国の核心的利益だ。我が国が全世界を支配した暁には、おまえを人民日報日本支局の支局長にしてしんぜよう』
「ハハーッ、ありがたき幸せ。その日が一刻も早くきたらんことを願っております」
『それこそが我らが前世魔族の悲願。成し遂げようぞ、我らが偉大なる龍魔王のために!』
「我らが偉大なる龍魔王のために!」
赤陽が復唱すると、朱偏平は満足そうな笑みを浮かべて3D投影機から消えた。
赤陽が額に浮かんだ玉の汗を拭って立ちあがる。
「ふう……。人民日報の支局長か、あまりありがたい立場とも思えぬが、龍国様には逆らえん」
赤陽は窓辺によると、眼下に広がるビル群を見渡した。
「もうすぐ日本は龍国日本省になる。その前にジャステッカーなる道化者を始末せねば……」
赤陽は宇留川市の方向に目を向けるとギラリ、その邪眼をたぎらせるのであった。
第一部 「平和少女」編 完
ちょうど12話ワンクールで第1部が完結しました。第2部もこのようになる…とは限りませんが、第2部も引き続き応援よろしくお願い申し上げますm(__)m




