第9話 約束
「そこをどくんだ、美由紀。あのロボットを止めなければ……」
ジャステッカーが美由紀に向かってもう一度いった。
「そんなケガで戦えるんですか?! もう、やめてください!」
美由紀が感情をあらわにして叫んだ。
そこに普段の怜悧な姿はない。
「美由紀、あの日、ぼくと交わした約束を忘れたのか?」
ジャステッカーが光太郎の口調にもどって美由紀に問う。
「それは……」
「ぼくはいったはずだ。きみの任務はぼくを死地に送ることだと……」
「…………」
「きみもそれは了解してくれた。いっさいの感情を交えず、ぼくたちは淡々と“実務”をこなしてきた。これもその“実務”のひとつだ。いかせてくれ」
「死にたいんですか? 死ねば、だれがジャステッカーになるんです?!
ジャステッカーはあなたしか、いないんですっ!!」
「美由紀!」
「お父さまに頼めばいいでしょう! あなたのお父さまなら、自衛隊を動かせるはずです!」
「自衛隊は国内の治安維持には出動できないんだ。それはきみもわかっているだろう!」
「…………」
「自衛隊を治安出動させてしまったら、アカヒ新聞をはじめとするマスコミがいっせいに騒ぎだす。バラバラだった野党もそろって共闘し、せっかく成立した安全保障関連法案も廃案に追い込まれてしまうかもしれないんだ!」
日本は核爆弾を持った独裁国家に三方を囲まれている。そういう厳しい現実が目の前に横たわっているにも関わらず、軍備を忌避し70年前を持ち出して目と口をふさいでいるのがアカヒ新聞をはじめとする反日勢力なのだ。
「でも……でもだからといって、あなたひとりが、ひとりだけが、なぜ戦わなくちゃならないんですか! それだったらもう、ぶちまければいい!
なにもかも全部明らかにして世間に問い詰めれば、みんな目が覚めるはずです!」
「それができないからぼくがいるんじゃないか。ぼくという道化が日本には必要なんだ……」
美由紀が広げた手をおさめた。
2、3歩あとずさると脇に退いた。
「ありがとう……美由紀」
ジャステッカーがペダルを漕ぎ出した。
仮面の内部では私設情報部員から送られてきたブサイクロボの位置情報が点滅信号となって表示されている。
どうやらブサイクロボは埼玉との県境、北に向かって移動しているようだ。
見送る美由紀に背を向けてジャステッカーは北に向かう。
ブサイクロボの暴走を今度こそくい止めねばならない。
ジャステッカー、いや、光太郎の胸の内には悲壮なる決意だけがあった。
つづく




