僕の人生を変えた恋人6
「お祝い送っといたわよ」
2011年4月15日、春風駿さんと薫さんに女の赤ちゃんが生まれた。
ベビー用品なんて、僕には良くわからないので、お姉さんに頼んだんだ。
数日後、退院した薫さんが赤ちゃんを抱いた写真がブログに載っていた。
お姉さんが送ったベビー服を着ている。
可愛い!
名前は、春風桜ちゃん。
桜花賞の時期に生まれたからね。
僕と同じ、4月生まれだ。
そして6月…駿さんと薫さんは、春風牧場で、親しい人達だけで結婚式を挙げた。
さつきさんは、僕を招待してくれたんだけど、講義が有るので行けなかった。
まだ、駿さんとは仲良くなれてないしな…
結婚式の様子が、ブログに載っていた。
「あら、桜ちゃんに、あのワンピース着せてくれたのね」
と、お姉さんが嬉しそうに言った。
生まれた時のお祝いに、少し大きくなってから着るワンピースも入れておいたそうだ。
そう言えば、ちょっと大きいな。
でも、可愛い。
8月、僕達は、また北海道に行った。
今度は、海釣りだ。
まずは、春風牧場に向かう。
【春風牧場】
薫さんが、桜ちゃんを抱いて出迎えてくれた。
「可愛い。抱っこしたら、駿さんに怒られちゃうかな?」
桜ちゃんが、僕に抱かれようと、手を伸ばしてきた。
「あら、抱っこするって」
わーい、抱かせてもらった。
「菱。顔緩み過ぎ」
「だって、可愛くて~」
「抱き方が、私より上手」
「慣れてますから」
僕には、2才になる甥が居るからね。
「こいつ、赤ちゃん大好きで、知り合いの赤ちゃん抱かせてもらったりしてるから」
それも有るな。
凛ちゃんは、お婆さんの弥生さんと野菜を運んでいる。
舞ちゃんは、どこだろう?
【放牧場】
夕食の後、ユキ達に会いに行った。
少し大きくなったユキの仔が、走って来た。
相変わらず好奇心旺盛だな。
尻っ跳ねしたりしながら走る。
「少しヤンチャみたいだね」
「うん、聞かないとこ有るわね」
舞ちゃんは、そう言った。
まだユキに甘えている。
降るような星の下、親子で寄り添って走る。
ユキの白い馬体は、月明かりで浮き上がるように見える。
星の中に居る芦毛馬は、本当にペガサスみたいだ。
秋には子離れだ。
甘えていられるのも、もう少しだな。
舞ちゃんは、絵を描いている。
ちょっと覗いてみた。
ユキ達の絵だ。
何枚か絵を見せてくれた。
馬房で、ぶーニャンに鼻をつけているユキの絵が有る。
「この子達、仲良しなのよ」
「馬服着たユキの仔、可愛いね」
「でしょう?」
って…
上を向くから、顔と顔が…
Kissしちゃいそうなぐらい近くに…
「…」
「…」
ラチから、ユキの仔が顔を出した。
鼻を撫でると、首を伸ばしてくる。
「見てると、時を忘れてしまう」
「うん」
「明日…早いから、もう…行くね」
「お休みなさい」
「お休み」
何だか、舞ちゃんと話すの、恥ずかしくなってきた。
【客間】
お風呂から出ると、いつものように、凛ちゃんがお茶を持って来てくれた。
慎二は、明日の準備をしている。
ぶーニャンは、僕が持って来たおもちゃのボールを追いかけて、走り回っている。
「凛ちゃん、髪伸びたね」
「伸ばしてるんだ。少しは女らしくしようと思って」
「お姉さんは、女っぽいよな」
「本宮さんは、女っぽい方が好きなんだ」
「それは、菱だよ。ほら、あの写真の人」
あの七夕の日に見た写真の人ね、横向きで、顔は良くわからなかったけど…
何だろう…?
見た瞬間、この人と僕は何か有る…と感じた。
でも、まさかね。
僕の好みって…?
う~ん…
顔の好みの人って、今迄どこにも居ないよな。
有名人の中にも居ないし…
そもそも好みの顔って有るのかな?
ただ…髪だけは有るみたいだ。
長くて綺麗な髪の人って、ちょっと惹かれるかな?
あの写真の人?
いやいや…会った事無いし。
話し方がステキな人が良いな。
まあ、エアグルーヴと話した事は無いけどね。
上品で、嫌味の無い話し方をする人が好きだ。
伊藤恵さんみたいに。
「菱さんて、恋人居るの?」
「ゲホッ」
「去年別れてから、居ないよな」
「居るよ」
「居るの?どんな人?」
「エアグルーヴ」
「馬?ああ、この馬ね…走ってた時、私まだ小さかったから…」
スマホで見ている。
「凄い美人でしょう」
「うん。綺麗な馬」
「彼女だけは、本当に人間の女性と錯覚する時が有って、ドキドキするんだ」
「もう、そのぐらいにしといた方が良いぞ。こいつ、エアグルーヴの話しになると止まらないから、夜が明けちゃうぞ」
「今度ゆっくり聞く。明日釣りで早起きだもんね」
そして翌日、僕達は、海釣りに出かけた。
【漁港】
さ~て、釣るぞ。
糸を垂れる事30分。
来た!
っと、思ったら、イワシ?
これは、ぶーニャンのご飯だな。
そして、ロッドがしなり、魚が走る!
カラフトマス?
粘り強いファイト。
長い闘いの末、カラフトマスを釣り上げた。
慎二は、サケを釣った。
今日の釣果。
サケ1匹、カラフトマス1匹、イワシ3匹。
【春風牧場】
「釣れた?」
「聞かないで…」
喜んでいるのは、ぶーニャンだ。
僕の足に擦り擦り甘えている。
「でも、秋味とカラフトマス有るね、ちゃんちゃん焼きにしようかね」
【キッチン】
僕がキッチンまで魚を運ぶと、さつきさんは、さっそく料理を始めた。
魚を半身に切っている。
隣りで、凛ちゃんが野菜を切る。
お婆さんの畑で出来た、新鮮な野菜だ。
切った魚に塩胡椒する。
鉄板にバターを敷いて、真ん中を開けて野菜を並べる。
真ん中に魚を置いて、調味料…この家は、白味噌に酒とミリン、砂糖少々を混ぜた物を、周りから流す。
そして、上からアルミホイルをかけて蒸し焼きにするんだ。
「ニャー、ニャー」
「ぶーニャン、待ってね」
凛ちゃんは、ぶーニャンのイワシを煮ている。
凛ちゃんの料理がブログに載っているけど、こうやって見ると、手際が良くて上手だな。
お爺さんは、日本酒が好きだとブログに書いて有ったので、美味しい吟醸酒を持って来たんだった。
「ケッ、俺はビールが良い」
「駿は、嫌なら呑まんで良い」
長次さんの事を、皆んなが爺ちゃんと呼んでいるので、僕もそう呼ばせて頂く事にした。
爺ちゃんは、ニコニコしてお酒を呑んでいる。
さつきさんは、鉄板の魚をほぐして、野菜と混ぜている。
「出来たよ」
本場のちゃんちゃん焼き。
「頂きます」
「ニャー」
「ぶーニャンのご飯も、出来たよ」
「美味しい」
「ニャオニャー」
【放牧場】
夕食の後はやっぱり、星の中の馬達を見に行く。
先客…
目が悪いので、ぶつかりそうになるまで気づかなかった。
舞ちゃんが、絵を描いている。
昨日の事を思い出してしまった。
変に意識しないように、って思うんだけど…
「今日は、遅かったのね」
「桜ちゃんと、遊んでたから」
「明日は、帰るんでしょう?」
「うん」
「この時間ぐらいしか話せる時無いから、待ってたの」
待ってた?
皆んなで居る時は、話さないんだよな。
だから、無口なのかと思っていたら、2人だけの時は話してくれる。
いつもは大人しくて、人の陰に隠れているような人だけど…
「見て、ユキの仔、あんなに跳ねてる」
僕の腕に手をかけて、舞ちゃんはそう言った。
「割とバネ有るんじゃない?」
「この牧場で生まれた仔の中では、私が知る限りでは1番ね」
って…
手…どけて…
ドキドキするから。
あ…僕の心臓の音…聞こえちゃいそう。
ユキ…助けて。
のん気に草なんか食べてるし…
「牝馬は、お母さんになって、仔馬と一緒に居る時が一番幸せそうだね」
「そうね、それは、人間でも同じじゃないかしら?」
「そうなんだろうね。結婚して子供が出来ると、女性は夫より子供ってなるらしいね」
「うん。薫さん見ててもそう思う」
「子供が一番になるのは、仕方ないと思うよ。男としては、妻に良い母になってもらいたいんじゃないかな?」
「あら、それで喧嘩する夫婦は多いのよ」
僕は子供が大好きだから、僕より子供が大事な奥さんが良いと思っていたんだ。
相手に子供が居ても良いと、この時はまだそう思っていた。
でも…
本当に誰かを好きになってしまったら、そうではないんだ。
ずっと好きでいたいなら…
愛が形を変えしまうぐらいなら、結婚もしないで離れていた方が良い。
魂が震えるほど好きな相手なら…
【葉月家】
「あの仔馬、少し白っぽくなってきたわね」
秋…
凛ちゃんのブログには、春風牧場の子離れの様子が書かれていた。
ユキの2011は、少し暴れたけど、大きなケガも無かったそうで、やれやれ。
離された翌日は、鳴きながら放牧場を走っていたそうだ。
そしてこの頃、僕は、生まれて初めて本当の恋を知った。
馬じゃなくて、人間の女性に恋をしたんだ。