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『ペガサスが舞い降りる日』“僕の人生を変えた恋人”  作者: 大輝
第26章 エリザベス女王杯そして…
26/30

僕の人生を変えた恋人26

「あっ!」


コユキが前扉を潜ろうとしてる。


ジョッキー下馬。


スターターが降りた。


「パドックでは大人しくしてたのにね」


やっぱり、いつものコユキと違うのだろうか?


「京都競馬11レース。18番コユキは、発馬機内で暴れた為馬体検査を行います」


「大丈夫かしら?」


「故障してないと良いけどなー」


故障…僕は、この物のような言い方嫌いだな。


機械じゃないんだよ。


馬は生き物なんだ。


ちゃんと命も有るし、感情だって有る。


コユキの関係者は皆んな、彼女を大切に扱ってくれる。


G1馬だから余計に神経を使うのも有るけど、新馬の時から大切に扱ってくれていた。


他の厩舎の事はわからないけど、そうでない所も有るのかも知れない。


ジョッキーだって、色々な人が居る。


馬の為よりも、自分の勝ち鞍を優先するジョッキーも居るらしい。


コユキのジョッキーは、デビュー戦からずっと同じ人だけど、彼女の事を一番に考えてくれる人で良かった。


「大丈夫みたい」


「良かった」


外枠発送になったみたいだ。


コユキ、今度は大人しくしてるんだよ。


全馬収まった。


「スタートしました!全馬揃ったスタート。カネノカンムリがハナをうかがいます。カミノクインはここに居ました。カネノホマレは後方から、最後方にコユキです。かなり縦長の展開になりました」


「また一番後ろだなー」


「カネノホマレは、コユキより前に居るわね」


「瞬発力勝負になると、コユキには敵わねぇからなぁー」


「カネノカンムリがリードを広げました。コユキはまだ最後方。どこで動くのでしょうか?」


カネノホマレが少しずつ前に出始めた。


コユキはまだ動かない。


一番後ろのまま、第四コーナーに差し掛かった。


京都競馬場は、第四コーナーで内が開く。


カネノホマレが内をついた。


コユキは行き場を無くして、大外に持ち出された。


「ラスト2ハロン、コユキはまだ後方」


ラスト1ハロンの女だからな、必ず飛んで来るはずなんだけど。


「ラスト1ハロン。カネノカンムリは馬群に沈んだ。コユキは中断。いつものように弾ける足は有るか?1頭抜け出した馬が居る!カネノホマレだ。ようやくコユキが来た!しかし届くのか?」


いつものコユキじゃない。


各馬ゴールになだれ込んだ。


「わずかにカネノホマレが有利か?コユキ及ばず。これは掲示板までか?」


「えっ?!」


ゴール板を過ぎた所で、コユキのジョッキーが下馬した。


「まさか故障?!」


大丈夫だよな?コユキ…


競争中止じゃないんだ、大丈夫、きっと大丈夫。


僕は、自分にそう言い聞かせていたけど、でも、血の気が引いていくのがわかった。



舞ちゃんが走った。


「コユキ!コユキ!」


「大丈夫なんですか?」


「ハ行みたいだよ」


廐務員さんはそう答えた。


ただのハ行なら心配いらないけど…


獣医さんに詳しく診てもらうみたいだ。


「ああ私、どうしてまだ学生なのよ」


舞ちゃんが、歯がゆそうにそう言った。


【厩舎】


獣医さんはまだ来ない。


「私まだ学生ですけど、診させてください」


「え?」


「お願いします」


「私からもお願いします」


お姉さんがそう言うと、じゃあという事で、舞ちゃんがコユキを診察した。


まだ獣医学校の学生なので、医療行為はしてはいけないけれど、それでも応急処置をしてくれた。


「コユキ。必ず無事に春風牧場に帰って来るのよ」


そして、獣医さんに詳しく診てもらったけれど、骨折などは無くてホッとした。


コユキは、この後放牧に出された。


目に見えない疲れも有ったんだよね。


ゆっくり休んで元気になるんだよ。


【アクセサリーショップfleur】


12月、一番忙しい時期だ。


「凛ちゃん、今年は来てくれないんですね」


「ごめんね」


「どうしてオーナーが謝るんですか?」


「いや………」


僕のせいだよな…きっと。


ずっと気まずいままだもんな。


この状態をなんとかしないと。


何より、やっぱり来てくれないととっても寂しい。


そして、2015年。


この秋、怪獣君と姫ちゃんがデビューする。


怪獣君は相変わらずヤンチャみたいだね。


「名前、ハルクンにしたわよ」


春風牧場で生まれた男の子だからハルクン。


「で、あのおっとり姫の方は?」


「姫ちゃんね、何にしょうかしら?」


まあ、ゆっくり考えて。


エアグルーヴの孫だからね、変な名前にしないでよ。


やっぱり、美人なんだよな。


血ですかね?



「それより、菱ちゃん。凛ちゃんの事どうするつもり?」


「どうって?」


「また他の人に取られちゃうわよ」


えっ?


何だか凄く胸が痛んだ。


舞ちゃんの時みたいになるのは嫌だな。


でも中々会えなくて…


3月。


フルーツバスケットの仔が生まれたけど、店が忙しくて行けそうにないな。


駿さんが写メ送ってくれたんだけど。


走りそうな馬体してる。


「その子私が買うわ」


おお!


去年隣の牧場で処分されそうになっていたフルーツバスケットを、春風牧場に連れて帰ったんだ。


あの時怪我をしていたんだけど、良くなって種付けして生まれた仔がこの仔だ。


「また芦毛だね」


「そうね、姫ちゃん以外皆んな芦毛だわ。私見に行って来る」


良いなあ。


残念だけど、僕は店が忙しくて行けないよ。


そして、お姉さんは嬉しそうに北海道へ飛んだ。


【春風牧場】


「こら、ぶーニャン待ちなさい」


「ニャーーー」


「あら、どうして逃げ回ってるの?」


「あ、早紀さん。お姉ちゃんが注射しようとしたら逃げ出したんです」


「舞ちゃん獣医さんになったのね」


「はい。早紀さんはどうして急に?」


「フルーツバスケットの当歳を見に来たの」


「そうでしたか。どうぞ」


【馬房】


「まあ可愛い。この仔ね?お母さん白くないけど、この仔は白くなるんでしょう?」


「芦毛ですね。ちょっと大人しい仔です」


「菱ちゃんが「良い馬体してる」って言ってたけど」


「良いバネしてますよ」


「うちの子になる?」


〈仔馬がお母さんのお腹の下から覗いている〉


「凛ちゃん。どうして菱ちゃんの事聞かないのよ」


「あ……」


「もう好きじゃなくなったの?」


「そうじゃないの。菱さんの気持ちがわからなくて」


「あの子優柔不断だからね。でも、まだ好きなら良かったわ」



【アクセサリーショップfleur】


3月4月は、卒業、入学シーズンで、アクセサリーはよく売れる。


だから、fleurは忙しい。


牧場も、出産、種付けと忙しくしている。


コユキが生まれたのは、3月3日のお雛様の日だった。


あの年は、店はスタッフに任せて、ユキの出産を見せてもらいに行ったんだよな。


「春らしい色のアクセ可愛いですね」


「やっぱりパステルカラーの物が良く出るね」


これ、凛ちゃんに似合いそうだな。


あ…


最近良くこんなふうに思うんだよな。


凛ちゃんだったらどうとか、って。


〈携帯の通知音が鳴る〉


あ、お姉さんから写メだ。


フルーツバスケットの当歳だな。


買う事に決めたんだね。


あ、また来た。


凛ちゃんの写真。


何で?


いつも会っていたら、それほど感じないのかも知れないけど、凛ちゃんまた大人っぽくなって、綺麗になったな。


【葉月家】


4月になった。


コユキは、5月17日のヴィクトリアマイルが春の目標で、その前に大阪杯を使う予定だったんだけど、調子が上がらなくて、ぶっつけでヴィクトリアマイルに向かう事になった。


無理させない方が良いね。


オークス以来の東京コース。


休み明け。


不安材料はたくさん有る。


でも、得意のマイル戦だし、頑張ってほしいな。


「先生がね「宝塚記念にも出したい」って、仰ってたわよ」


頑固姫スイープトウショウみたいに勝ってほしいな。


その前に、ヴィクトリアマイルだ。


「姫ちゃんの名前ね、ヒメチャンのまま登録するわ」


前に僕が、おっとり姫なんて言ったから、もう少しでオットリヒメで登録されるところだったんだ。


彼女は奥手な血統で、デビューは遅くなりそうだね。


「凛ちゃん、ヴィクトリアマイルには来るって、言ってたわよ」


「そうなんだ…何で僕には言わないんだろう?」


「菱ちゃんの気持ちがわからなくて不安みたいよ。優柔不断もいい加減にしなさいよ」


そうか…


僕の気持ちって、そう言えば、最近あの写真の人ペルソナの事を思い出す事が殆ど無くなったな。


もう、あの頃の気持ちとは完全に違っている。



そして、5月。


「アーオン」


「どうした?二コロ」


「ミュー、ミュー」


え?子猫の鳴き声?


テラスをそっと見てみると、ノラちゃんが赤ちゃんを連れて来てる。


生後1ヶ月ぐらいかな?


どこで産んだんだろう?


ノラちゃんは、うちの物置の中で寝たりするんだけど、子供を産むのは安全な場所じゃないといけないからね。


うちは他の猫も来るから、どこか別の場所で産んだみたいだ。


ちょっと前までお腹が大きかったんだけど、急にほっそりして、生まれたな、と思ってたんだよな。


いつもはずっとうちに居るのに、ご飯を食べると急いて帰ってたもんね。


ちゃんと子育てしてたんだね。


「ノラちゃん。たくさん食べるんだよ。赤ちゃんにお乳をあげないといけないんだからね」


チビ達は、物陰に隠れちゃった。


残念だけど、そのぐらい警戒心が無いと危ないからね。


ちゃんと大きくなるんだよ。


次の日曜日は、いよいよヴィクトリアマイルだ。


コユキの仕上がりは、8割ぐらい。


後ひと追いで、どれだけ変わるかだな。


女の子の体調管理は難しい。


追い切りの映像を見てみた。


コユキはG1馬だから、調教でも名前入りのゼッケンをつけている。


白い馬体が販路を駆け上がって行く。


九分通り仕上がった感じか。


牝馬限定とは言えG1だからな。


絶好調で向かいたいところだけど…


放牧から帰ってから、体調管理が大変だったみたいた。


最終追い切りも、併せ馬で一杯に追うと体重が減り過ぎるので、販路で馬なり。


3歳の時より成長しているはずだから、+体重で出したいところだろうけど…


このところ飼食いが悪くて、あまり増えていないらしい。


コユキ、ちゃんと食べるんだよ。



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