僕の人生を変えた恋人23
10月、怪獣君が怪我をしたと、春風牧場から連絡が有ったんだ。
一瞬血の気が引いた。
サラブレッドはガラスの足、暴れてラチに足をぶつけて怪我をしただけでも、命取りになりかねない。
僕の好きだった馬で、それで予後不良になった仔も居るんだ。
幸い怪獣君は、トモを少し痛めただけで、大した事はないみたいで良かったけど…
お姉さんが泣くので、北海道に飛んだ。
本当は、舞ちゃんからちゃんと聞いて安心したんだけど、彼に会いたいみたいだ。
怪獣君のあのヤンチャな気性が可愛くて好きなんだって。
可愛いに決まってるよ。
コユキの弟だもん。
ユキが産んでくれたんだよ。
春風牧場で生まれたんだもん。
そりゃあ可愛いさ。
【春風牧場の怪獣君の馬房】
「思ったより元気で良かったわ」
あんまり懲りてないみたいだね。
僕の服を噛んで引っ張ってる。
「ニャー」
「やあ、ぶーニャン」
足にスリスリして甘えてくる。
あ、怪獣君の馬房に入って行った。
大丈夫か?
大人しくしている大丈夫だね。
そう言えばコユキも、ぶーニャンを踏まないように気をつけてたっけ。
「こら、ブタ猫。仕事だぞ」
「ブタ猫はひどいわね」
確かに太ってるけど…
駿さんがぶーニャンを抱いて行った。
触れ合い牧場で、サフランと仲良ししてる姿が大人気で、お客さんが写真を撮るんだ。
「私達も行ってみましょう」
「うん」
【触れ合い牧場】
わあ、サフランの背中にぶーニャンが乗ってる。
撮影会みたいになってるぞ。
フラッシュは禁止だけどね。
僕の恋人エアグルーヴは、秋華賞のパドックのフラッシュ撮影でイレ込んで10着。
レース中に骨折していた。
それ以降パドックではフラッシュ撮影禁止になったらしい。
「ねえ、菱ちゃん。そろそろ恋人が馬って、いい加減にしなさいよ」
「はい…」
あ、凛ちゃんが帰って来た。
僕の顔を見て恥ずかしそうにするから、こっちまで恥ずかしくなっちゃうよ。
今までこんな事無かったのにな。
【ダイニングキッチン】
「わ〜、ルイベ美味しい」
「本当ね」
「そんなに喜んでもらえたら、嬉しいねー」
料理が美味しいと、お酒が進む。
外は寒いけど、家の中は暖かいから、駿さんは、半袖でビール呑んでるな。
お姉さんは、白ワイン。
爺ちゃんと僕は、日本酒だ。
「本当に、こっちに家を建てて住みたいな」
「だから、凛と結婚して住めば良いって言っただろ」
「お兄ちゃん…もう酔ってるの?」
「酔ってねえよ」
「でも、店が有るからな」
「東京と半々にしたら?お店は、私が見てあげるから」
「それは助かるね」
「いつ結婚するんだ?」
「まだ付き合ってないし」
「じゃあ付き合え、今すぐ付き合え」
「もう、お兄ちゃんたら」
「ここで凛と付き合うって、宣言しろ」
「ちょっとやめてよ」
「こうでも言わねば、こいつ、いつまで経ってもどうにもなんねーだろ」
「うん…凛ちゃんが良かったら…その…」
「付き合うか?」
「うん、そうだね」
「あら、言ったわね、良い子良い子」
「聞いたぞ。まだ酔ってねえから明日ちゃんと覚えてるからな」
「フフフ」
「凛はどうなんだ?ちゃんと答えてやれ」
「お兄ちゃん、無理矢理言わせてない?」
「ちょっと強引だったか?」
「凛ちゃんは嫌なの?僕と付き合うの」
「嫌なわけないでしょう。でもお兄ちゃんに無理矢理言わされた感じで…」
「ごめんね、こんな形でしか言えなくて」
「本気なの?」
「うん」
「良し、呑め呑め」
「良かったねー、凛」
「お母さん」
「はーい、毛蟹食べてー」
【凛の部屋】
〈ぶーニャンを抱く凛〉
「ねえぶーニャン。菱さん本気だと思う?」
「ニャ?」
本当は、私の事どう思ってるんだろう?
本当に好きって思ってくれてないなら…嫌だな。
【ユキの馬房】
翌日ユキの馬房へ行くと、彼女は顔を出して僕を待っていてくれた。
「おはよう、ユキ」
皆んな蹴散らしてボスになったぐらい気が強いのに、甘えん坊だ。
駿さんが、馬達を引いて放牧場に連れて行く。
隣はサフランで、反対側はフルーツバスケット。
あれ?ぶーニャンが出て来た。
「最近ここに入り浸ってるな」
「ぶーニャンが良く行く馬房の繁殖って、良い仔を産む気がするわ」
「気のせいだろ」
「だって、コユキの時もそうだったし、怪獣君の時もよ」
「ユキと仲が良いだけでねえのか?」
駿さんはそう言うけど、僕は、舞ちゃんの話しを信じたいな。
怪獣君は、走ってみなければわからないけど、それでも駿さんも馴致の時に手応えを感じていたみたいだ。
「フルーツバスケット。良い仔を産んでね」
賢くてしっかりした性格。
似ると良いね。
「ねえ菱ちゃん」
「うん?」
「凛の事…ちゃんと考えてやってね」
「うん」
「遠距離で大変だと思う。私、凛の気持ちわかるから」
わかる…か…
今はどうなの?
もう、大丈夫?
僕が凛ちゃんの事好きになっても、舞ちゃんは大丈夫なの?
「おーい、ブタ猫。またここに戻ってたのか。仕事だぞ」
「ニャー」
駿さんが、フルーツバスケットの馬房で寝ていたぶーニャンを連れて行った。
「いい加減、ブタ猫って呼ぶのやめてくれないかしら」
本当だよね。
それでも、ちゃんと可愛がってくれているみたいだ。
【婆ちゃんの畑】
「菱ちゃん、どこさ家建てるつもりだべか?」
「うちの隣さ建てたら良いべさ」
「んだなーや」
ああ、爺ちゃんと婆ちゃん、あんな事言ってるな…
本当にそうなりそうな気がしてきた。
でも、凛ちゃんと結婚て言うのは…
昨日から彼女と話してないよ。
【触れ合い牧場】
何か…凛ちゃんとは気まずい感じだな。
昨日の事が有ってから、話さないまま学校に行っちゃった。
今日は、帰らないといけないのにな…
僕がいけないんだ。
はっきりしないから。
色々考えちゃうんだよな。
舞ちゃんと凛ちゃんは姉妹だし、2人とも僕の事を思ってくれていて、舞ちゃんは馬達の為に、いや、僕の為に樫野さんと付き合う事にして…
僕はまだ、写真の人、ペルソナの事を忘れたいのに忘れられないでいる。
今はもう、あの頃の気持ちとは違うけど、それでも毎日思い出してしまうんだ。
もう好きじゃないな。
でも、忘れられない。
彼女、相変わらず僕のブログにアクセスして来ているみたいだ。
ブログを始めた頃は、彼女の事だけを思って書いていたんだ。
彼女が読んでくれるから…
それだけで毎日書いていた。
今日も読んでくれるかな?
そればっかりだった。
忘れなければ。
凛ちゃんと付き合うなら。
もう、皆んなの前で、付き合うと宣言してしまったんだから。
サフランが、ぶーニャンを背中に乗せて、ラチの所に来た。
「ぶーニャン。凛ちゃんに宜しくな。僕はもうすぐ帰らないといけないんだ」
「ニャー」
【葉月家】
結局凛ちゃんと会えないまま帰って来た。
今度会えるのは、秋華賞の日だな。
凛ちゃんが来れば、だけど…
華ちゃんを連れて来て、って駿さんに頼んでおいたんだ。
華ちゃんは、秋華賞の翌日10月20日に1才になるんだよな。
コユキ。
頑張って、華ちゃんにお誕生日のプレゼントをするんだぞ。
数日後、怪獣君は怪我も良くなって、元気に走り回っていると連絡が有った。
あれから凛ちゃんからは、メールが来ていない。
彼女には何か考えが有るのだろうから、こちらからするのはやめておこう。
寂しいけどね。
秋華賞には慎二も行けるって言ってた。
早く行って、横断幕を張るんだ、ってはりきってたな。
214年10月19日。
京都競馬場、秋華賞、晴れ、良馬場。
「牝馬のG1は華やかで良いわね」
良馬場で良かったね。
コユキの切れ味も生きる。
【馬主席】
「金成オーナー、こんにちは」
こっちに気づいているのに知らん顔の金成オーナーに、お姉さんの方から挨拶した。
「おや、まあ、葉月さん」
今日は「誰やったかいな?」は無し?
「まあ、お互い頑張りましょな」
頑張るのは馬だけどね。
応援頑張りますか。
オークス馬カミノクインも無事駒を進めて来ている。
オークス以来の直接対決だ。
頑張ってくれよ、コユキ。
今日も皆んなとはパドックで待ち合わせだ。
【パドック】
「お兄ちゃん」
桜ちゃんが、僕を見つけて飛びついて来た。
華ちゃんは、ママが抱っこしてるんだね。
凛ちゃんが居ないけど…
「今日は、桜も華も連れて来るからねー「お兄ちゃんとお姉さん一緒に行っておいでよ」って言ってくれて」
「馬の世話有るから、凛は来なかった」
そうなんだ…何だか…
「寂しいか?おい、寂しいか?」
先に言われちゃった。
「コユキ来たよ」
「来たね」
今日は、3番だ。
2人引きで、きびきび歩いてる。
少しうるさいところを見せて、いつものコユキだな。
ローズの時は、あんまり大人しいんで心配したけどね。
「圧倒的1番人気だな」
「ローズ、強い勝ち方したしね」
「カミノクインが2番人気」
「距離は大丈夫だよな?」
「走れると思うよ」
【スタンド】
本馬場入場だ。
コユキは3番。
あれ?来ないぞ。
また後出しか?
「樫の女王が入って参りました。初めての京都でもこの落ち着き。怖い物は何も無い。主役は私。カミノクイン」
カミノクインは12番。
コユキ、やっぱり最後だな。




