僕の人生を変えた恋人19
舞ちゃんと凛ちゃんが僕の事を思ってくれている。
舞ちゃんは、馬達の為に飼料の会社の人と付き合うって本当かな?
僕が功労馬牧場を作るって言ったからだよな。
何も考えないで、繁殖牝馬全部買い取ったりしたから…
でも、あの馬達を、あのまま放っておくなんて、僕には出来なかった。
幸いどの馬もまあまあ血統は良かったから、どんな仔を産んでくれるか楽しみだね。
あれから凛ちゃんとメールしてないな。
僕は、相手が誰でもこちらからメールをする事は滅多に無いんだ。
来れば必ず返すけどね。
今は、春風姉妹とは何と無く気まずい感じだな。
だって仲良し姉妹だよ。
僕がどちらかと付き合ったりしたら、どうなっちゃうんだろう?
そんな事を考えていたら、メールが来た。
え?駿さんから?
「隣から来た繁殖牝馬は、皆んな検査の結果異常無しで、うちのと一緒にしたぞ。フルーツバスケットも、順調に回復してるから心配すんなv(^_^v)♪」だって。
良かった。
「忙しそうだね(^^;;」と返した。
「ああ、もう、わんやわんやだf^_^;」と返って来た。
大変そうだな…
「誰がボスになったと思う?」と送って来た。
誰だろう?
「ユキの奴、皆んな蹴散らして、ボスに収まったんだd(>∇<;)」だって。
あいつ、気が強いからな。
舞ちゃん達はどうしてるんだろう?
そう思ったけど、聞かなかった。
余計な事は言うな聞くな、の僕の性格が、そうさせなかった。
牧場の工事も始まった。
高齢の牝馬サフランも、普段は他の馬と一緒に放牧をして、あの海外の牧場の話しみたいに、良い保母さんになってもらいたいな。
そして、牧場見学の時間は、ふれあい牧場に移すんだ。
あの仔は大人しいからね。
ぶーニャンとも仲良くしているみたいで、背中に乗せてる写真がブログに載っている。
【葉月家のリビング】
「ニャー」
あ、テンちゃんの猫走りが始まったぞ。
カーテンレールに登ってる。
ぶーニャンは太ってるから、乗れないだろうね。
「テンちゃん、それは無理だよ」
シャンデリアに飛び移ろうとしている。
「危ないから」
「ワーオン」
ワガママ猫のニコロが良い子に見える。
ニコロがワガママなのは、食べ物だけだもんね。
テンちゃんは、悪ガキ君で困るよ。
「菱ちゃん。お母さんと築地に行って来るから、誠お願い」
「了解」
あの方向音痴の母を1人で行かせたら、大変な事になるもんね。
前に、姫路の伯母が来た時、吉祥寺でコーヒーの美味しい店を見つけたんだけど、それから何度探しても2度と行けないし…
いつも行くお店で服を買おうと思っても、どこだかわからなくて、近くのお店の人に聞いたら、目の前だったり…
そんな話しなら、山ほど有る。
【子供部屋】
「あ、誠。その縫いぐるみ」
「コユキ!」
「可愛いなあ」
桜花賞の肩掛けをしたコユキの縫いぐるみで、甥の誠が遊んでいる。
実は、僕がお姉さんにグッズ製作の話しをする前に、製作会社の方からオファーが有ったらしいんだ。
僕に相談したかったんだけど、店の方が忙しかったし、お姉さんも会社の経理やなにかで忙しくしてたから、忘れていたんだって。
「あー、ダメー!」誠が叫んだ。
ブルーちゃんがコユキの縫いぐるみを咥えて走って行っちゃった。
構ってほしくて、縫いぐるみに焼きもちを妬いているんだね。
「何で縫いぐるみと遊んでるの?ボクと遊んでよ」って。
ブルーちゃんは優しいから、そーっと咥えてる。
「ヨダレでベトベトになっちゃう」
誠が困った顔でブルーちゃんを見ている。
慎二が来たみたいだ。
声が聞こえる。
「おばちゃん、何、マグロ?」
【キッチン】
「わー、そんなの釣ってみたいなー」
「慎ちゃんも食べて行くでしょう」
キッチンに行くと、母が大きなマグロと格闘していた。
「兄貴にやってもらえば良いのに」
「まだ帰ってないのよ」
ああ、またマグロ1匹買って来ちゃって…大食いの親父が居ないんだから…
これは当分マグロが続くな。
【ダイニング】
夕食は、マグロ尽くし。
刺し身に、照り焼き、ハーブ焼き、兜焼き…
犬と猫達も、マグロを煮た物を食べている。
ブルーちゃんは食いしん坊だから、テーブルの横に座ってジッと見ている。
「これは、味がついてるからダメ」
誠に言われてる。
「慎ちゃん、照り焼き助けて」
「うん。頂いて帰る」
慎二に持って帰ってもらっても、まだ余りそうだね。
毎日の事だけど、母は、余るほど作らないと気が済まないんだ。
「もう無いの?」って言われた時「まだ沢山有るからね」って言いたいんだって。
田舎の大家族で育ったから、この癖は治らないらしい。
それにしても…いつも、何日分?て言うぐらい作る。
母の料理は、田舎料理とか煮物が多いんだ。
【菱の部屋】
慎二と一緒に毛針を作っている。
「忙しくて、釣り行けなかったな」
「うん」
「夏、また北海道に行きたいな」
「その頃には、牧場見学出来るようになるよ」
「舞ちゃん本当に樫野って人と付き合うつもりかな?」
「わからない」
「お前それで良いのかよ?」
樫野さんは、駿さんの高校時代の同級生で、その頃から舞ちゃんの事が好きだったらしい。
「菱。いい加減あの写真の人引きずるのやめろよ」
もう嫌なんだけど、毎日思い出してしまう。
自分でもどうにも出来ないんだ。
「香里奈さん踏んづけたみたいな顔してるよな」
「香里奈さんは、踏んづけない方が良いね」
「それが一目惚れした奴のセリフか?」
「初めて見た写真は横向きだから、顔はわからなかったよ」
一目惚れと言うより、魂が何か感じたんだね。
もう…忘れたい。
あの人の事は…
「お前、気が抜けたシャンパンみたいな顔しやがって」
「どんな顔だよ~」
そうだ、コユキがオークスを勝ってくれたら、シャンパーニュを開けよう。
ボランジェが取って有るんだ。
「あのなあ、馬が恋人っていうのも、いい加減にしろよ」
あんな可愛い姉妹に思われて、何躊躇してるんだ?って慎二は言うけど、2人が姉妹だから余計に悩むんだよな。
春風姉妹だって同じだと思う。
それでもしばらくすると、凛ちゃんからメールが来た。
牧場の工事も順調で、ネットでのグッズの予約も入っているし、ハンドメイドのアクセの製作に追われて、毎日忙しくしているみたいだね。
「フルーツバスケットも、種付け出来たわよ(*^_^*)」
「どんな仔を産んでくれるか、楽しみだね( ´ ▽ ` )ノ」
そんなやり取りをした。
いつもの凛ちゃんだな。
良かった。
そう思っていたら、またメールだ。
「菱なにやってんだ!舞の奴、樫野と付き合い始めたぞ!お前が煮え切らないからだ(♯`∧´)」って、駿さんからだ。
そうか…
やっぱりショックだった。
良い人だ、って、言ってたな…
【bar】
「舞ちゃんが他の人と付き合うなら、凛ちゃんの気持ちに応えてやっても良いんじゃないか?」
「そんなに簡単にいかないよ」
「お前がぐずぐずしてるなら、俺、復活するぞ」
「復活?」
「凛ちゃんの事だよ。もう一度アタックする」
「だって、慎二彼女居るのに」
「彼女出来たって、すぐに忘れられるもんじゃないからな」
「そんなもんかね」
「お前は、好い加減あの写真の人の事は忘れろよ」
わかってるよ。
はあ…早く忘れたい。
本当は、小さくて可愛らしい女性が好きなのになあ…
凛ちゃんみたいに。
それでも日曜日は、彼女が夫と会っていると思うと、荒れて呑むんだよな。
日曜日は、ボランティアと言っているけど、ご主人の所へ行っているんだよな…
魂が泣くんだ。
「何で他の人と」って…
好い加減にしろ、僕の魂。
「ああ、凛ちゃん、可愛いよなあ」
慎二、少し酔ったみたいだね。
コユキは調教も順調で、飼い葉も良く食べるので、絞るのが大変みたいだ。
雑誌に載っている。
オークスの2400mの距離を不安視する記事も有るけど、血統的には大丈夫じゃないかな?
距離を経験していないのは、どの馬も同じ。
コユキは、初めての距離もだけど、東京コースを経験してないし、輸送も有るし…
それに…
彼女は、桜花賞馬。
今度は、マークされる立場だ…
でもまあ、不安材料は沢山有るけど、桜花賞馬として恥ずかしくないレースをしてくれると思うよ。
お姉さんは「無事に回って来てくれればそれで良い」って言っている。
勿論僕もそう思うけど、オークスは僕の1番好きなレースだからな…
ダイナカールとエアグルーヴの母仔が勝っているレースだ。
無事に回って来て、そして先頭でゴール板に飛び込んでほしい。
オークスの日には、駿さんも来るって言ってたな。
「東京だから俺も応援に行くぞ。俺だってあいつの出産に立ち会ったんだ。可愛いに決まってる」
慎二、コユキのグッズ買い込んでたよな。
「横断幕作ったからな、早めに行くぞ」
「いつの間に?」
「横断幕は、縦1m横3m以内の布かビニールで、四隅に紐がついてないといけないんだ」
どんなの作ったんだろ?
楽しみだな。
「早い者勝ちだから、早く警備本部に行って受け付け済ませないとな」
そうなんだ…
僕は、そういう事は何も知らなかった。
2014年5月25日日曜日、いよいよオークスだ。
慎二は朝一番で行くから、先に1人で行くって言っていたけど、僕はお姉さんと一緒だから、気を使ってくれたんだな。
横断幕楽しみにしてろ、って言っていた。
【馬主席】
「おや、葉月さん。来てはったんでっか」
「こんにちは。晴れて良かったですね」
「今日は、負けへんからな。騎手も替えたしな」
また金成オーナーだ。
いつもより少し大人しいような気がするけど…気のせいか?
皆んなとは、いつも通りパドックで待ち合わせしている。
春風姉妹とは、あの日以来だ。
舞ちゃんは、もう、樫野さんと付き合ってるんだよな…
【パドック】
「わあー、見て、コユキの横断幕があんなに有るわ…こんなに応援してもらって嬉しいわね」
「おい、こっち、こっち」
「慎二君が作ってくれた横断幕って、これね…ありがとう」
綺麗なピンクの布に「頑張れ春風牧場の馬コユキ」って白い文字で染め抜いて有る。
「コユキ、1番人気だぞ」
そうだよね、桜花賞馬だもんね。
桜ちゃんが、僕の服を引っ張っている。
「ハイハイ、抱っこだね」
「桜。大きくなっても、こんな優柔不断な男を好きになるんじゃないぞ」
「ゆーじゅう?」
舞ちゃんと目が合った。
何だかまだ少し気まずいよな…
「コユキ、来たー」
「来たね」
馬体は、良い感じだけど…
何だか今日は、いつもより入れ込みがキツイみたいだぞ。
2人引きだけど、チャカチャカしてるな。
あ、尻っ跳ねしてる。
【スタンド】
いつも通り、僕の膝の上には桜ちゃん。
隣にはお姉さんが座っている。
「桜、パパが抱っこするか?」
「嫌」
反対の隣には、駿さん。
いつもなら、舞ちゃんなんだけど…
凛ちゃんと慎二と3人で楽しそうに話してる。
凛ちゃんも、僕の事が好きなの?
こうして見ていると、そんな感じはしないけど…?
まあ、本人は何も言ってなかったし、あの時は駿さん酔っていたからね。
「コユキ、入れ込んでたな」
「うん。いつもよりチャカついてたね」
本馬場入場だ。
コユキは3番だけど、まだ来ない。
他の馬は次々と入って来るんだけど…
「16番カネノカンムリが入って来ました。今日も大逃げを見せるんでしょうか?私だって重賞ウイナー、単騎で逃げれば怖いぞ、カネノカンムリ」
「お兄ちゃん、コユキ来ないね」
「来ないね」




