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僕の人生を変えた恋人18

「怖かったね、嫌だよね、良し良し。新しいお家に行こうね」


馬の鼻を撫でながら話してたら、涙が出て来た。


兄貴が居たら「だからお前は甘いんだ」って言われそうだ。


血統も確かめないで、7頭全部買ってしまった。


お姉さんの貯金通帳のおかげで買えたんだ。


「お前、何やってんだー?」


駿さんだ。


来てくれたんだ。


「ああ、この人確かにウチの社長の葉月です」


「え?社長かい、そうかい。いやー若いのが1人で来て繁殖全部買うなんて言うもんでねー、一応確かめないといけないと思ってねー」


「お前泣いてんのか?」


「駿さん、繁殖増やしたい、って言ってたでしょう?」


「菱は、反対してたでねーか」


菱だって。


初めて名前で呼んでくれた。


「馬運車呼んだからな」


「無理矢理車に押し込んでたんだ。ケガしてないかな?」


「後で舞に診せるから、心配すんな」


馬運車が来た。


今度は、大事に扱ってほしい。


「気をつけて乗せてくれ。ケガしてるのが居るかも知んねーからなー」


駿さんが言ってくれた。


「あの、俺達雇ってもらえませんか?」


「ああん、馬を乱暴に扱う牧夫はウチでは雇えねー。社長が泣くからな」


「乱暴って、処分するはずだったから」


「その考えが春風牧場には合わねんだ。悪いなー」


何だか嬉しかった。


「何笑ってんだ?さっき迄泣いてた奴が。俺はまだお前を認めたわけじゃねえからな。舞も凛もお前のせいでおかしくなってまったし、もう来んな」


憎まれ口は相変わらずだけど、初めて会った頃とは確かに違っている。


「ほら、早く乗れ」


【春風牧場】


僕は、駿さんに車に乗せてもらって春風牧場に戻った。


馬運車が先に着いていた。


牧場の人達が皆んな出て来て待っていた。


今日は日曜日で、皆んな居るね。


「本当に全部買ったのかい?」


「爺ちゃん、済みません。相談もしないで」


「なんもだー」



「ウチの馬達とすぐに一緒には出来ね。舞!診てやってくれ!」


「はーい」


舞ちゃんの診察が始まった。


1頭跛行してる。


「この仔、球節を痛めてるわ。腫れて熱を持ってる」


舞ちゃんはまだ学生だから、医療行為は出来ない。


獣医さんを呼んだ。


「球節炎ですね、どうします?」


どうします?って、治療するに決まってる。


競走馬や繁殖は、ケガをすると治療費がかかるので、すぐに処分するとネットで見たんだ。


ケガをしても治療して大切にされるのは一部の馬だけだと…


過去にG1を勝って種牡馬入りした馬が行方不明で、処分されたのではないか?と噂になったとも書いて有った。


良い仔を産まない繁殖牝馬も、処分されるって。


本当だろうか?


兄貴は「ただ馬が好きなだけなら、知らなくて良い事も有る」と、言っていたけど。


処分?


そんなに簡単に?


物じゃないんだから…


この仔はまだ6歳だよ。


元気になって、ユキみたいに楽しそうに子育てしてほしい。


牝馬は、子育てしている時が一番幸せそうだもんね。


「フルーツバスケット、頑張って治すんだよ。来年はお母さんになろうね」


「ちゃんと治療すれば、今年種付け出来ますよ」


「良いお婿さん探してやんねとねー」


「海外の話しだけど、繁殖を引退した牝馬が、若い馬と仲良くして、他の馬の子供達を可愛がっていた、という記事を読んだ事が有るの」


そうだ、こんな記事を見つけた、って、いつも凛ちゃんとメールで教え合ってるんだ。


「イギリスの牧場みたいに、最後まで馬を大事にしたいわね」


「出来るよね?菱さん」


「うん、しよう。今はまだ大変だけどね」


「菱の奴、隣の牧場買い取ったんだ」


「わー、本当?」


そうだった。


まだ皆んなに話してなかったんだ。



「繁殖も増えたし、人手が足んないねー」


「隣の牧夫は、どうしたの?」


「こんなケガさせてー。あんな奴ら雇えるか!金だってかかるしな」


「桜手伝う」


「桜は、まだ馬引けねえだろ」


「ご飯あげるもん」


「ワシもまだまだ動けるよ」と、爺ちゃんが言った。


「俺が頑張るしかないっしょ」


「婆ちゃんが華見てくれるから、私も手伝えるよ」


「華ちゃん。お姉ちゃんと一緒に、お馬さんにご飯あげよ」


桜ちゃんは、お姉ちゃんぶって可愛い。


「良い家族だな」


「菱ちゃんが来るようになって、うちも変わったのよー」と、さつきさんが言った。


僕が来てから馬に対する考え方が変わって、家族の絆も強くなったのだと言ってくれた。


【ダイニングキッチン】


「ほら呑め」


駿さんが、ドン!と焼酎の瓶を置いた。


「何で割る?」


「僕はロックで」


「凛。氷持って来い」


「はーい」


「へー、じゃがいも焼酎って有るんだ…」


「菱ちゃん昨日誕生日だったってー?もっとご馳走用意出来たら良かったんだけどねー」


「ここで頂く食事は、僕にとってはいつもご馳走です」


「こいつ、調子良い事言いやがって」


そして、駿さんは少し酔ったようで…


「お前、舞と凛どっちが好きだ?」


どっちって…


「ちょっと、何言ってるの、お兄ちゃん」


「大事な話しだ、凛は黙ってろ」


今は…


答えられないよ。


「どうした菱、どっちが好きだ?」


「やめて、私、樫野さんと付き合う事にしたの」


え?


「樫野が前から舞の事が好きだった事は、俺も知ってるー」


樫野さんて、どこかで聞いた事が有るぞ。



付き合う事にした?


そう…なのか…


「樫野と付き合うのは、菱の為だろ」


えっ?!


「こいつが功労馬牧場作るからだろ?樫野と付き合えば飼料が安く手に入るからじゃないのか」


「それは…」


そうか、樫野さんて、飼料の会社をやってる人だ。


「舞ちゃん、それは本当なの?」


「確かに、功労馬牧場を作る話しをしたら、飼料を安く分けてくれるって言ってくれたわ」


「僕が功労馬牧場作るなんて言ったから」


「樫野さんは、良い人よ」舞ちゃんは、僕の言葉を遮るように言った。


「お前は、好きな男の夢の為に、他の男と付き合うのか!?」


「大きな声を出さないで。酔うといつもこうなのよね」


「舞ちゃん」


「明日は、きっと覚えてないわね」


「舞ちゃん、功労馬牧場はもう少し先だから、ユキの仔が戻って来る迄に作れば良いから」


「それじゃ遅いの」


「どうして?」


「今日来た繁殖牝馬の中に、1頭年を取った仔が居たわ。あの仔、もう受胎は難しいかも知れない」


「そうか、でも」


「お姉ちゃん、さっき海外の牧場の話しをしたでしょ、大丈夫だよ」


「凛!お前だって、初めて菱と会った時から好きだっただろ、ウィーっ」


「お兄ちゃん!もう、酔っ払い」


「そんな話し、私知らなかったわ」


それから2人は黙ってしまった。


何だか気まずそうだ。


……僕のせいか。


そう言えばさつきさんが、お互いに遠慮している、と言っていたよな。


もう、気づかなかった、なんて言えないぞ。


ちゃんと考えないと。


次の日、駿さんは、昨日の事は所々覚えていなかった。


【放牧場】


やっとユキと会えた。


去年不受胎だったから、今年は子供を連れてなくて寂しそう?


寂しいのは、ユキの赤ちゃんを見れない僕か。


凛ちゃんの話しみたいに、他の馬の子供を可愛がっていた。


「勲章の母さんだからねー、若い繁殖のお手本になってるのよー」と、さつきさんが教えてくれた。


ユキも今年14歳だからな、受胎率も下がって来てるよな。


そうだ、舞ちゃんが言っていた高齢の繁殖牝馬を見に行こう。



隣の牧場から来た馬達は、検査の結果が出る迄一緒に出来ないので、他の放牧場だ。


居た。


綺麗な栗毛馬、サフラン20歳。


「大人しいな」


「展示したらどうだ?」


「だって、見学お断りって」


「あの時はな。コユキが桜花賞勝ってから、見学希望の問い合わせが多いんだ。グッズは無いか?とか」


「グッズ作る?」


「桜花賞馬だぞ、作らないでどうする。お前に任せといたら牧場潰れる。少しは収入になる事考えろ」


僕だって、前から考えていたよ。


牧場見学を出来るようにして、ショップも作りたい。


ショップには、凛ちゃんのハンドメイドアクセサリーも置こうと思う。


いずれは、種牡馬施設だって作りたいし…


「あのノラ猫、招き猫にならないかな?」


「ぶーニャンね、もうノラちゃんじゃないよ」


「そうだったな。コラ、ぶーニャン。うちの猫なら仕事手伝えー」


「ニャー」


「食ってばっかりで、また太ったんでねえか?」


お姉さんに電話で相談した。


折り返しかかって来た。


兄貴が、建設会社を手配したので、午後から来るそうだ。


「へー、やる事が早いんでないかい」


「父の仕事関係の会社だから」


「葉月社長って、都市再開発の仕事してたんだっけな」


「それもしてたよ」


サフランが甘えてきた。


僕はいつもニコロにするみたいに、顔に擦り擦りした。


彼女も頭を擦りつけて甘える。


「お前、嬉しそうだな。こいつの身の振り方が決まってそんなに嬉しいか?」


「春風が幸せを運んで来てくれた」


「あん?風…吹いてねえぞ」


「春風牧場の事だよ」


ただ馬が好きなだけの僕が、初めてここに来たのは春。


初めて馬の出産に立ち会ったのも、その仔が桜の女王になったのも春だ。


そして、もう少しで処分されそうだったこの仔達に、新しい家を用意出来た。


「おお、風、吹いて来たぞ」


「シルフィード」


「何だそりゃ?」


「風の精だよ」


「男か?」


「女性だから、優しい風かな?」


「バカでねえか。春の風は激しいんだぞ。だけど、追い風になってくれたら良いなー」



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