僕の人生を変えた恋人10
2013年4月24日、悲しいニュースが飛び込んで来た。
23日午後23時、エアグルーヴが神に召された。
出産後内出血のため死亡したとの事だ。
20歳だった。
フォーレのレクイエムで送る事にした。
一足先に逝った娘の所へ行ったんだ。
僕の人生を変えた恋人、永遠にアデュー。
舞ちゃんと凛ちゃんがメールで慰めてくれたけど…
そして、お姉さんも。
「菱ちゃん…大丈夫?」
「くっ…」
「泣いて良いのよ。泣くだけ泣いたら早く立ち直って」
「うん」
止めようと思っても、涙が後から後から溢れてくる。
「菱ちゃん…」
「…」
「ユキの仔、名前決まったわよ」
そうだった。
いつまでも泣いていられないんだ。
ユキの2011。
カッコ良くて難しい名前より、誰にでもわかる名前が良いって、お姉さんがつけた名前は「コユキ」
ユキの仔だからコユキだ。
コユキは女の子だから、牝馬のレースが多い西が良いだろうと、栗東の厩舎に預けられた。
輸送が少ない方が良いからね。
デビュー戦に向けて調教されている。
そして、春風牧場では、ユキの2013が生まれた。
コユキの弟だ。
血統が良いから走るとは限らない。
ユキのように、そこそこの血統の繁殖牝馬の仔でも走るかも知れない。
これは、走ってみなければわからない。
それが、競馬の面白いところだ。
どんなに良血でも、一勝を挙げるのが大変なんだ。
デビューから応援してた馬で、強かった仔と言えばオルフェ君。
あの暴れん坊の三冠馬オルフェーヴルだ。
デビュー戦では、勝利後騎手を振り落として放馬。
菊花賞でも、三冠達成後騎手を振り落とし、森澤さんに引かれてウイニングラン。
凱旋門賞では、勝ったかと思ったら内にささり2着、翌年も2着。
ラストランの有馬記念では、4コーナー先頭で、直線軽く流して8馬身突き離す圧勝。
僕は、こういう馬が好きだ。
そしてまた、僕の好きな気難しい怪物オルフェ君や、頑固姫スイープトウショウを、愛情を持って優しくエスコートする、池添ジョッキーが好きだな。
そして夏…
僕達は、北海道に行った。
【春風牧場】
2才になった桜ちゃんが迎えてくれた。
僕の足にしがみついてくる。
「覚えてた?」
「にい…ちゃ」
うわ~可愛い~
抱っこした。
「覚えてたのかな?どうかな?」
と、言うのは、桜ちゃんのママ薫さん。
秋には2人目が産まれる。
桜ちゃんは、お姉ちゃんになるんだ。
舞ちゃんと凛ちゃんが向こうから歩いて来る。
どっちがどっちだ?
同じような髪になってて、遠くからではわからないぞ。
「菱さーん、本宮さーん」
あ、元気に手を振っている方が凛ちゃんだな、きっと。
「いらっしゃい」
やっぱりそうだ。
1年会わない間に、また大人っぽくなった。
初めて会った時が高校1年生だったから、いつまでも子供だと思っていたけど、今年は20歳だ。
大人っぽくなって、綺麗になったな。
【キッチン】
凛ちゃんが料理している。
「婆ちゃんの畑で採れた野菜の天ぷらよ。明日葉は胃腸に良いんだからね」
相変わらず、健康オタクの凛ちゃんだ。
「明後日は、コユキのデビュー戦だね」
「うん」
「まずは1勝してほしいな」
その1勝が大変なんだけどね。
「ここで産まれた仔が中央で走るの何十年振りだろう?札幌だから、私も行こうかな」
【放牧場】
今日は、慎二も一緒に馬達を見に行くって。
「おっ、春風姉妹」
本当だ。
ラチの所に2人で居る。
「2人共綺麗になったよな、お前、どっちが好きだ?」
「え?」
「お前のタイプって、大人しくてちょっとセクシーな舞ちゃんの方だろ?」
「わかんないよ」
「俺は、明るくて元気の良い凛ちゃんだな」
「へー」
「へーって、付き合うなら舞ちゃんが良いかもだけど、凛ちゃんの方が家庭的だろ?」
そう言われれば、そうだな。
料理上手だし、良く気がきくし、健康オタクなところも良い。
「彼女達も年頃だから、もたもたしてたら他の男に取られちゃうぞ」
そう言われても…
僕はまだ、あの写真の女性ペルソナの事が…
もう忘れたいんだけど、魂が彼女を忘れないと言うか…
オーラが魂の記憶をしていると聞いた事が有る。
何千年も前から、何度も巡り会い愛し合った相手を、僕の魂は忘れられないでいるようだ。
僕は、もう女性は、懲り懲りな感じなんだけどね。
それでも、彼女が夫と会っている日は荒れて呑んだりするんだよな。
魂の僕と生身の僕は、別のようだ。
「何してるの?早くおいでよー」
ラチの所に行くと、ユキと当歳が走って来た。
「この仔もうるさいよ。お母さん似だね」
手を出すと、噛みついてくる。
甘えて噛むんだけど、馬に噛まれると痛いんだよな。
「明日、4人でデートしないか?」
「デートって、どこ?」
「ドライブ?」
【漁港】
ドライブとか言って、結局釣りに2人を付き合わせてる感じだな。
「凛ちゃんも、釣ってみるか?」
「やってみる」
慎二は、凛ちゃんに釣りを教えている。
「舞ちゃんも、やってみる?」
「餌つけてくれる?」
はいはい。
女の子は、こういうの苦手だよな。
「おっ、凛ちゃん!引いてるぞ!」
慎二が手伝って、魚とフアィトだ。
慎二の奴、くっつき過ぎだそ。
凛ちゃんの後ろから、抱き締めてるみたいに見える。
あれ?
僕…妬いてるのか?
まさかね。
って、こっちも引いてる!
なんだかんだ言って、僕の方も慎二達と同じ感じ…
舞ちゃんの後ろから竿を握ると、やっぱり抱き締めるみたいになっちゃう。
けど、そんな事言ってたらバラしちゃうから、真剣に魚とフアィト!
凛ちゃんが先に釣り上げた!
カレイだ。
舞ちゃんも、頑張れ!
って、僕も頑張る!
「釣れた」
「やったね」
アイナメだ。
「釣れると、面白いわね」
「でしょ」
今日の釣果。
アイナメ1匹、カレイ2匹、サケ2匹。
ぶーニャンの食べれそうなのは、無いな。
翌日、札幌競馬場でお姉さんと合流した。
コユキが、無事ゲート試験をクリアして、今日、牝馬限定の新馬戦に出走するんだ。
【パドック】
まさか、あの兄貴は来てないよな。
「舞ちゃん、凛ちゃん、お久しぶり」
「こんにちは」
「お久しぶりです」
「コユキ、ちょっと入れ込んでる?」
「体調は良さそうだけど」
時々チャカついて見せる。
止まれがかかり、騎手が乗って馬場に向かった。
「私も、馬主席に行かないで、スタンドで見るわ」
なんだか、馬主席に行くのが嫌そうだな。
【スタンド】
本馬場入場。
「コユキ、来た」
引っかかり気味のキャンターから返し馬に入った。
「やっぱり、うるさいところを見せてるわね」
ゲートはすんなり入って、大人しくしているけど、物見してる間にゲートが開いてしまった。
スタート!
ちょっと出遅れた。
道中一番後ろを走っている。
「あんなに後ろで良いのかしら?」
そのまま、最後の直線に向かった。
ヒシアマゾンじゃないんだから、直線一気で差し切れるのか?
「まだ、あんなに後ろよ」
残り1ハロンで、ぶっ飛んで来た。
「コユキ!頑張れ!」
1頭抜け出した馬が居る。
届くか?!
「もう少し!!」
半馬身届かなかった。
「残念…」
「でも、良い足使うね」
「次は、きっと勝ってくれるわよ」
「私だって、1勝するのが大変な事ぐらいわかってるわよ。とにかく無事に回って来てくれて良かったわ」
【春風牧場】
お姉さんが、コユキの弟君が見たいと言うので、牧場に戻った。
「まあまあ、良くいらっしゃいました」
さつきさんが、迎えてくれた。
「せっかくコユキのレースを見にいらしたのに、残念でしたね」
「良く頑張ってくれました。それに、レースを見る為だけに北海道に来たわけではありませんから」
「そうでしたか」
【放牧場】
ユキと当歳が走って来た。
「あら、可愛い。貴方もうちの仔になるのよ」
「え?良いの?」
「だって、他の人が買ったら、最後まで面倒見てもらえるかわからないでしょ?それに…」
「それに?」
「嫌味を言われちゃったのよ「1頭しか居ないと、管理が楽で良いですね」って」
「そうなんだ」
「この仔も見たかったんだけど、もう1頭買ったわよ。菱ちゃんの好きな馬の孫」
まさか?!
「エアグルーヴの?」
「だって、あんなに泣くんだもの、探してもらったのよ」
「本当に?!ありがとう」
またウルウルしてきた。
「女の子だから、この牧場でお母さんになれるでしょ?」
「わあ、楽しみね」
「これで3頭。あんまり増やすと、菱ちゃんの意思に反するから」
僕の意思に反するか…
ちゃんと考えてくれているんだな。
頑張って、功労馬牧場を作らないと。
【リビング】
「今日は、コユキは残念だったけど、次に繋がるレースだったね。まあ、ジンギスカンでも食べて下さい」
「ありがとうございます」
お姉さんが、何やらごそごそと…
「コユキが勝ったらお祝いと思って買ったワインだけど、皆さんとお会い出来たので、菱ちゃん開けて」
おおっ、僕の好きなワインを持って来てくれてる。
前に話したんだよな。
春風牧場の馬が中央で初勝利を挙げたら、アロース・コルトンで乾杯したい、って。
お姉さん、ちゃんと覚えていてくれたんだね。
コユキは負けてしまったけど、頑張ったから乾杯だ。
「コユキが生まれた時は未成年で呑めなかったけど、今日は呑めるわ」
そうだった。
凛ちゃんも20歳になったから、一緒に乾杯出来た。
「ニャー」
「この子、お酒嘗めるのよ」
「うちのニコロもやる」
ぶーニャンも一緒に乾杯か?




