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さよならイエロー 作者:香山
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6/13

これまでとこれから

「ちょっと……大丈夫?」

「だ、だいじょ……うっぷ」

「駄目そうね」

 隊商に潜り込んで三日。
 カナエは薄弱っぷりを披露していた。

「王都育ちは軟弱ねぇ」

 呆れが強い声音だが、笑ってくれているのでまだ救われる。

「うぅ……乗り物が苦手なんれす……あと生まれはフォラル地方で……」

 前世の、自動車や電車、飛行機は苦手という意識もなかった。
 しかしこの世界の移動手段はそれらとは決して同列には論じられない。

 馬、馬車、船。
 全滅だった。飛行機などあろうはずもない。あったとしても怖くて乗れないだろう。

 カナエは即物的な質で、体調が悪ければそちらに気を取られて精神的な不調から目を背けられるという利点があるので、乗り物酔いも悪いことばかりではないらしい。

 今は水場で昼の休憩を取っている。

 食事の支度を免除されかけたが、手元の作業に集中することで三半規管の悲鳴を誤魔化したかったので、芋を剥いている。
 瞬きもせずに芋を剥いている。

「フォラル地方って……アイグフラウ山脈の?」

「です。田舎者です」

 なので体力は人並みにある。人並み以上ではないが、歩くのは苦ではない。
 ――歩くのは。平地なら――の注釈はつくが。山の民のくせに。

 小川の平べったい石に腰掛け、石を組み簡易の焚き口をテキパキ設ける女性陣に、魚を探したり水を汲んだりする男性陣。
 子供たちは小枝を探している。

 とてもじゃないが、お言葉に甘えてのんびり目を回していられない。

 雲のない高い空を旋回する鳥の声が聞こえる。うっすらと木々が黄色を帯びてきた季節。少し冷気を帯びてきた風が、数日前の雨のにおいを運んでくる。

 故郷の村を出たのも、この時分だった。

「そういえば、その服はあの辺の衣装ね。どうやって王都まで移動したのよ」

「……もう文字通り、連れに負んぶに抱っこで」

 生まれ育ったステナー村から、領都の中都市に出て、そこから川を船で下ったが、カナエが船にも弱いことが発覚し、船上では吐いてるか失神してるかで過ごす。
 その後なるべく整備された道を選んで騙し騙し移動したら、王都にたどり着いていたというオチ。

 都会で一旗上げてやるぜ! という意志なんぞ欠片もない上京劇だった。

「あの辺り……結構豊かよね。なんで村を出てきたの?」

 同じく芋を剥いていたパレスティーナが気遣わしげに問いかける。
 喋っていた方が気が紛れるし、別段隠すようなことでもない。

「結婚税が……ですね」

 南西のスヴェル、北のドラジェ、東のパスティアとの三国の国境であるアイグフラウ山脈の周辺の山岳の民の住まう地、フォラル地方。

 カナエが生まれ育ったのは、このヴェルメリア王国最西部の谷底の村。
 馴染み深いのはむしろ山を越えた隣国スヴェルの首都フェルヒで、文化も大きく変わらない。

 山間の農地は狭く、小麦は育たない。
 農地で育てるのは家畜のための干し草で、谷間の低地部では緑で苦い林檎の木が生えている。
 人々は牛を飼い、牛乳を始めとした乳製品に家で育てた豚や鶏、卵。少しばかりの芋や豆、野菜。林檎では酒を造る。そんな自然の恵みで生活する。
 そして男たちは夏の間、近隣の都市へ出稼ぎに出て、秋の大市の前に、外貨とたくさんのお土産を手に村へ帰ってくる。

 晴れた日はなだらかな山の向こうに峻厳な氷河の世界が見える。
 渓谷の平地である谷底は、細長く続く。

 そこに点在する小さな村の一つが、ステナー村だった。


 一言でいうと、アルプスっぽい。


 そんな村で、よほーらりほーよろれいひーと、信心深い両親の元、転生に思い悩むこともなく育った暢気な半生。
 物心がついたかつかないかの頃に、乳飲み子のアスファルと出会う。出会いは記憶にない。気づいたらあやしてた――二回目の人生で、一番古い記憶。

 しばらく実の弟だと思っていた。

「両親をいっぺんに事故で亡くして、幼なじみと結婚することにしました。結婚税は慣習で豚一頭。村長に納めますけど、祝いの席でみんなで食べます……それを渡しに行ったとき、村長に初夜権を主張され、豚は受け取りを拒否されました」

 アルプスの少女からフィガロの結婚に世界が一変した瞬間である。

「時代錯誤な!!」

 女性として義憤を覚えたのだろう。魅力的な猫目をさらに釣り上げてパレスティーナが吐き捨てる。

「……そうなんですよ」

 初夜権。
 結婚税の前身とも言える、花婿以外の権力者が花嫁とまず一発やるという権利だ。

 もうなんじゃそりゃと言った。

 権力の確認だとか、呪術的な儀式だとか成立には諸説あるが、花嫁と花婿にとっては良い迷惑にもほどがある。
 処女膜なんてとっくにないわと叫びかけた。
 村の老人の、その祖父母の頃までは実際にあったとその時聞いた。

「現在の慣習は豚一頭だし、都会では現金だし……もう寝耳に水で」

「美人も良いことばかりじゃないわね」

「黒髪黒目で泣き黒子があるだけなんですが……」

 日本人が金髪碧眼に憧れるようなものだろうか。
 黒髪は珍しい。
 三百人程度の村に、二割程度。これは王都でも同じような割合だった。
 黒目まで揃うと一割を切るかもしれない。
 メンデルの法則が逆の仕事をしているとしか思えない。黒は劣性遺伝で、黒は人の手では作れない・・・・・・・・・

 さらに昔、大層な泣き黒子の美人がいて、泣き黒子は美人の条件のようになっている。
 付け黒子は定番の化粧だ。

 カナエは、珍しくて美人の条件を満たしてはいるのだが、顔立ち自体は薄っぺらい前世と寸分変わらぬ日本人顔。黒子の位置まで変わらぬ再現っぷりだ。

 彫りの深い顔立ちの人々に囲まれて、美人と言うより珍獣扱いの方が正しい。

 対してアスファルはカナエと真逆。ありふれた金髪碧眼だが、その面の皮一枚がすこぶる整っている。
 両親に似て、黙って立っていたら野良着でも貴公子然としているのに、口を開けば田舎の気のいいニーチャンである。

 その落差がたまらん――というカナエは何故か少数派。

 アスファルは鑑賞用として、村の女性の視線を一身に集めていた。

 カナエの美醜がどうこうというより、アスファルへの意趣返しという意識が大きかったのではと睨んでいる。
 間抜けな寝取られ男として、村長はアスファルを笑いたかったのだろう――と。
 村長の時代の流れに逆行した主張は、女性は当然としてほとんどの村人が批判的な態度を示し、カナエとアスファルは同情を受けた。

 しかし、一部の男性は消極的賛成を示した。
 慣習だから・・・・・と言って。

 当事者二人と老いた前村長、村唯一の神官で話し合った。
 応じるのは論外だったが、応じたとしてその後のことを考えた。

 まずカナエは現村長の愛人扱いとなる。

 一回やったら百回やっても同じだ。周囲の認識も、カナエ自身の心境も――だ。
 四六時中アスファルに引っ付いていられたら話は別だが、そんなのは現実的ではない。
 男女の力の差もある。
 抵抗出来なければ、渋々でも応じるだろう。繰り返すが、一回やったら百回やっても同じだからだ。
 そして名実ともに現村長に愛人となり、カナエは“身持ちの悪い女”という扱いを受ける。事実でもあり、そのころには村の女性たちの態度も一変していると思われた。

 行き着く先は、村の男性にそういう扱い――共有される・・・・・――そんな未来だ。

 カナエにもアスファルにも、そんなとき一丸となって抵抗してくれる親族がいなかった。現村長には、その基盤の脆弱さに付け込まれたと言える。

 ――小さな村の人々は、善良な性質で大きな問題が起きたことはカナエが知る限り一度もなかった。
 その実銘な人々の一部が、弱い立場の者を食い物にする決定に賛同した。

 四者が同じ結論に至ったが、この四者には共通点があった。
 ――読み書きが出来る。
 ただそれだけの、特殊能力。

 五十がらみの神官は、段階的な思考が出来るのは、文字が読める者だけだと語った。

 この四名と現村長の五名だけが、村で読み書き計算が出来た。ほかの村人は、己の名も書けない。
 しかし村人たちが愚かなわけではないのだ。
 こちらが段階的に未来を積み重ねて出した結論に、途中式をすっ飛ばしなんとなく・・・・・で同じ未来を予測したのではないか。

 すっ飛ばされた途中式の卑劣さは、すっ飛ばされたが故に意識に上らない。
 意識さえすれば、そんなことはとんでもないことだと――判断する人たちだ。

 だから、村人たちが善良なことに変わりはない。
 指摘すれば、下種の勘ぐりだとこちらの品性が疑われるだけだ。

 善良な、人たちだ。
 みんなで助け合って暮らしてきた。
 それでも――景色も人も何一つ変わらないのに――世界は色を変えた。


 昨日までの良き隣人が、化物に見えた。


「まぁ……同情的な人たちがお金を出し合って、わたしの家や家畜を買い取ってくれたので、そのお金で一縷の望みをかけて、領都に出ました」

 本来の価値には遠く及ばないが、多くの村人が外で稼いだ金を持たせてくれた。出稼ぎ直後の秋だったから、貨幣の手持ちがあったのだ。

「村長の決定に不満があれば、領主を頼るしかないわね」

「はい。ただことが慣習と慣習の争いなので、古い方が正しいか、現行が正しいか……その判断は、もう領主の胸の内一つでした。縁もゆかりもない領主の人柄なんて知らなかったし、賭でしたね」

 そして王都まで流れることになった。
 ――それが答えだった。

「……ちょっと、芋剥きすぎよ。どんだけ剥くのよ」

「――っは!?」

 左手が無意識に二袋目の芋に手を伸ばしていた。

「そうですよね、充分ですよね。えっと、じゃあ次は魚の下処理でも……」

「ねぇちょっとこっち来なさいよ。風下。髪、切りそろえましょう」

 炊事の煙の流れに目を遣りながら立ち上がったパレスティーナに手招きされる。
 髪。

「――ぜ、是非!」

 カナエは慌てて立ち上がり、よろけながらパレスティーナに駆け寄る。
 波打った赤毛に猫のような黄色の目をした美女は、素っ気ない旅装でもすらりと背が高く目を引く。

 適当な岩場を探してしばし歩き、腰掛けたカナエの頭がパレスティーナの胸元に届く岩を見つけて位置につく。

 簡易かまどで平焼きのパンを焼いていた女性の手に、浅鍋フライパンがあってカナエは目を細める。

 故郷の喪失もあり、王都では人間関係の構築に腐心した。
 ご近所付き合いから端を発した活動は、身内ではないから常に目に見える利益を供給し続けねばならないという強迫観念が根底にあった。

 似非ホットケーキミックスを販売し始めた頃だ――魔が差したというかなんというか、一つの可能性に目を奪われた。

 主食の小麦は、高い。
 カナエの手元に来る頃には、製粉小屋使用料と関税がかかっている。
 水車を使用した製粉小屋は、大抵領主の持ち物なので、使用料も税金である。

 製粉水車を所有すれば使用料は払わずにすむ――それは合法的脱税と言えるのでは――と。

 こちとら税金に煮え湯を飲まされた身の上である。
 思いついた時はもの凄い悪い顔で笑っていたらしく、どん引きしたアスファルに「ほどほどにな……」と窘められたりもしたが。

 ――楽しかったな。

 故郷のステナー村に対する思いは、正負の感情がぐちゃぐちゃに絡み合って紐解くのも煩わしい。
 だからただ、美しい場所だったとだけ思い出すことにしている。

 王都の日々も、時が立てば“楽しかった場所”とだけ、覚えていられるのだろうか。


 今は――禿げろモゲろ抉れろ死ねと、全包囲に呪詛を吐いている状態だが。


「――私達は、これから聖地を経由して河を越えて隣のクランフランに行くんだけど」

 背後から降る声に、カナエは背筋を伸ばす。

「おぅ……聖地……河越え……クランフラン……」

「貴女どうするの? 連れていくことは出来るけど、クランフランは言葉も違うわ。話せるの?」

「……挨拶程度です」

 挨拶程度の言語能力で、女の一人暮らしなど難易度が高すぎる。
 心境的には国を出たいが、それも難しい現実が、アイガフラウ山脈のようにそびえる。

「私のおすすめは聖都だけどね。敬虔な人ばかりだし、慈善活動だらけよ。貴女、寡婦みたいなもんでしょ」

「せいと……」

 この元日本人特有の宗教アレルギーを説明しても、共感を得るのは難しい。
 それがなくても、この世界の神話は三行しかない。あの三行神話の何処に人々は信仰を見いだしているのかカナエはさっぱりわからない。

 ぱらぱらと黒髪が落ちて、風に飛ばされていく。

「……ちゃんと、考えなさいよ。考えたくないんでしょうけど」

 カナエは笑うしかない。

「考えたくないっていうか……本当に、考えられないんですよね。しなくちゃいけないことはわかってて、考えようとはするんですけど、全く頭が回らない」

 立ちすくんで、一歩も動けない。
 そこで初めて、自分の心がポッキリ折れているのを自覚する。

 ガラクタみたいに打ち捨てられた真っ二つの心臓を前にして、カナエは途方に暮れている。
+注意+
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