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一人歩き

 ペイジュラの大通りは比較的新しく見える石畳で、こればかりはどうしようもないと理解していても埃っぽく、つい眉をしかめてしまう。


 広場は拡張された形跡があり、泉周辺の磨耗した石畳に、風合いの異なる同じ石が敷き詰められている。


 代官がいないせいか、市庁舎はない。代わりに視覚的中心ランドマークであるのは神殿で、市壁を越える鐘楼が目立つ。


 大通りを突っ切った先に大きな建造物と水車が見えるので、おそらくあれが領主の館だ。お城と呼ぶには無骨な建物で、魔の森に近接していることを鑑みるに、元は要塞であろう。


 石や建材の色合いで、街は全体的に明るい灰黄色の柔らかな印象を受ける。


「あら、カナエさん。お昼ですか?」


 薬屋の前でぼけーっと広場を眺めていたカナエに、パンや串焼きを詰めた買い物籠を下げたキュアノが微笑みながら左手を挙げた。


「あ、そーです。なに食べようか、悩みますよね」


「毎日ですと、飽きもきますけど自炊は面倒で」


 野営料理(切って焼くだけ)なら得意なんですけど、と呟くキュアノの言に、前職が垣間見える。


「外食って選択肢があるのは、都会の証拠ですよ」


 農村では自分で作るしかない。

 故郷では一日中なにかしらを作っている生活で、面倒に思うこともあれど、基本的には性に合っていた。


 それがはっちゃけて、ノリと勢いだけで王都に出たばかりに痛い目を見たと言える。


「こんにちは!」


「あ、オーロ君こんにちは。キュアノさんとお昼ご飯の調達でしたか」


 キュアノの後ろからひょこりと顔を出したのはプティーの息子、オーロ。

 髪も目の色も母に似ているが、目元と眉がいかにも少年らしい。そこは父の面影なのだろう。


「神殿で、勉強! してきたんだよ! おひるごはんって書けるよ!」


「素晴らしいです。そのまま大きくなって、いい男に育ってください」


 カナエは心底、重々しく頷いた。


「わたくしが教えたいのに、友達がいるからって神殿に行ってしまうんですよ」


「キュアノには、剣を習ってるからいいの!」


 ところで、オーロ少年は、実母と清らかにイイ仲であるキュアノもといエイデスをどう認識しているのだろうかとふと疑問が頭をもたげるが、非常に繊細な問題であるため、カナエはただオーロの健やかなる成長をなにかに祈った。


 グレないでほしい。心底。

 汚れを知らない少年の瞳が眩しい。


「――カナエちゃんは、きーろいね」


「……はい?」


 少年の眼差しは、カナエの右肩を通り越したあたりを射止め、思わず振り返るも何もなく、間抜けな声を上げる。


「あら、またそれですか」


「キュアノは青いよ。ヒルデは紫。ララちゃんは橙。おかーさんは白!」


 オーロは何処か得意げに胸を張り、慣れているのか、キュアノは面白そうに笑う。


「きーろ……黄色、ですか?」


「そう、それと一緒!」


 帽子の黄色い鱗を指しているのだろう指先をじっと見つめ、ついでオーロの水色の目を見つめる。


 少年の瞳の中に映るカナエは、変な顔をしていた。


「カナエちゃん、黄色きらい?」


「――そんなこと、ありませんよ」


 昔から、自分では決して選ばない・・・・・・・、というだけで。


「人を見ると、すぐ色に例えるんですこの子。なかなか当てはまっている気がするから、面白いんですよね。この子の目には、どんな世界が映っているんでしょうね」


 目を細めるキュアノの表情は、子供の成長を見守るそれで――告白カミングアウトという難題が待ちかまえていようとも――剣の稽古をつけているようだし、現在は良好な関係が見て取れる。


「見てるんじゃないよ!」


 ぷくぅと頬を膨らませたオーロに視線を合わせ、カナエはしゃがみ込んだ。


 水色の目を見上げる。

 薄青い眼球の中のカナエの口元は、やっぱりどこか不自然に引き攣っている。


「――聞こえるの・・・・・?」


「!! そう! カナエちゃんすごい! おかーさんもキュアノも全然わかってくれないのに!」


「幼なじみが――似たようなこと言ってましたから」


 嬉しそうな少年に釣られ浮かべた笑顔は、今度はなかなかの出来だった。


 カナエは立ち上がり、周りをくるくる回って踊りだした無邪気な少年の頭を撫でながら、キュアノの金髪に口を寄せた。


「確実ではありませんけど……必要条件は満たしているということで」



 ――オーロ君、魔法の才能があるかもしれませんよ。



 カナエのぎこちない笑みが伝染したかのように、キュアノの口元が歪に曲がった。




 後で詳しく。

 それじゃ夜にでも。


 そんなやりとりをキュアノと目で交わし、人の多いところを避けて歩く習性があるカナエはふらりと露店のある広場を尻目に薬屋の路地を曲がった。


 人混みから逃げてしまうのは主に嗅覚の問題だ。察してほしい。

 目的地がなければ、ついつい足は人の少ない方に向いてしまう。


 集合住宅の敷地を通り過ぎ、あれが恐らく大家のグレーテの自宅だと当たりをつけつつ、路地を抜けると、大通りよりも道幅の狭い裏通りに出る。


 裏通りといえどここも石畳で、三階建て以上の建物が多いことから些か採光が悪いが、昼間なら女性の一人歩きもちらほら見受けられたので、大通りを差し置いて裏通り散策にかかる。


 広場よりの大通りが職人街であるのに対し、裏通りは青果店や肉屋が並んでいるので生活感がある。


 ――実を言えば、カナエは箱入り主婦ならぬ路地入り主婦で――王都では、ほとんどあの家と近所の人たちの生活する路地から出ないで生活していた。


 日々の食材は契約農家と共同購入で分配するという荒技を編み出した。

 一人でふらふらすると、このように人の目がない方へ進むので、カナエの一人歩きはアスファルにやんわり――散歩をねだる犬のように――止められていた。


 こう……いくの? 一人で行っちゃうの? いかないよね? いっしょにいくよね? さ・ん・ぽっさ・ん・ぽっ――という、あざとい顔芸をするのだ奴は。芸だあれは。


 ちなみにわかってやっているからこそ“あざとい”のであって、基本、アスファルは無駄に美麗な無表情だから、カナエとて抗えない破壊力を有する。

 くやしいでもかわいい。


 カナエに“かわいい”と思われることに男として意地は疼かんのかと意趣返しに聞いてみたこともあるが、「カナエにオムツまで取り替えられていた俺に、失うものなど端からない」というドヤ顔の返答があった。「……せやな」と頷くしかなかったという。


「うがーー!」


 一吠えして回想を振り払い、目に付いた飲食店を覗きこんだ。


 昼時というのに空席が目立つが、店内は清潔に整えられており、世界的には病的な潔癖性であるカナエの基準を満たしている。


 ここに決めた。


「あ、いらっしゃい! ……おひとりですか?」


「おひとりですが!」


 ちょっと目を見開いた青年の問いに胸を張る。

 一人で出歩くことはほぼなかったが、一人飯が出来ないとは言ってない。

 超余裕。


 案内された台前カウンター席に着席しつつ……前世以来だから――二十数年ぶりのお店で一人飯っ!? とカナエは歳月に戦慄した。


「何にしますかー?」


「んー……何があるんですか?」


 お品書きや写真があるわけでもなし、こう聞くしかない。


「何でも作りますよ!」


 カナエと同年代と思われる、人の良さそうな青年は給仕ではなく調理人らしい。


「えと。おすすめで」


「はい! 少々お待ちください!」


 愛想のいい声を耳にしつつ、改めて店内を見渡す。

 少な目の客層はまちまちで、客が食べているものも、何でも作りますの言通りバラバラだ――やってけるのか、それで。


 よく磨かれた台を姑のごとく指でなぞるが、油っぽさや論外な埃っぽさもない。

 うん合格。


「あ! カナエさんだー!!」


「ひぇっ!? あ、ララさん!」


「わぁさっそく来てくれたんですか? 嬉しいです! でも値引きはしませんっ!」


 艶やかな栗色の髪をりぼんで結び、白いおでこが可愛らしいお隣さんララが、大量の食材を抱えて入り口に立っていた。


「あ、や。ごめん偶然」


「あはは偶然! むしろそっちの方が嬉しいです」


「買い出し? こんな時間に?」


「そーなんですよ! 店長が、何でも作るって言っちゃうから、よく足りないものを買いに走らされるんですっ」


 わたし給仕なのにっ! と憤慨しているがララの目は笑っている。


「あ、ララちゃんおかえりー」


「おかえり、じゃないですよ店長! んもう!」


 ララは荒っぽい大げさな仕草で食材を裏に置いていくが、ドサドサとした音がしないので、食材は丁寧に扱っているようで好感が持てる。


「カナエさんにいろいろ聞きたかったんです。わたし生まれは農村の家出娘なんで、そもそも食堂を他に知らないんですけど……王都の飲食店って、どーゆー感じです?」


「そらまたぼんやりとした質問。何が知りたいのか焦点を合わせて」


 答えつつも、王都での外食経験なんてほぼないカナエの背中に冷や汗が伝う。


「…………儲けがでないんです」


「あいたー……」


 深刻だった。

 カナエは思わず肘を突いた両手に額を埋めた。


「売り上げが材料費に消えるんですっ」


「驚きの原価率!」


「ゲンカリツってなんですか!? 他のお店はどうやって経営してるんですか!? 一食のお値段は他のお店と同じくらいにしてるのに、ウチだけ儲からないんですー」


 他の客と調理中の青年に配慮してか、ララは小声で、だが切々と訴える。


「いや、わたしも詳しくはないんだけど、儲けが材料費に消えるのはおかしい。人件費すら入り込む余地がないとか」


「ジンケンヒってなんですかっ!?」


「お店、二人でやってるの? じゃあ……端的に言うと、店長とララさんの給料」


「…………そーですよ! 儲けがなくてどこから出てるんですかねっ!?」


「そら、貯金か借金の二択でしょう」


 ララは仰け反り、声にならない悲鳴を上げた。


「おまたせしましたー! 僕のおすすめですっ」


 暢気な声に失礼ながらぞっとしたカナエは、薄ら笑いを浮かべて食事に目を落とす。


 しゃきしゃきの野菜と薫製肉を挟んだパンと、野菜たっぷりオンリー汁物スープ。櫛切りで揚げた芋と鮮やかに茹でた人参がパンの横の皿を飾り、もったりとした乳液状の調味料ソースが小さな器に小分けされて載っている。


「……美味しそう」


 それに、栄養素の均衡が取れている、と思う。一億総健康オタクの元日本人の眼鏡にかなう。


「そうなんですっ! 美味しいんですっ! それは間違いないんですっ!」


「あははララちゃんありがとうー」


 のほほんとした店長と対照的に悲痛なララを前に、食べにくいなぁと思いつつ、はっと顔を上げる。


「ララさん、わたし手を洗いたい!」


「手、ですか? 裏でよければ水がありますよ」


「ありがたいですっ」


 裏口でちょちょいと手を洗わせてもらい、いざ。


「うん、やっぱり美味しい」


「ですよねっ? ですよねっ!!」


「わー、ありがとうございます!」


 汁物なんかは野菜ばかりで肉の影もないのに味わい深い。噛まなくても崩れる根菜は食べやすく、汁にはほのかに魚介の風味がある。出汁を取っている可能性が高い。


 出汁なんて概念があるのが驚きだ。

 カナエが料理上手と呼ばれる所以は、ほぼ出汁で旨味を追加する手法によるから、お株を奪われた気分だ。


「――うん。王都風……ではないけれど、ちょっとアレコレ、案を出してみましょうか?」


 溺れる者は藁をも掴むという半泣きのララと、不思議そうに首を傾げる店長。


 美味しくて温かいものを嚥下した腹の奥から、じわじわと、懐かしい創作意欲が湧いてきた。


「いっちょ、やってみましょうか」






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