近郷真由良の改造制服
伊流瀬高校の朝は校門前に立ち爽やかな笑顔を振りまく生徒会役員達の挨拶から始まる。
学園のプリンスとまで呼ばれる彼等はやたらと見目が良く、成績が良く、運動神経も良く人望も有り家も由緒正しき云々、まさにパーフェクトな集団。そんな彼等が朝から微笑みかけてくれるのだ、女子生徒の遅刻は皆無、同性からも慕われているだけあって男子生徒もまた遅刻回数は例年より激減している。
朝の眠気に耐えてでも彼等を一目見たいと考えるのは生徒に限らず、早朝マラソンや犬の散歩、安全の為と称して通学路を見回る近隣住民が増え、地域一帯の活性化と安全化にも一役買っていた。
そんな彼等には朝の挨拶と、それになにより大事な役割があった。
制服指導。校門前に構えてそこを通る生徒一人一人の服装を確認し指導するのだ。なんとも生徒会らしい仕事である。
……もっとも、規則の緩い伊流瀬高校において制服指導などあってないようなもの。規定の制服こそあれどそれを着崩しても改造してもお咎めなしである。
なにせ学校が彼等に朝の挨拶を強いるのは生徒の遅刻を減らすためと、そして近隣の住民から朝の挨拶継続を言い渡されているからなのだ。もちろんそのお礼が寄付やらなにやら……。
とにかく、そんな理由等もとより優れた生徒会役員達が察しないわけがなく、だからこそ爽やかな笑顔で役目を果たして建前の制服指導を適当にこなしていた。
その適当さと言えば、そもそも会計は髪を真っ赤に染め、書記は左右の耳にピアスを複数つけているのだ。生徒を総べるべき生徒会長は前者二人ほど派手な服装はしていないが、よく見ると着ているのは学校指定の白シャツではなく薄く柄の入った洒落たシャツである。これで他の生徒を指導など出来るわけがない。
唯一生徒会役員らしいのは副会長と言えるだろうか、黒髪に学校指定の制服をキッチリと着こなしている。
そんな彼等の生活指導なのだから、
「おーい、髪が赤いぞー」
と会計が髪を染めた生徒を指導すれば、
「会計もですよー」
と返され。
派手なピアスを耳元で輝かせる生徒が通れば、
「なぁ、それどこで買った!?」
と書記が追いかける。
生徒会長は時折ふわふわと欠伸をしつつ、スカートがやたらと短い生徒に対して、
「パンツ見えるぞー」
と暢気な指導をしていた。――彼の見目が良いからこそ許される言葉である。現に言われた生徒は「会長なら見ても良いですよー」と笑っていた。これが女子生徒から不人気な教師であったなら一発で職を追われていただろう。世の中はシビアなのだ――
そんな適当にも程がある制服指導の最中、
「近郷真由良!」
と朝に似合わぬ怒声が響き渡った。
その声に一部の生徒は「あぁまた始まった」と聞き流し、一部は野次馬にと駆けつけ、そして名を呼ばれた少女だけがビクリと肩を震わせた。
鞄を抱きかかえて身を屈め、校門を通ろうとする生徒の陰に隠れてやり過ごそうとしていたその姿。そして眉をひそめるあたりがまさに「見つかった」と言いたげである。
「フクカイチョーサン、オハヨーゴザイマス」
「近郷なんだその変な挨拶は。いや、それよりも何だその制服は!」
ビシッと音がしそうなほど勢いよく指さされ、真由良が首を傾げつつ自らを見下ろした。
学校指定の白シャツに胸元には規定の赤いリボン。スカートも短くはないし靴下は購買で買った黒のハイソックス。もちろん靴も規定カラーのローファーを履いているし、鞄に至っては大きなエンブレムが刺繍され一目で学校指定と分かるものだ。
まったくもって指導に引っかかる要素は無く、むしろ模範生とさえ言える姿である。
だからこそ真由良が「これが何か?」と視線で訴えれば、副会長が再び真由良を……否、彼女の胸元を指さした。
「シャツのボタンの色が違う!」
校則違反だ!と訴える副会長に、周囲に居た野次馬達も揃えたように真由良の胸元を見る。
大きすぎず小さすぎずな胸元、そこを止めるボタンの色は……白。飾り気もない安っぽさを感じさせるそれは、もちろん指定シャツに最初から着いているものある。
「色違い? 何を言ってるんですか」
「少し色がくすんでいるだろう」
「これは劣化と言うんですよ!」
「言い訳無用! 校則違反者は放課後生徒会室に……」
言いかけ副会長が言葉を止めたのは、彼と真由良の間を一人の生徒が通ったからだ。よくもまぁこのやりとりの中を突っ切れるものだと周囲が感心するが、当人は大振りのヘッドフォンを構え音漏れするほど大音量で音楽を慣らし、そのうえサングラスまでかけているのだから気付いていないのだろう。
くわえてダラダラと歩くその足取りの遅さといったらなく、腰まで下げられたズボンからはパンツが見えている。
「おい、腰パンはやめろって何度も言っているだろ」
「副会長さん、ハヨーゴザイマー。大丈夫っす、これ見せパンですから」
「なにが見せパンだ。男のパンツなんて見せる価値がない」
「なるほど確かに」
そう幾つか会話を交わし副会長が溜息をつくが、さして引き止めるわけでもなく「女子にも腰パン流行らねぇかな」と呟きながら校舎へと向かっていく腰パンの生徒を見送った。
そうして残された者達の中に何とも言えない空気が漂ったのだが、それを破ったのは副会長のコホンという咳払いと、
「近郷は放課後生徒会室に来るように」
「納得いかん!」
という、毎朝恒例のやりとりであった。
近郷真由良はうんざりしていた。
毎朝毎朝あの副会長が飽きもせず自分に言いがかりをつけてくるのだ。
やれシャツのボタンが欠けているだの髪飾りが派手だの――その言いがかりの最中に頭に巨大な花を飾った生徒が通ったのだが、副会長は見事にスルーした――靴が汚れている鞄の色がリボンがスカートが……。
姑か!と言いたくなるほど、むしろ言ったほどに細かいチェックなのだ。しかも真由良にだけ。
「そのくせ生徒会室で説教してくるわけでもないし、話してたまに資料のホチキス留め手伝わせるぐらいだし……なんなのさ」
机に突っ伏しブツブツと文句を言う真由良の肩を、向かいに座った女子生徒が宥めるように叩いた。
「真由良、お疲れ」
「杏ちゃん……」
「毎度大変だねぇー」
「ゆっこぉ……」
疲労困憊と言わんばかりの真由良が、掛けられた労いの言葉に癒されると言いたげに震える声で二人の名を呼ぶ。
杏はいかにも真面目な優等生を絵にかいたような女子生徒で、黒髪と眼鏡が知性を感じさせる。対してゆっこは金に近い茶髪に花冠を付けたまさにギャルといった出で立ちである。
それどころかゆっこはスカートもパンツが見えそうなほどに短く、シャツも規定の物とは違い薄ピンク、リボンもラメが入った大振りのもの、鞄に至ってはショップバックにキーホルダーを山程盛りつけて……と、学校指定の制服を改造するあまり元の部分を探す方が難しくなっている。
「……ゆっこ、今日の指導は?」
「余裕でスルー」
「解せぬ! あの副会長、私だけ目の敵にしおって!」
もう許せない!と真由良が怒りのあまりペットボトルを握りつぶす。さすがいろ〇す、女子高生の握力でもメキメキとひしゃげて臨場感を出してくれる。
「もう、ってどうするの? 明日から夏休みでしょ」
「そーだよぉ、学校無いから制服指導も無いじゃん。今日の呼び出しもバックれれば? 夏休みあければ時効になるんじゃね?」
暢気に告げるゆっこに、真由良が「このままでは終われない!」と立ち上がり……再び椅子に腰を下ろした。
「なに今の屈伸運動」
「勇んで立ち上がったは良いけど準備が必要なの。ゆっこ、ルーズリーフ1枚頂戴。杏ちゃん、筆ペン貸して」
「筆ペン? 別に良いけど、なに書くの?」
「果たし状!」
そう高らかに宣言すると共に瞳に闘志を宿らせる真由良に、親友二人が揃って首を傾げた。
そうして迎えた放課後。
明日から夏休みだけあり校内に残っている生徒は少なく、熱心な部活だけが活動しているのだろう平時より聞こえてくる声は少ない。
そんな中、生徒会室に集まった役員達は通常通りと言わんばかりに淡々と執務をこなしていた。流石生徒会役員、夏休みだからといってはしゃぐわけにはいかないのだ。
「各部活の合宿申請の最終確認と、校内見学の資料はいきわたってるよな」
「会長、俺後半の校内見学なんですけど旅行と被っちゃって」
「うむそうか」
と、そんないかにも真面目な会話をしていると、ドゴンドゴンと力強く扉が叩かれた。
その瞬間、今まで資料に視線を落としてた副会長がパッと顔を上げたのは言うまでも無く、今更それを誰も指摘する気にもならず生徒会長が代表して「入れ」と声を掛けた。
ドアノブが揺れ、ゆっくりと扉が開く。そうして現れたのは……
「たのもぉーす!」
と、勢いよく飛び込んできた真由良である。
「近郷さん『頼もう』と『物申す』が混ざってないかな。それと、いつも思うんだけどもう少しノックを弱めに」
「うるせぇですよ、このポンコツ役員共が!」
開口一番暴言を放つ真由良に、おやと誰もが顔を見合わせた。――もっとも、真由良の様子が違うと顔を見合わせこそするが「ポンコツ生徒会」という罵倒について詳しく触れないのは、副会長を放置している自覚があるからだ――
とにかく、今日の彼女は何か違う……と誰もが真由良の様子を窺っていると、彼女は威嚇するように眉間に皺を寄せつつ生徒会室に入り副会長の前に立つや、バン!と音を立てて一枚の紙を机に叩きつけた。
その衝撃により、威勢の良すぎる登場に目を丸くさせていた副会長がハタと我に返り手紙と真由良を交互に見やる。
「……近郷、何だこれは」
「果たし状です」
「果たし状?」
オウム返しで副会長が問えば、真由良が彼を睨みつけて口を開いた。
「毎朝毎朝いちゃもんつけられてうんざりです!」
「……近郷、それは」
「だから私も開き直って違反することにしました!」
「……は?」
「勝負は夏休み明けの初日! 改造制服の真骨頂を見せてやりますよ!」
首を洗って待っていてください!と啖呵を切るや真由良が生徒会室を去っていく。残された生徒会役員達が唖然として誰も言葉を発せずにいたのは言うまでもない。
まるで台風が部屋の中を引っ掻き回してさっさと去って行ってしまったような、そんな空気である。
そうしてしばらく誰もが理解が追いつかないと言いたげに沈黙を保っていると、コンコンと控えなノック音が響いた。
「……は、入っていいぞ」
「失礼しまぁーす。真由良ー、いるー?」
「失礼します。うちの真由良……近郷さんはいますか?」
対極的な口調で顔を覗かせたのはゆっこと杏。二人はキョロキョロと室内を見回すと目的の人物が居ないと見合わせた。
そうして「帰ったのかな」と小声で交わし合い退室するべく頭を下げ……生徒会長に呼び止められた。
「近郷さんならさっきここに来たぞ。なんかこう……わけの分からないことを喚いて出ていったけど」
「改造制服ですか?」
「そう、それ」
どういうことだ?と尋ねてくる会長に、杏とゆっこが肩を竦めた。
「どうって、そのままです。なんでも夏休み明けに改造制服を披露してやるとか」
「うちが思うに、真由良はギャルになるね。スカート短くして派手なシャツ着てくんの。夏休みあけにしたのは海とか行って焼けるために違いないし。うち誘ってくれれば一緒に日サロ行くのになぁー」
「あの子の事だからロリータとかに走るかもしれないわよ。スカート膨らませて兎のぬいぐるみを持つの」
あれこれと想像して話す二人に、生徒会役員達も思わず顔を見合わせ……次いで揃えたように副会長に視線を向けた。
彼はさも興味がないと言いたげに手元の資料を眺めているが、その資料が逆さまなあたり動揺が伺える。というか動揺の仕方が些か古典的すぎる。
そんな副会長に、生徒会長がニンマリと笑って話しかけた。
「どうするんだ」
「……何がだ」
「近郷さんのことに決まってるだろ。どうするんだ、夏休み明けに彼女がギャルになってたら」
「そ、そんなこと別に俺が知ったことじゃないだろ」
「ふぅん……それなら俺、近郷さんがギャルになったら口説いてみようかなぁー」
「なっ……!」
「俺ギャル系の子好きだし」
楽しげに笑う生徒会長の言葉が本意ではないのは言うまでもない。
が、それを聞いたゆっこが「え、まじでー?」と二人の間に割って入った。
「会長ギャル系好きならうちと付き合おうよ」
「えっ!? いや、あの……」
突然のゆっこの提案に会長が慌てだす。
だがまさにギャル系のゆっこを前にして「嘘だ好みじゃない」等と言えるわけがなく、しどろもどろになりながら「でも……」と続けた。
「でも、俺……べ、勉強が出来る子が好きだなぁ……」
「あら、それなら尚更ゆっこが当て嵌まってるじゃないですか。この子、こう見えて学年一位ですよ」
「えぇ!?」
「マジ、うちナンバーワンのオンリーワンっしょ」
「それにこのあいだ気象予報士の資格も取ったし」
「はぁ!? き、気象予報士!?」
「バーベキューとかスノボとか行くのに天気悪いとマジテンション下がるっしょ。でもテレビの天気予報とか信じられないから、これは自分で予報するしかなくね!?と思って取った」
「うわぁ、頭の良さと悪さが同時に滲み出ている……」
友人を誇るように薦める杏に、ゆっこが「マ○クで超勉強した」とドヤ顔で語る。生徒会長は勿論各役員達もこれには唖然とし、それどころかそんなまさかと未だ信じられずにいた。
そんな会話を交わしている最中も唯一副会長だけは何か思いつめたような表情で、逆さまに持った資料をそれでも熱心に見つめていた。それどころか話が進んでも、会長が『ゆっこウェザーニュース(毎朝配信)』につられて彼女とSNSのIDを交換している間も、一度も顔を上げることはなかった。
そうして夏休みが明けた登校日。
生徒会役員達は揃って校門前に立ち、生徒達と挨拶を交わしながらお座なりな制服指導に務めていた。
やたらと周囲がざわついているのは近所の住民達が久しぶりに彼等の姿が拝めると色めき立っているからであり、一部の役員が冬服に着替えているのもまた新鮮だと声があがる。
「会長、今日は冬服なのか」
「あぁ、ゆっこが今日は夕方から涼しくなるって」
「……そうか」
そんな会話を交わしていると、ゆっこと杏が二人並んで歩いてきた。
片や優等生片やギャルという相変わらず対極的ではあるが、楽しそうに話す様子はまさに女子高生の友情。真由良と三人お揃いでつけているやたら大きいぬいぐるみのキーホルダーが薄汚れているあたり、彼女たちの仲の良さと関係の長さが伺える。
「おはようございます」と丁寧に頭を下げるのは杏。対してゆっこが「ハヨーゴザイマース」と片手を上げる。こんなところも対極的である。
そうして普段ならば彼女達は制服指導をスルーして校舎へと向かうのだが、今日は生徒会役員達の隣に並ぶようにして立ち止まった。
勿論、真由良を待つためである。
「近郷さんとの連絡は?」
「結局、夏休みの間はずっと連絡がとれませんでした。まぁ律儀に絵葉書を送ってきたり暑中見舞いを送ってきたりしていたんで無事だとは思うんですが……」
溜息をつく杏に、生徒会長も肩を竦めて返す。
そうしてチラと二人で一点を見るのは、言わずもがなそこに副会長がいるからである。
こちらも相変わらずさも興味がないと言いたげに立っているが、しきりに時計を眺めているあたり内心が冷静とかけ離れているのはバレバレである。
「そもそも副会長がさっさと素直になっていれば良いのに。毎日生徒会室に呼び出して、おかげで私達全然遊べないんですよ。……まぁ、たまに真由良が逃げ出してくるけど、それだって気分のいいものじゃないし」
「そう怒らないでやってくれ」
友達との時間を潰されていると不満そうにする杏を会長が宥める。と、ガシャンガシャンと異質な音が聞こえてきた。
ガシャンガシャン……ウィーン、ガシャン……ギゴガガ……
と、まるで工場の機械が動いているかのような音である。それも徐々に大きくなっている。とうてい高校周辺で響くような音ではなく、誰もが音の出所を探ろうと周囲を見回す。
それと同時に人のざわつきが聞こえだすのは、この音と関連しているのだろうか……そんなことを考えつつ一行がざわつきの音を追うように道の先に視線を向け……目を丸くさせた。
そこに居たのは間違いなく真由良であり……そして、彼女は3メートルはあるであろうロボットの頭部で仁王立ちしていた。
「なんだあれ……」とポツリと呟かれたのは誰の声か。
だがロボットの頭部に立つ真由良は気付いていない様で、ドヤァ!と満面の笑みで地上の学友達を見下ろしていた。
ちなみに真由良が乗っているロボットは二足歩行のもので、ロボットアニメにでも出てきそうな典型的なフォルムをしている。その作りとデザインがどことなく有名ロボットアニメを彷彿とさせるのは真由良の趣味なのか、だがカラーリングは高校の制服を基調としているあたり律儀とも言える。
そんなロボットの頭部に立つ真由良はと言えば、服装こそ冬服に変わってはいるがさして変化は見られない。相変わらず規則を守った格好で、日焼けのあとも無ければ兎のぬいぐるみも持っていないのだ。
だがロボットに乗っている。これは最早制服がどうののレベルではない。なにせロボット通学、それもご丁寧に歩道を歩いている。
「真由良、あんたって子は……」
「うける! マジうけるんだけど!」
片や呆れ片や笑いながら携帯電話で写真を撮る友人に名を呼ばれ、校門前でロボットを停めた真由良が満足そうに頷いた。
そうして唖然とする集団の中に目当ての人物を見つけ、不敵に口角を上げる。
「どうですか、副会長!」
「何がだ!」
ご指名を受けた副会長が怒鳴りつければ、真由良が更に笑みを強める。
「何がって!? この改造制服がですよ!」
「どこが改造制服だ、ロボットじゃないか!」
「ふふ、相変わらず甘い……。それならば見せてさしあげましょう、シンクロスタート!」
「な、なに!?」
真由良の言葉を合図に、ロボットの目にあたるパーツがヴンと唸りをあげて青く灯りだした。
それと同時に各部のパーツもキチキチと音をたてながら細かに動きだし、とりわけ重量感のある肩の可動部は豪快な音をあげる。塗装された腕部がゆっくりと上がり、まるで腕を広げるように左右へと開かれた。
ギッ……と時折大きく響く軋みが妙にリアルで、長閑なはずの高校に甲高く響く。
そうして最後に一度ガゴン!と大きな音をあげて稼働していた部位が停止した。
両腕を広げるようなそのポーズはまさに頭部で真由良がとっているポーズそのものである。誰もが視線を上下させれば、それを見下ろす真由良のドヤ顔といったらない。
「どうですか! この制服を着た者とシンクロするんです!」
ドヤァ!と真由良が胸を張れば、ロボットもそれに倣うように胸部パーツを前に突き出す。
ついでにと真由良が腕を腰に当てればギギギと再び腕部が動き、これもまた同じ角度で止まるのだ。
シンクロと言うには若干遅い気もするが、もはやそんなことを指摘する余裕のある者はいない。誰もが唖然とし、ロボットとその頭部に立つ真由良を見上げていた。
そんな中、それでも最初に硬直状態を解いたのが「……近郷」とポツリと名を呼んだ副会長である。ワナワナと震えているが、まぁこの状況であれば仕方ないだろう。
「……これのどこが改造制服だ」
「結論を急がないでください。まだまだありますよ、くらえガトリング砲!」
高らかに告げて真由良が上着を翻す。
その裏地には小型式の回転銃が仕込まれており、それがギュルと音を立てて回り始めた。
そうして発射される無数の弾丸……ならぬフカフカの梱包材。ポポポポポと軽やかな音と共に発射される光景はなかなかにシュールである。
「近郷! 校内にゴミを巻くな!」
「まだまだぁ!」
ガトリングを撃ち終えた真由良が更に高笑いし、「とう!」といかにもな掛け声をあげてロボットの頭部から飛び降りた。その高さおよそ3メートル、これには誰もが小さく息を呑み、一部からは悲鳴に似た声があがる。
そして目を見張った者すべてが、空中で制止する真由良の姿にその目を丸くさせた。否、正確にいうのであれば、ローファーの靴底からジェット噴射し空中でホバリングする彼女の姿に驚愕し目を丸くさせた。
「……真由良、なにそれ」
「改造ローファー! このスカートのひだを操作することで方向転換も可能な優れもの!」
ホバリングしていた真由良がスカートを突っつけば、ひだが……ひだであろうものがパタパタと揺れだした。それもひだ一枚一枚が違う動きをしているあたり、もはやひだどころかスカートと呼んでいいのかも怪しいところである。
だが真由良はそんな周囲の困惑も知らぬと見せつけるようにロボットの周囲を一周すると、再び頭部に降り立って得意気な笑みを浮かべた。
相変わらずのドヤ顔だが、対して副会長の震えは先程より悪化し拳まで強く握られて震えだす始末。
ちなみに杏は呆れたように真由良を見上げ、ゆっこは生徒会長と共に大爆笑している。三者三様とはこういうことを言うのだろう。
「近郷、さっさとそのロボットを片付けて生徒会室に」
「片付ける!? とんでもない、最後にして最大級の見せ場がまだですよ!」
そう高らかに告げるや真由良が胸元につけていたリボンを外し頭上に掲げた。
見たところなんら異変のない学校指定のリボンである。が、それが七色に輝きだした瞬間、誰もが考えを撤回した。
おまけに上空にロボットが四体現れたのだ。これはもう考えるだけ無駄である。
そう誰もが思考を放棄する中、真由良だけが意気揚々とリボンを掲げたまま「合体!」と声をあげた。
その瞬間、彼女が乗っていたロボットがフワリと浮かび、まるで仲間のもとへと駆けつけるように上空へと向かう。計五体のロボットが空に浮かぶさまは現実とはいえあまりにチープすぎる……いや、現実にあるからこそチープに映るのかもしれない。
これがCG多用の映画であったなら観客の胸を熱くさせるシーンなのだろう、朝の特撮番組だってもう少し演出を加えるというもの。
つまり長閑な街の晴れ渡った空にロボットが集う様は安っぽく見え、筆舌に尽くしがたいシュールさなのだ。おまけにそのロボットがガシンガシンと派手な音を響かせて繋がっていく。もちろん繋がってできたのがより巨大なロボットであるのは言うまでもない。
光景もチープながら展開も負けじとチープではないか。
だがそんなロボットの内部に入った真由良は周囲のどん引き具合に気づく様子なく、上空にヴンと音をあげて映像を浮かび上がらせるとその中で不敵に笑っていた。
いかにもコックピットの中と言わんばかりの背景、おおかたロボットの頭部――それも目のあたり――にいるのだろうと誰もがお約束事を思い出して考えればロボットから真由良の声が響いた。
「どうですか! 私の改造制服は!」
あぁ、まだそこに拘ってるんだ……と、何人が思ったことだろうか。
「これは我が近郷家の五人しか操縦できな……あれぇー!?、お父さんとお母さんがいない!!」
どうして!?と慌てて背後を振り返る真由良の映像の隣に、更にもう一つ映像が浮かぶ。
「父さんは仕事、母さんは町内会の集まりだってさ」
そう呆れ混じりに応えるのは近郷睦月、真由良の弟である。顔なじみの杏とゆっこが彼の映像を見上げ「あらムゥ君」「おー、ムゥじゃん!」と親しみのある挨拶を告げた。
それに対する睦月の「姉がお世話になっております」という返しのなんと礼儀正しいことか。
「ムゥ君も大変ね。あら、でも真由良のとこって四人家族じゃなかったかしら」
あと一人は?と首を傾げる杏に、話を聞いていたゆっこが閃いたと表情を明るくさせた。
「あと一人って真由良の彼氏じゃね!? 夏休みに彼氏できたんじゃね!?」
そうでしょ、そうに決まってる、そうだし、それ以外ないっしょ!と一人で段階を踏んで納得するゆっこの発言に、会長までもが便乗して「そうだな!」と後押しする。
そうして誰もがチラと視線をやるのは勿論副会長。いよいよもって取り繕う余裕を無くしたか――無理もない――躊躇いの色を瞳に浮かべ「こ、近郷に恋人……?」と答えを急くように上空を見上げた。
そこでは真由良が不敵な笑みを浮かべており、皆まで言うなと言いたげにコクリと一度頷いて返した。
「みんな五人目のパイロットが気になってるのね……ならば紹介しよう、我らの家族!選ばれし五人目のパイロット!その名も……」
「そ、その名も……!?」
「タマちゃーん!」
真由良の声に合わせてヴンと一つ映像が増える。
そこには人間サイズの椅子に両後ろ足を開くように座りシートベルトをしめるサビ柄の猫が一匹。股座のもこもこしたふぐりが丸見えになっているところからオスと分かる。
その愛らしい姿に一部の猫好き生徒から歓喜の悲鳴が上がり、ゆっこと会長が爆笑と共に携帯電話のシャッター音をかき鳴らす。
それを賛辞と取ったか驚愕と取ったか、真由良が映像の中で勝ち誇ったように笑った。
――ちなみにタマちゃんはコックピットに座ってはいるが当然だが操縦など出来るわけがなく、しきりにシートベルトを毛繕いしている――
そうして気付けば高校の上空には巨大ロボットが君臨し、それを囲むようにドヤ顔の少女と暇そうに携帯電話をいじる少年と猫の映像が浮かんでいる。
何だこの状況……と生徒の心がひとつになった。
そんな異質な空気を破ったのは「ニャーン」というタマの愛らしい鳴き声と、ついに堪忍袋の緒が切れた副会長の「近郷真由良ぁ!」という怒声だった。
校門横で仁王立ちするロボットに携帯電話を構える生徒達が群がる。
その光景を横目に、コックピットから出てきた真由良がドヤ顔で胸を張った。
「どうですか! 私の改造制服は!」
「どこが改造制服だ! ただちにあのロボットを家に戻して生徒会室に来い!」
「生徒会室!? 私がここまで見事な改造制服を披露したのに普段通りの生徒会室! 面白味も何もない、私の夏休みを返してください!」
「ふざけたことを言うな!」
ギャーギャーと喚きあう真由良と副会長を、生徒会役員と杏達が眺める。いつも通りのやりとりだが、果たしてこの状況でもいつも通りということをどう捉えればいいのやら。
「ムゥ君も大変よね」
と杏が声をかければ、タマを抱きながら姉の喧嘩を眺めていた睦月が首を横に振った。
「俺、あれで高校の推薦とったんで」
「相変わらず真由良に振り回されてると見せかけて遠心力を利用してるわね。なんて逞しい」
「生まれた時からあれがそばに居ますから」
溜息をつきながら睦月が姉である真由良に視線を向ければ、副会長と一戦終えたのか「納得いかん!」と毎度の台詞を口にしながら真由良が歩いてきた。
胸元のリボンが赤く点滅しているのは彼女の怒り具合を現してである。
「聞いてよ杏ちゃん、ゆっこ! 私がここまでやったって言うのに放課後に生徒会室だって!」
「相変わらずねぇ」
「ほんと」
名を呼ばれた杏とゆっこが肩を竦め、生徒会長と睦月も顔を見合わせる。
だがそんな周囲の呆れの空気に気付いていないのか、真由良がグヌヌと唸りながらも瞳に闘志を灯しだした。
そうして副会長に向けてビシと指を差し、
「まだ二学期は始まったばかり、いつかギャフンと言わせてみせますよ!」
と高らかに宣言した。
それに対する副会長の解答は、
「いいだろう、生徒会室にお前専用の椅子を用意してやる」
というものなのだから、これには誰もがやってられないと深い溜息をついて、火花を散らす二人を置いて校舎へと向かった。
…end…