違った両者
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これが、命と引き換えに、災難を買った夜の話。
ちょうどその時、同じようにして沢田と芹澤さんが契約していたそうだ。
それを思うと、僕はなぜ上手く立ち回れなかったのかと思うし、また自分の運の無さにやり場の無い怒りをぶつけたくなる。
せめて、彼女の手を引いていれば!
…だが夢想するだけ、無駄であろう。僕は臆病者だ、出来やしない可能性を想像の力を持って予想しているだけの能しかない。故に僕は、何故芹澤さんが応化儀杖で、沢田が何で契約できたのか、不思議に思っても考えなかった。
考えない理由は何か。
それは、考えて回答できるものでないと言う事。それと、どうせ機構が一枚噛んでいるという事を僕が予測したからだ。だいたい、機構がクサナギ計画のために、応化儀杖と担い手を殖やしているのは事実。
だから、多分、僕の考えは間違っていないだろう。
二人は犠牲者だろう。
あと、僕が彼らについて考えない理由はもう一つある。
それは、実に下らないが、二人をおいて逃げた事への葛藤だ。
別に逃げる事が悪いはずではない。と思う。
僕は生きたかった、だから戦う以外の選択で生きようとしただけだ。ただ、惚れた女性を一人にして逃げた事を思うと、思い悩むのだ。芹澤さんは僕が逃げた事に気付いていなかった。しかし、沢田は僕が逃げたと知っている。
コレを考えると何時も、モヤモヤした嫌な気分になるから、僕は考えなかった。
雄雄しく挑んだ沢田、女々しく逃避した自分。
この構図があまりに嫌な気にさせる。つまり、僕は自分の醜さとは向き合いたくないらしい。そして、恋敵に弱い姿を見せたのが悔しいから、僕は彼らにまつわる事を極力考えないようにしているようだった。
だけれども、僕は彼らが何故契約を出来たか知りたい。
でも、知りたいからって、彼らに聞く勇気も無く、それに聞いて僕が担い手だということを二人に知られたくなかった。だから出来ない。
どうして出来ないのか?簡単だ。
僕は、沢田や芹澤さんに、アルバイトの事を聞いて自分が逃げ出したコトを知られたくないのだ。
本当に根性なしのうえに、自意識過剰だね。
だけどさ、アルバイトを続けていたら、そのうちわかるさ、と僕は楽観している。
なぜなら僕は草薙計画に携わろうとしてるから、だから彼らの秘密も直ぐに解るさ。そのうち、きっと。
あの後、教師に教科書の音読をさせられたりと、ごぐごく普通に学校が終わった。
なので、僕は指定された場所へと向かうため、僕は学校の駐輪場を目指した。
北校舎の裏の駐輪場で、僕は目当ての物を探す。
僕は劣等生でも、不良学生ではなかったから、原付は持っていなかった。
けれど、劣等生だったので自動二輪の免許は持っていた。
ただ、今日はバイクで通学しておらず、足が無い。移動先が遠い為、しかたがないので無施錠で無断使用か盗難の憂き目にあった自転車を失敬しようと思い立ち、ここに来ていたのだ。
「あった」
放置してあった、自転車を起こす。
誰かが駅前で盗んできたのだろう、中々にボロい一台だ。自転車通学を証明する為に、貼るよう指示されているシールも無い。ついでに鍵も無かったが、乗れればいい。しかしママチャリゆえ変速が無いのは辛い。
僕は颯爽と自転車に跨って走り出す。
ぎこぎこ、嫌に鳴るペダルを踏んでのろのろと走り出した。校門を抜けて、坂の多いこの街を走っていく。そうして地下鉄なのに、地上を走っている高架下を抜けて、坂を上る。
傾斜がきついから、腿に力が入る。
そんな感じで、やたら軋む自転車を漕いでいると、男子大学生が颯爽と僕を追い抜いていった。メッセンジャーバッグを背負って、ロードバイクに乗った彼は、僕を置き去りにして坂をズンズン駆け上がっていく。
追い抜かされて気分のいいものでもない。
負けじと、僕が少し強くペダルを踏んだら、油の切れたチェーンが外れそうな音を立てた。数十秒ほど頑張っていたが、僕はあえなく限界に達した。
息が続かないのが、最大の敗因だった。
で、息の切れ切れな僕は、情けなく坂道の途中で足をつく。ついたら、ついたで、速度は無いに等しいものだ。坂の途中で踏むペダルは、これ以上ないくらい重いのである。だから、僕は漕ぐのを諦めて、オンボロを押して歩き始めた。
嗚呼、情けなかった。
息は白かったし、坂はイルミネーションに覆われているのにだ、僕は一人でいる。カップルなんかが、隣を通ると、ホントに侘しくなる。
因みに今日は、アルバイトだ。しかも、深夜にまで食い込むだろう。
嫌だなあ。
その指定場所だが、地下鉄近くの、誰も利用しないような公園だった。
ソコには遊具など殆ど無く、ただ樹を植えて体裁だけ整えたらしかった。団地にありがちなその公園には、案の定、近くにコンビニも、ましてや自販機もなく、僕は早く着きすぎたので時間の潰し方に困った。
自転車を失敬して、到着したが良いが、僕にはやることが無かった。
英語教師や担任が、勉強しろと言っていたから、単語帳でも見てれば良かったんだろう。でも、勉強したい気分じゃなかったし、かといって何か別のやる事も思いつかなかった。別に、やることも無いのだ。
僕は、辛うじて腐蝕を免れたベンチに腰掛けて、空を仰いだ。
青くない空だ。
灰色が滲んだ雲が流れていく、時折、烏が羽ばたいていった。何も考えず、空を見上げていたからか、目が痛くなる。そうやって、ゴシゴシと目を擦っていると、熊崎がやってきた。
「早いね」
久々に、社交辞令や毒以外で、コイツの声を聞いた気がする。
「まあ、そう」
俺は、ベンチから立ち上がらず答えた。
「今日の狩り、ちょっと違うから注意して」
何でさ、と問い掛けるより先に、僕は彼女の後ろから近づいてくる車を見る。――迎えが来たようだ。それで、また、アルバイトの始まりだと思うと心が沈んだが、不思議な事に、やらねば成らないと言う奇妙な使命感が、あった。
これは現実逃避ってシロモノなんだろうか?
なんて、自分にそっと問い掛けてみる。
いいや違うだろう。使命感とかのワケは、多分もっと簡単だ。やらねばならないと言う事実があり、それを断る必要がないから続けているに過ぎない。それに魅力的な報酬もある。
そんな事を考えながら、結局、熊崎の発言への質問はせず、僕はベンチから立ち上がる。
僕ら二人は、この契約を叩き切る為に戦っているのだ。
甘っちょろい現実逃避はネットで十分だ。
うん。