直江、独白
6
始業のチャイムまでには、だいたいのクラスメートが揃った。
もちろん、その中には、芹澤さんも含まれる。彼女の、ぽやーとした、あの愛くるしい顔を見ていると荒んだ神経がやや治まる気がした。惚れた女子を見ただけで治る勝手な心を、我ながら勝手だと思うが、治るのでよいとする。
でも、彼女に僕は、ここ最近話しかけることが出来ないでいた。それは、青年期特有の自尊心のウンヌンカンヌンがあったからだ。
あと僕がチキンだったので仕方が無い。
そんな感じに、いい気分になってた時に、沢田は、教室のドアを開けて入ってきた。
何時もどおりの、整髪料を滲ませた頭、流行を取り入れた学ラン。そんな感じの軽薄そうな、男が沢田だ。彼は担任に文句を言われつつも、自分の席に着き、隣の仲の良い男子に二言三言ほど話しつつ、ホームルームに耳を傾ける。
僕はちらりと、そんな奴を見てから、視線を外した。
なんで、あんな奴を芹澤さんは選んだのだろう?
と不思議で思えてならないが、仕方が無い。
熊崎と僕が契約してしまったように、アレもまた不幸な事故だ。
そもそも、あんなことさえなければ…と思ってはみても、それも過去の話。
やり直せるはずが無いのだがら、諦めるしかない。
なので、僕は今日も、授業を受けることにする。
学校での、いやクラスでの僕の位置を言うならば、目立たないが相応しい。
もっとストレートに言うなら、埋没していると言っていいだろうね。
…その理由は、何か色々と、僕は学校生活で失敗を犯したからだ。お陰で、誰も近くには寄らなくなった。だから、一人ポツンと席にいるしかない。
そんな風だから、暗そうな人間として僕は見られているのだと思う。
僕が、こんな状況になったのには、理由がある。それは、クラスの中のどのグループにも僕が馴染めなかった事、それと、かつて友人だった奴との殴り合いのせいで、危ない奴だという認識を持たれたからだ。
もともと社交性に、やや問題があり、なおかつ一人でも良いと思っていた僕は、別に今の状況には不満ではなかった。
が、現代の若者の特徴、なんとなく群れている奴らからみれば、僕は異端児らしい。
しかも、笑いものに出来るような、気の弱そうな奴に思われているようだ。
なので、いじめられっこに見られるのか、お陰で面倒なちょっかいを受けることになる。餓鬼っぽい奴らを蔑視してはいたが、僕もまた餓鬼だったので、結局上手く解決できないまま、こうして毎日過ごしていた。
やり返しもするのだが、奴らは今度は群れて無視した。
一回、思い切り喧嘩をすれば、解決すると僕は思うのだ。
だけど、負けを考えると怖気ついてしまうし、それに殴り飛ばしたら飛ばしたで、いわれの無い陰口を叩かれるのは簡単に推測できた。また、なによりも…喧嘩に負ける心算は無かったが、なにぶん向こうの数は多い。
なので臆病な僕の度胸は萎縮して、結局喧嘩を売れないでした。
ただ、ちょっかいは面倒で嫌だったが……一人でいても良いと思いながら、誰かと話したいと思う気持ちも、僕にはあったのだ。その気持ちが歪んで出て、あんな馬鹿どもでも、相手をしてやっているのかもしれない。
この矛盾はきっと、ワカサゆえのイロイロなんだろう。
僕はこれも考えたくなかった。考えて面白いものでも快いものでもない。また、自分と向き合う辛さだけしかないと知っていたからだ。
また考えても、しょうがない。
何故なら考えて、答えを出したとしてもだ、このクラスと言う空間で関係をやり直すのは至難の業だからである。
だってそうだろう?
壊れた関係を修復するのは、壊すことの何倍も難しい。
だから、僕は無理しようとせず、この状況で甘んじていたし、誰も僕に近寄らなくて良いとさえ考えていた。このままの方が、僕には楽なのだ。
寂しいかもしれない?けれど、疲れない。
多少は不快になるが、心は穏やかだからだ。
ただ…関係の再構築を心配してか、たまに委員や教師が僕を心配した。が、僕は彼らの心配を、点数稼ぎのものだと思っていたから、耳を傾けようとは思わなかった。
それに、僕は他人を自らの意思で変えてやろうとする善人に、あまり好感がもてなかったというのがあったからである。
なによりも、彼らは自分の姿に酔っている事が多かった。
なので、僕は彼らが嫌いだった。
だから、僕は教師にも嫌われていようが、成績が悪かろうと、そんな瑣末な事を気にした事は、あまりなかった。
それ以前に、僕は何もかもに諦めていた節があったからである。