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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
食らいつく獣をその手に
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千切れる

 搬入用エレベーターを降りて、地下に降りた。

 畠を逃す訳にはいかない。

「待て」

 僕がそう声を掛けると、畠はゆっくりと振り返った。

 金村を後ろに控えさせた、カレは口を開かず此方に背を向け立っている。僕は、畠が停まったことを確認してから、続ける。 

「アンタを、行かせては行けない」

 そう、僕が断言すると、畠は苦笑いをしながら振り返りつつ答えた。

「オイオイ、俺らは被害者同士だ。そんな言い草、やめてくれよ」

 そんなことは、わかっていた。

 ただ、僕は畠を止めておかないといけない気がした。

「知ってるさ。そしてアンタを仮に倒してもどうしようもない。ただ、アンタを見逃がさなきゃ、機構の上に進める」

 これは、本心ではなかった。

 機構の上に興味は無いし、正直な所、もうこんなアルバイトは辞めたかった。でも、この男とだけは、戦っておかねばならない。

 そうしなければ、僕は、熊崎に会わす顔が無い。

「そうか、俺を斬りたいんだな」

 畠は、僕の隠した殺意を察したのだろう。

 薄く微笑んでから、金村の肩を抱いて引き寄せた。向こうは、やる気だ。何時でも抜刀できる。僕は、無銘の一刀を引き抜き、言う。

「それなら…やむを得ない」

 熊崎じゃない、刀。

 だが、こうでもして挑まないといけない。

 そんな僕の態度に何を思うのか、畠は低く唸る。

「お前と殺りあうってなら、容赦はなしだな」

 そして、彼もまた抜刀した。




 その、抜刀とほぼ同時、互いに一太刀の応酬がある。

 向こうは、居合いを崩したかのような薙ぎ、此方は袈裟懸けだった。刃と刃の衝突で、刀身は瞬時に火花を上げる。そして両者ともに距離をとる。

 五分の撃ち合いだと思ったが、僕は右腕に激痛を感じたが最期、右腕が動かせなくなった。

 今の一撃、右腕の神経どころか、骨まで達したらしい。

 尺は向こうの方が短いはずである、それなのに斬られたということは、踏み込みが向こうの方が早い事実を物語っていた。

 そして、切れた腕は、信じられないような鮮血を流していた。


ーー背中を汗が濡らす。


 やはり、届かないか。

 けれど、僕は痛覚を無視して神経を研ぎ澄まし、上段にカタナを構える。

 畠は正眼にし、切っ先を僕の喉に向け、静かに待つ。

 応化は一段目、野郎、二段を晒さないつもりらしい。

 しかし、こちらとの実力差を考えると、頷ける話しだ。僕は、痛みを堪えつつ、呼気を整え、固く強く、柄を握り締める。


 魔法なんて使えない。

 所詮、借り物の剣術だ。


 嗚呼、堂々巡りで自分の無力さを思い知らされる。

 だが、ここで諦めるのは、些か情けない。

 一旦僕は距離を取る。

 僕は無事な左腕で右のシャツの肩口を、刀で切ると、強引に引き裂いた。刀を近くに臥せると、僕は応急措置を施す。利き腕が殺されたから、ぎこちない。それでも、左腕でなんとか切り取った袖を巻き付けた。

 腕一本だ。

 袖口を噛んで固定し、左手で思い切り締め上げる。止血のため、強引にでも縛る。

 袖を血が染め上げ、痛覚が苛むけれど、根性で立つ。斬れているのは間違いないし、その右腕は骨折もそうだし、どうやら肩にもヒビが入ったらしかった。

 一歩でも、激痛。

 血潮は、一時も止まらない。

 ヒビや骨折よりも、出血が危険だ。一刻も早く、適切な止血せねば、右腕の壊死よりも、死に至る可能性のほうが高い。

 動脈ではなく、静脈とは言え、太い血管を斬った事実にはかわりないのだから… 

 刻々と僕に死は近づいている。

 それを下手な止血で応急措置を施し、僕は延命をしているに過ぎない。


…だから万全の状況には程遠い。


 そんな手当ての途中に畠が斬りかかって来なかった理由は、おそらくソレだ。

 手負いの格下の最後の足掻きなど、とるに足らないと思っているのだろう。

 そんな慢心になら、つけ込める。

「無粋な殺しはしないのか?」

 僕が問うと、畠は笑っただけだった。

「なら、いくぞ――」

 


 踏み込みと同時に、全体重を切っ先に乗せる。

 一刀を振りぬく器機としての機能だけあればいい。

 裂帛の気合をのせ、俺は撃ち込む。畠は、それを防ぎはしたものの…観念したように身を引いた。

 彼は言った。

「資質だろうな。切るに惜しいが、俺も殺されたくない。本気を出させてもらう」

 そんな断言をした直後、畠を起点に、信じられない重圧感が放たれた。

 殺気を感じるのにも通ずるが、何か違う。ただ、その波動は奴を中心に放たれ、暴力的なまでの圧力があった。

 畠の剣がうねる。

 隆起した筋肉は、刃に速度を与え、俺に襲いかかる。俺は反応だけで剣を払った。鉄を打ち合わせる音、それから、奇っ怪な痛みが走った。

 焼けた物に触れたかのような痛みが、防いだ左腕に走る。

 

 驚いた。


「燃えて、る?」

 信じられないが、事実だった。

 ゴウゴウと、刀身を揺らめかせながら、無彩色の焔が刀身を包む。五位が言う、三段階目、だった。

「あまり好きではないのだがな」

 そう言ってから畠は剣に腕を添えた。

 次の瞬間、長脇差は分解され…二本になる。魔性を帯び、さらに担い手好みの形態をとる…そんな瀬古の言った言葉が思い出せれた。

「これで積みだ」

 切っ先を此方に向け、彼は断言する。

 僕は、それを聞きながら、体を彼に向けた。

「…馬鹿か、畠。そんな科白は殺してから言え」

 ただ生きるだけなら、どんな愚者でも可能だろう。

 ただし、人として生きようとするならば、誰もが自分の人生とやらに立ち向かわねばならない。

 人の生き方がどうあるべきかなんて、僕には論ぜる事など出来ない。

 薄っぺらで、羽毛のように、軽い人生を進んで来たのだから。

 人は幸福と同じように、不幸を求めている。困難に耐えた時、得るものが在るからだ。だから、僕のこの行為は通過儀礼のような側面があるのかもしれない。畠と金村を倒したところで意味がない。

 殺せども咎められない。

 やってはならない禁忌を犯して、僕は殺人とやらを学習した。

…それで何が変わった訳でない。ただ、殺人への倫理が低下しただけだ。

 正直、生きる上でなんら関係はない。

 それでも、何もやらないよりも、学んだ事はある。

 

 背負う覚悟は出来ている。

 逃げない事は約束できる。


「まだ、積みじゃない」

…僕は超えたかっただけだったのかもしれない。

 逆手に剣を握り締め、地面を、両足で蹴りつける。

 奴の懐へ一直線に向かう。右手が殺された今、先程のような一閃は放てない。だから、全身のバネで補うしかない。逆手に握ったのはこのためだ、捻りを加えての切り上げで一撃死を狙う。

 対する畠は、無彩色の焔を止め、此方を迎撃せんと待ち構える。

 

 僕は畠だけを見る。

 

 地面を打ち破らんとする勢いで足を踏みしめ、最速の切り上げを放つ。畠は、その一撃を二刀で受けるのではなく、斜め後ろへ跳躍することで回避した。ぎりぎりまで、攻撃をひきつけ避ける、確かに高尚な技だった。 

 よって、僕は脇をさらす結果になったが―――――右腕くらい斬られて良かった。

けど、大人しく、斬られる愚を冒すつもりは毛頭ない。

 このまま、逆手の刀を手首だけで握り返して払えば、一矢報いれるだろう。



 コレで、よかったんだ。

 熊崎は、俺と一緒に死ぬべきじゃない。

 アイツみたいな不幸な奴は、沢田みたいな元気なバカヤロウに救って貰えばいいんだ。芹澤さんも、アイツに取られて癪だけれども、アイツなら、あの馬鹿さ加減で何とかしてくれるだろう。

 彼女らに、相応しいのはアイツだ。

 

…だから、右腕はくれてやる。


 沢田が斬られた腕に繋ぎ直せば、二刀で使えるはずだ。あの竹河が言っていた、チートを、アイツにくれてやる。だいたい熊崎も俺よりも沢田が似合いだ。

上手く逃げろよ、熊崎。

 嫌な奴の幸せを祈るなんて俺らしくも無い。

 けれども、まあ死ぬんだし、どうでもいいや。所詮、俺は嶋の代用品。結局七支計画で使い潰される運命だったのだろう。そんな中で、それなりに努力して結果を出した。努力したからもう十分だとは思わないが、それでも為すべき事は全てやった。

 親よりも先に死ぬのは親不孝と言うが、実際そうだろう。

 あんな人間として出来ていなかった両親だが、それでも一時は間違いなく僕を愛してたんだろうからさ。しかし、死ぬのは怖い。

 何故怖いのか、よく解らないが、たぶん失う事を畏れるからなんだろう。記憶も肉体も手放したくないから、死は怖いのだ。

 だけど、こんな重症なんだ、助かるはずが無い。

 仕方が無いから死ぬ事にしよう。

 僕は腕を振りぬいた。

 

 畠が起こした閃光が僕の視界を塗りつぶした。

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